第52話 当たり前の落とし前

 いざはじまってみれば、戸成が古部都にボコボコにされていた。殴られ、蹴られ、戸成の綺麗な顔が傷だらけになっていくので、許せねぇ古部都と歯噛みする。

 そんなに古部都が強いとは思わないのに……戸成はなんで古部都の拳を受けているのか?

 ガードこそしているが、防戦一方になるなんておかしい。戸成ならあんなのワンパンで沈めてしまいそうなところだけれど。


「いい気持ちだ!気分が晴れるぜ!!」


 満面の笑みで戸成を殴る古部都。そのまま戸成の髪を掴んで壁に押し当ててぶつけている。ううっ、みているだけで痛いが戸成の目が戦う意志を持っているので今は見守るしかない。戸成の頭が何度も何度も壁に壁に叩き付けられる。

 そうやって古部都が暴れていたが、疲れたのか古部都の攻撃が止まった。その瞬間、戸成がカッと目を見開くと古部都の腕を掴み返す。驚いた様子の古部都だが、凶暴な笑みを浮かべながら叫ぶ。


「死んでくたばれ!!」


 そんな古部都の叫びと共に、顔を殴られた戸成からゴッ、といういい音がするが、戸成はそれを意に介さず古部都に頭突きを返した。


「―――馬鹿野郎」


 戸成の反撃におぼつかない足取りで数歩下がって地面に崩れる古部都。しかしその目はまだ戸成を睨んでいた。


「目の間じゃねえ、股の間を刺してやる!」


 倒れたその先に転がっていた、さっき投げ捨てたナイフを手に取り立ち上がる古部都。だが戸成は壁に立てかけてあった竹刀を手に取り、古部都に投げた。

 古部都の鳩尾に鋭く竹刀があたり、もんどりうってナイフを取り落とす古部都。

……そして戸成はその隙を見逃さなかった。


「悪いが股の間(そこ)は先客がいるんだ」


 そう言いながら距離を詰めて、古部都の顎を殴る戸成。古部都はぐふっ、と汚い声を上げて膝をついて崩れ落ちた。そのままナイフを取り上げるのも忘れない。……先客、そうね、俺が散々ちんちん滅多打ちしたもんね!!あの時はごめんね!!本当ごめんねー!!


「クソが、つくづくムカつく…ヤローだ……」


 そう言って倒れた古部都を警戒しつつ、皆で成り行きを見守った。さすが戸成、沈める時は容赦なく沈める。強い!


「大丈夫か?随分派手にやられてたけど、お前が避けられない攻撃だったのか?」


「……心配かけてすまん。今日の凌兵(こいつ)の攻撃をかわしちゃいけない気がしたんだよ」


 そんな戸成の言葉を聞いて、古部都が地面を殴りつけながら叫ぶ。


「は、ははは、何だよそれ。つくづく甘ったれたやつだ、気に入らねぇ……!気に入らねぇ!くそっ、クソッ!!」


 そう言いながら俯く古部都の顔の下、剣道場の床にぽたぽたと何粒も水滴が落ちていた。

 今古部都が何を想って泣いているかはわからない。

 負けた惨めさか、屈辱か、敗北感か、―――後悔か。それはきっと古部都にしかわからないものだ。けれどなんとなく、古部都がこれ以上俺達の邪魔をしてくる事は無いような気がした。


「なぁ凌兵。俺は中学の時にされた事を許しちゃいないし、恨む気持ちも無いっていったら嘘になる。けどな、今はそれ以上に、あの頃よりもずっと、毎日が楽しいんだ。だから俺は前を向いて進んでいくよ」


「……なんなんだよ。それじゃお前に卑屈になってた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。……惨めなのは俺の方だったってのかよ」


 そんな事を呟く古部都だったが、誰も答える者はいない。暫しの静寂のあと、古部都は涙のあとをぬぐうと戸成に向かって顔を向け、叫んだ。


「お前らは4人で俺を囲んだが、俺は一人で沖那の幼馴染を寝取ってお前の人間関係を破壊して、お前の持ってるものを全部奪ってやった!俺は思うがまま、望むままにクズだったぞ!!」


 あくまでクズであることを貫くのは古部都なりの矜持だろうか?その古部都の言葉は―――古部都なりの、意地を感じた。


「お前にはささらを寝取られたし、散々に誹謗中傷された事は今でも許せない。けど大事なのはこれからだと思う……タローがそう教えてくれたんだ。だからもう俺達にも他人にも迷惑をかけるなよ。ささらを大切にしろ―――お前とはこれで、さよならだ」


 そんな戸成の言葉に古部都は俯き、静かに聞いている。


「じゃあな。もう間違えるなよ」


 そういって差し出された戸成の手を、鬱陶しそうに払いのける古部都。


「……クソが。だからお前は嫌いなんだよ」


 吐き捨てるようにそう言いながら立ち上がり、身体を引きずってとぼとぼと歩いていく古部都。


「興醒めだ。もうテメェのツラなんざみたかねぇ。一つは聞いてやるがもう一つは知らねぇな」


 そういって、振り返ることなく背中越しに中指を立てる古部都。ただ、その態度はここに来る前とは少しだけ違った気もした。

 そんな古部都の背中を見送った後、その日は一人になりたいという戸成と別れて俺達は帰宅した。

 こうして古部都を巡るトラブルは一応の決着を迎える事になった。


 それから日を置かず、古部都が転校という形で学校を去った。行先は、こことは違う不良のたまり場のような高校らしい。本人曰く、問題行動を起こしたけじめ、ということだそうだ。最後まで戸成に謝る事はしなかったが、古部都なりに思う事が色々とあったんだろうか。改心したとは思わないが、古部都なりの落とし前のつもりに思えた。

