第51話 寝取り男と対峙せよ
その日の夜、はじめちゃんから連絡があった。因幡が教師に働きかけてくれたおかげで丁度部活が休みだった剣道場が使えるようになったとの事。
さすが因幡、学力全国トップクラスの麒麟児で学校からも一目置かれてるだけある。変人だけど。
一応、はじめちゃんも迷惑をかけられた張本人であり剣道場を貸し出すという事で話に同席するという事になった。剣道部の部長が大まかな事情を汲んで任せてくれたらしい、ありがたいことである。
ということで俺、戸成、はじめちゃん、舞花ちゃん、そして古部都で対話をすることになった。
こちらは4人に対して古部都1人だけどそこは勘弁してほしいね。
桜那先輩やヒメ先輩のメッセージに返信していると、珍しくアオ先輩からもメッセージが来ていた。
『うちで出資してた温水プール?レジャー施設?がねぇ、夏に完成するんだよ~、皆を誘っていこうよ~!』
『早いけどオニューの水着買っちゃった~』
なんてメッセージと共に、自室と思われる場所でセパレートタイプの三角黒ビキニ着てピースするアオ先輩の自撮りが送られてきた。思わず声が出てしまう破壊力。アオ先輩のばいんばいんなワガママぼでぃーでその水着は戦略兵器なんだぜ……。
そして次の日の放課後、手はず通りに剣道場に向かうとはじめちゃんが剣道場の前で扉を開けて待っていてくれた。
「ようタロー!あとお前が戸成だな?俺は住吉一、気軽にはじめちゃんと呼んでくれよ」
そういってサムズアップするはじめちゃん。戸成もはじめちゃんと挨拶をしたが、さわやかメンズ同士で波長が合うのか速攻で打ち解けていた。
「小天狗さんももう着いてるぜ。因幡が動いて呼び出したなら古部都も来るだろ。俺がここで見てるからお前ら入って座ってろよ」
そう、俺達中学組は因幡の合法的に手段を選ばない面倒くささと厄介さをよく知っているので因幡がやると言ったら絶対にやる安心感があるのだ。だから古部都は必ず来る。
戸成はそんな俺達に不思議そうにしていたが、素直に促されて剣道場に入っていく。
「ん、どうした戸成」
剣道場に入った後、剣道場の壁に欠けられている名札をみて足を止めていた。知っている名前でもあるのだろうか。そういえばはじめちゃんとすずめちゃんの名札もあるな。すずめちゃん部活も頑張ってるんだな、えらいぞー。
暫くして、はじめちゃんについてくるようにして古部都が剣道場に入ってきた。
剣道場の中央に立つ戸成と、俺と舞花ちゃんは少し離れたところで座っている。
「汚ねぇぞ桃園、あんな条件出して呼びつけるとか……わざわざ俺を呼び出して何の話があるってんだ、よ―――――」
不満と怒りを隠さない様子の古部都だったが、そこにいた戸成をみて目を見開いている。
……因幡はコイツにどんな条件を出したんだろう、あまり深く考えたらダメなんだろうけど。
「俺が皆に頼んだんだ。お前ときっちり話をしなきゃいけないと思ってな」
「沖那ァ、てめぇの差し金かよ……!!」
静かに言う戸成に対して、歯をむき出し憎悪を噴出させる古部都。
「何が話をしなきゃ、だよ。てめぇがいなきゃこんな事になってねーんだよ!!」
そう言って駆け出し、感情のままに戸成に殴りかかる古部都。危ない、と思ったがはじめちゃんが即座に後ろから羽交い絞めにした。
「ステイッステイッ。話し合いの場だぜここは。―――俺もお前にはムカついてるが、ここはお前の幼馴染の戸成の意を汲んでんだ。大人しく話し合いをしようじゃねぇか」
体格でも筋力でもはじめちゃんが上で、おさえつけられていた古部都がおとなしくなったところでリリースされる。
「今日貴方にお話があるのはそちらの戸成くんです。私と、タロー君はその付き添い、兼話し合いを見届けるためにここにいます。住吉君は剣道場を借りていますので同席していただきました」
舞花ちゃんの説明に、鼻を鳴らす古部都。
「ハッ、お友達についてきてもらわないと怖くて俺とお話できません、ってか!
1人じゃ何にもできない情けない負け犬風情が、俺に何の話だ?
中学の時の恨み言か?大事な幼馴染を俺に寝取られた泣き言か?それともトチ狂ってお友達にでもなりに来たのかい?」
戸成を馬鹿にするように嘲るが、いちいち癪にさわる野郎である。
「そんな話じゃない。凌平、人に迷惑をかけるような行動を繰り返すのは辞めろ。お前の行動で俺の友達も迷惑してるんだ。それにお前にはささらがいるだろう。ならささらを大切にして上手く付き合っていけよ」
古部都の悪態にも冷静に返す戸成。
聞いている俺の方が古部都に腹が立ってくるが、戸成が冷静でいる以上俺が口を出す事じゃないと黙って見守る。はじめちゃんもこめかみに血管を浮き上がらせているので相当キてそうだが、腕組みしたまま我慢している。舞花ちゃんは静かに成り行きを見守っているので何を考えているのか読めないけど。
「偉そうにうるせぇんだよ、寝取られ野郎が澄ました顔しやがって!
上から目線でお説教垂れるんじゃねぇ!お前は所詮…中学時代の“敗北者”だろうが…!!!」
激高し、唾を飛ばしながら叫ぶ古部都。爆速でタローちゃんのリミットゲージが溜まっていく。だというのに、戸成は静かに古部都の話を聞いている。鋼の意志のスキルでも持ってるんだろうか?
