第48話 内弟子ちゃんの後悔

 家に帰って暫くたつと、チャイムが鳴った。

父さんも母さんもまだ帰ってきてなかったけど帰ってくるにはまだ早い。誰だろうと思いながらドアを開けるとうちの爺さんがいた。


「おぉ、太郎。お前ひとりか」


「爺ちゃん!」


  そこにいたのは、禿頭に鼻の下と顎に豊かな白鬚を蓄えたお年寄り。痩せて見えるが不思議と威風を感じるその人は、俺の爺さんである金浦島重國(かなうらじましげくに)だ。お年寄りだけあって随分厳つい名前してるのよね。

 今ではすっかり好々爺というお爺さんだが、若いころは剣の道では有名だったらしい。今でもかつてのお弟子さん達が道場を訪ねてきてるし、総隊長とか呼ばれて慕われてるけど何の総隊長なのかは俺もよく知らない。


「うむ、元気そうじゃな。ほれ、土産を持ってきたぞ」


 そう言って土産の入った紙袋を持ってきてくれた。そういえば爺さん旅に出てたっけ。あれ、武者修行だっけ?


「タロー君、おひさちぶりでちね」


 微妙にしたったらずなしゃべりの小柄な女の子が傍らにいて、声をかけてきた。


「やぁ、すずめちゃんも久しぶり。元気してた?」


「お陰様で元気にちてまちゅ」


 そう言ってニッコリと笑うのは、爺さんの内弟子である下桐珠洲芽(しもぎりすずめ)ちゃん。すずめちゃん、タロー君と呼び合う位にはフレンドリーな仲だ。一応俺と同じ高校一年生で、同じ学校に通っている。

 身長130㎝あるかないかの、高校生としてはかなり小柄な身長に細身の身体。知らない人が見たら小学生か中学生にみえるだろう。

 栗色ショートの髪に、くりくりした瞳。舌ったらずなしゃべりで、さ行の音がなんとなく“ち”に聞こえてしまう事がある独特の喋りをするのが特徴的だが、素直で良い子なので爺さんも目をかけて可愛がっているようだ。

 もともとは爺さんと仲が良かった近所の囲碁友達のお孫さんで、その人が亡くなられてから一家揃っていったん県外に引っ越していたが、すずめちゃんがうちの学校に進学するのを機に、下宿先兼、剣道の内弟子として居候することになったのだ。そういえば戸成と道場に行った時にこの子の名札みて戸成がなんか反応してたような気がするけど気のせいかな。


「そうだ、折角だし上がってってよ。もうすぐ父さん母さんも来ると思うし」


「ふむ?そうじゃな、それでは少しお邪魔してゆくとしよう。すずめちゃんもそれでよいかの?」


「はい、戻ってきたご挨拶もちたいでちから」


 という訳で父さん母さんが返ってくるまでの間、のんびりと話をするかと思いきや―――


「甘いでち。見え見えのブラフでちね」


「ほっほっほ。太郎、お前は避けるのは上手いが攻めるのが下手じゃのう」


――――爺さんが見守る中、庭ですずめちゃんと延々と模擬試合をやらされていた。


「無理無理、俺にこういう才能は無いんだって!」


「足りない才能は努力で補うでちよ、タロー君」


 そう言いながら迫るすずめちゃんの一刀を避ける。


「……全然当たりまちぇんね」


 そりゃそうだ、そもそも俺が機敏に動けるのはガキの頃からの爺さんの稽古という名のシゴキの中で、痛いのは嫌なので回避力に極振りしたいと思います!!!!ってなったからだからね。それが趣味のパルクールに活きてるんだから人生何がどこで役に立つかわからないもんだけど。

 そんな風にすずめちゃんの猛攻を受け流し、回避し、たまに攻撃してもあっさりと止められるを繰り返していたら母さん、父さんと順番に帰ってきた。食事が出来上がるまでそうして稽古を続けて、皆で賑やかに食事をとった。

 騒がしくも楽しい晩御飯の後、リビングで話している父さんと爺さんをおいて、俺はすずめちゃんと縁側に腰かけてくつろぐ。


「いやぁ、強くなったねすずめちゃん。避けるので精いっぱいだよ。じき避けきれなくなりそうだ」


「タロー君もきちんと稽古をちゅればきっと強くなれるでちよ」


「いやぁ、人間向き不向きってのがあるもんさ」


 そんな俺の言葉に不満気なすずめちゃんだが、俺はこのすずめちゃんを尊敬しているのだ。

 すずめちゃんから聞いた話だけど、すずめちゃんには子供の頃に仲が良かった一番のお友達がいたようなのだけれど、中学の時に家の都合ですずめちゃんはこの街から引っ越すことになってしまったのだ。