 学校に残っている綿貫の動向が少し気になるところではあったが、少なくとも積極的に問題を起こしたり荒れている古部都が学校を去ったのは良かったのか悪かったのか、あれから綿貫は静かにしているようだった。俺の周りにも現れてはいない。皆は大丈夫だろうと思ってるみたいだが、まぁ俺が警戒してるから良いだろ。 


 暫くは戸成もなんとなく元気がない日が続いていたので少し心配だったが、戸成はそんな俺の心配に気づくと大丈夫と笑うので何も言えなくなってしまっていた。

 そんな中で俺も桜那先輩の生徒会を手伝ったり、舞花ちゃんの倉庫に訪れるお悩み相談を受けたり、ヒメ先輩たちのおもちゃにされたり、カラオケに連行されたりしながら過ごしていたが、今日はタイミングがあったので戸成と2人で並んで帰っている。


「―――俺さ、凌平の事なにもわかってなかったんだなって。ガキの頃から一緒で仲が良いダチだってずっと思ってた。俺が、アイツをあんな風にしちまったのかな。古部都と立ち会った時、あいつの拳をうけながら、そんな事ばっかり考えてた」


 夕焼け空を遠くに見ながら、戸成がポツリ、と呟いた。


「あぁ?んなわけねーよ。それはアイツの心根の問題。お前は悪くねーよ」


 そんな俺の言葉に、寂しそうに笑う戸成。お前にそんな顔をされるとこっちまで切なくなるだろうが!!


「最後まで凌兵がクズを貫いたのもさ、なんか……そうすることで、俺と決別するのに気負わせないようにしたんじゃないのかなって思っちまうんだよな」


 そんな事を言ってしまう戸成の善性に思わず苦笑してしまうが、戸成がそう思うのなら案外そういう意図も少なからずあったのかもしれない。腐っても元親友、だったんだしな。

 それに物事をそうやって受け止めれる甘ちゃんだから放っておけないのと、そう言う所は……嫌いじゃないんだよな。だからこいつの傍にいて観ていてやらないとという気持ちにさせる。まったく手のかかる奴だぜ。



「―――ッくぉら沖那ァ!」


「うおっ、タロー!?」


 隙あり、と戸成の頭をヘッドロックしてやる。不意を突かれた戸成が反応に困って俺になすがままにされてる。フフフ、甘いわ。


「ノックしてもしもお~~~し!」


 なんて言いながら戸成の頭をぐりぐりしてやる。


「お前は難しく考えすぎなんだよ!

 自分より上の人間なんて世の中にたくさんいるんだぜ?それに折れるのも頑張るのもひとそれぞれ。皆誰だって、そうやって自分と他人に折り合いつけて生きてるんだと……俺は思う。―――だからシケた面してないで笑え!じゃないとちんちん殴るぞ!!」


「そうか…そうだな…ありがとな、タロー。でもちんちんはやめてくれ!」


 はにかむように、照れるように笑う沖那。よしよし、元気出てきたみたいじゃないか。


「随分と仲が良いな、沖那に太郎」


 背後からの聞き覚えのある声に、戸成の頭を脇に抱えたまま振り向けば優しく笑う桜那先輩がいた。


「こんちは桜那先輩」


「ヴェッ??!桜那姉さん!」


 そんな俺達の様子を見る桜那先輩の目はいつにもまして優しい。厳しかったり、凛々しいけれどもこの人はお姉ちゃんなんだなと思う。


「いつも弟が世話をかけているな、太郎」


「いえいえ、こちらこそいつも沖那には助けられたり仲良くしてもらっています」


 そう言いながら戸成の頭を解放すると、仕返しとばかりに俺の頭を脇に抱える戸成。


「倍返しだぁぁぁぁぁぁっ!」


「見た目は派手だが、股関がガラ空きだぞ!!」


 元気よく言う戸成にツッコみをいれると即座にヒッと悲鳴を上げる戸成。うーむ、ちんちん叩きすぎたかな?でも桜那先輩の前で股関連打はできないからね、今のはブラフよブラフ。


「フフッ……そのままうちに連れていけ沖那。太郎、今日は私の抱き枕になってもらおうか」


 桜那先輩が微笑しながらぺろり、と唇を舐めている。じょ、冗談にきこえないんですけどぉ!?ですけぉ!ですけぉ……?

 そんな賑やかなやり取りをしつつ、生徒会を手伝ってくれる一年生が一人増えそうだ、と話す桜那先輩を交えて、3人で帰り道を歩くのであった。ところで戸成そろそろヘッドロック外してくんない?え?俺を家まで連れ帰る?冗談、だよな?!ねぇ、おーい、戸成やぁーい。

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