でも戸成を敗北者呼びはいただけない。取り消せよ…その言葉!なんてタロちゃん思わず言っちゃいそうだぜ。
「ささら、ささらか!!ハハハッ、お前が今更どういってもアイツの彼氏は俺なんだよ。お前の出る幕は無ェ。この1年間の間に俺とささらは“仲良く”なったからなァ、もう遅いんだよ!!」
「……わかってるし、知ってるさ、そんな事。けどそれはもういい。ささらとの事は終わった事だからな。けどお前にはささらがいるんだから、他の女の子に迷惑をかけるような事をするんじゃない。そうすれば俺はお前たちに接触しないしお前たちの事も責めない」
そんな戸成の言葉に、何を思ったか顔を手で覆い、くっ、くと押し殺したように笑い始める古部都。
「ささらを裏切るな、だと?それをお前が言うのかよ!
お前がこの学校にいた所為でささらは掌返して俺から離れていきやがったんだぞ!!
部活も雰囲気変わっちまって寄りつけねえ、お陰で女もできねえ、クソみてぇな高校生活送らされてるんだ。全部てめぇがここにいる所為だ!!お前の所為で俺の高校生活は滅茶苦茶だ!!」
うわぁ、酷い逆切れだと思わず眩暈がしてきた。古部都は心にため込んでいた鬱屈とした感情を爆発させているみたいだ。
「言っておくが俺はお前に謝る事なんて何もねぇ。
お前が悪評たてられてハブられてたのも、女を奪われたのも、全部お前が情けない奴だからだろうが。奪う奴が悪いんじゃない、奪われるような奴が悪いんだよ。俺は悪くねぇ!!」
「言ったはずだ。……済んだことは別にいいんだ。それよりこれからの事だ。お前達が俺や俺の友達に関わらず問題を起こさないなら中学の事に触れず不干渉でいるつもりだ」
「不干渉、不干渉ねぇ……ハッ、お前のそう言う所がムカつくんだよ!
傷ついてるくせに平気な顔して物わかり良いって態度とってよぉ、俺を見下してるんだろう?
ガキの時からずっとそうだった。丁度いい機会だからハッキリいってやるよ!
俺がどんなに頑張ってもお前がいる限り1番にはなれない。
綺麗で優しい姉ちゃんがいて、可愛い幼馴染がいてなんでもできるスーパーヒーローの沖那君がよぉ!俺はどれだけ努力しても何をしてもお前がそれ以上の努力をして俺の上をいきやがる。
お前がいる以上お前の横にいるサイドキックでしかねえ。お前がずっと邪魔だった……お前は持つもので俺は持たざる者だったんだ!!
お前がいなけりゃ俺が一番だったのにって思わなかった日はねえよ!!目障りだったんだよお前が!!
やっと中学で引導渡してやったと思ったら高校でまでわいてきやがって、俺の人生の邪魔ばっかりするんじゃねーよ!!」
いや、そのりくつはおかしい。あまりにもクズで身勝手な言い分に思わず立ち上がろうとしたが、膝の上に舞花ちゃんの手が置かれて我に返る。言外に、見守れという言葉が伝わり改めて腰を落とす。
「親友、親友って言っていい子ちゃんが気取りなのも気に入らなかった!!
さぞやいい気分だったんだろうな、自分以下の能力しかないNO2の俺を内心でずっと見下してやがったんだろうが、この最低のゲス野郎!!
俺はずっとお前が憎かったんだ!!お前の家が醜聞で騒がれてるときは千載一遇の機会が来たと小躍りしたしお前からささらを奪ってやったときは最高の気分だったぜ!!!なぁどんな気持ち?寝取られてどんな気持ちだった?!」
聞くに堪えない罵詈雑言である。劣等感を長い間拗らせて被害妄想を肥大化させたらこんな風になるんだろうか?いや、古部都自身の性根の問題の気もする。こいつひねくれすぎなんだよ。こんな風になる前にもっと戸成に向き合って話をしたりした方がよかったんじゃないんでねーの?
―――そして、言い終わるや否やポケットから十徳ナイフを出す古部都。
それは犯罪だ、まずいと思うが、成り行きを見守っていたはじめちゃんもすぐさまナイフを取り上げれるように身構えている。
「……そうか、わかった。お前がそんな風に俺の事を思っていたのに気づかなかったのは、俺の至らないところだ。
そんなに俺が憎いなら、そんなに俺に復讐したいなら。来いよ。ここは剣道場、だからここでの事はあくまで模擬試合、ってことになる。だから遠慮はいらないぞ」
ナイフを突き出されているのに、いつにもまして冷静な戸成。いや、普通に古部都がクズなだけだと思うからねぇ戸成。
「来いよ凌兵。ナイフなんて捨ててかかってこい」
そう言いながら上着を投げ捨ててかかってこいとジェスチャーする戸成。
「俺をボコボコにして、苦しむ姿がみたかったんだろう?俺の顔面を殴りつける感覚をその拳で味わいたかったんじゃないのか?俺に復讐したかったんだろ、誰も手は出さない。1対1だ。楽しみを不意にしたくはないだろう?来いよ凌平、怖いのか?」
淡々と告げる戸成に、憤怒にわずかに恐怖の混じった表情で、ナイフを投げ捨てる古部都。
「ぶっ殺してやる。ナイフなんて必要ねえ。誰がてめえなんか、てめえなんか怖かねぇ!」
古部都も上着を脱ぎ捨てて戸成に近寄っていくのを、俺達はかたずをのんで見守っている。ナイフを持ち出されたときは止めねばと思ったが、この状況ならいつでも抑え込めるように警戒しつつ幼馴染同士の勝負を見守る事にしようと思ったから。
「野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!」
―――怒気を孕んだ古部都の叫びが剣道場に木霊した。
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