 その後もそのお友達と手紙のやり取りはしていたようだが、暫くしてその友達が酷いいじめを受けていたことを知るも、それを知った時は既にそのいじめ問題は解決していたという。

 手紙の中ではそんな事を感じさせなかったその友達の強さへの感銘と、友達と言いながら一番つらい時に傍にいれなかった申し訳なさと後悔、そして大事な人や友達を守れるように心身ともに強くなりたい、と一念発起して勉強を頑張り、うちの学校に入学してこの街に戻ってきたのだ。

 小さな身体や幼く見えても、行動力と、強い意志を持つこの子を俺は凄い子だと思っている。

 実際、爺さんの内弟子になった入学当初から比べてメキメキと強くなってると思うし。


「すずめちゃんは、例の友達とは会えたのかい?」


 例の友達、というのはすずめちゃんから聞いた一番の友達の事だ。


「いえ―――まだあえまちぇん。すずめはあの子に合わせる顔がありまちぇんから」


 そう言って俯いてしまうが、そんな事は無いと思うのだ。


「そんなことないと思うよ。辛い時でもかわらず手紙でやり取りしてくれたすずめちゃんに、その子も励まされたんじゃないかなぁ。だってすずめちゃん、その子がいじめられてたって知っても態度を変えたりしなかったでしょ?」


「当たり前でち!すずめは友達に嘘ついたり裏切ったりはちまちぇん!どんなに悪評がたてられても、友達を疑う事もちまちぇん!」



 だよね、知ってる。数か月の短い付き合いだけど一本筋の通った、真っ正直なすずめちゃんのこういう性格は尊敬できる。どこかともちゃんにもよく似たものを感じるのもあるかもしれない。

 なので俺も、すずめちゃんには、せっかく一緒の学校にいるんだからそのお友達とまた仲良くなってくれたらいいと思っている。

 正直な事を言うとこちらからお節介をしてすずめちゃんとそのお友達が仲良くなるように動いちゃいたい位なんだけど、すずめちゃんの性格を考えるとすずめちゃん自身の心が決まるまでは見守った方が良さそうなので俺は大人しくしている。

 ……でもすずめちゃんがお友達とまた仲良くしたいって心が決まったら俺は容赦なくお節介させてもらうけどね!!!


「……それに、あの子はとても人気者でち。すずめがいなくても、楽しいお友達がたくさんいまちゅ」


 そう、少しだけ寂しそうにつぶやくすずめちゃんの横顔を見るともの哀しい気持ちになる。


「聞いた話でちが、恋人ができたとも聞きまちた。今は別れてちまったそうでちけど」


「へぇ、恋人。青春してるんだね」


「はい。昔から、性別を問わず人に好かれる子でちた。あの子の傍にはいつも仲の良い男の子と女の子の友達も、一緒にいたでちよ」


 はー、人気者の子なんだなぁ。でもすずめちゃんもすごく良い子だと思うよ俺は。


「その仲の良かったお友達たちとは色々とあって疎遠になったようでち。けれど今その子には同性の仲の良いお友達がいる、とも聞いているでち。あの子が楽しく過ごしているのなら、すずめはそれで良いのでちよ。でももちまたあの子が困った時は、今度こそすずめが助けるでち」


 うむ、こんなよいこのすずめちゃんが幸せにならないのは間違っていると思うので、俺はその時が来たらすずめちゃんがそのお友達と仲良くなれるように協力は惜しまないよと心に決めるのであった。


「……さて、お喋りもこれくらいにするでち。食後の運動でちよ、タロー君」


 そう言って竹刀を渡してくるすずめちゃん。エーッ?!さっき散々やったじゃないですかやだぁー、とぼやくも、リビングから感じる視線に振り返ると父さん母さん、そして爺さんが観ていた。


 「太郎、すずめちゃんから一本“とれなかったら”、次は儂が相手をしてやろう」


 げーっ爺さん!また全身あざだらけになっちゃうじゃないですかヤダァ、爺さんに打ち込まれると一振り一振りが焼けるように熱くて痛いんだもの。つまり俺は死に物狂いですずめちゃんに勝たないといけないってことですか。


「久しぶりに、剣の鬼と言われたお義父さんが竹刀を振る姿が視れるのですね」


 なんて親父が呑気にいってるけどその剣の鬼さんの相手させられるの俺だからね、YOUの息子、ジュニアがボコボコにされるんだからね!!?ちなみに相手をするというのはボコボコにされるという事である。この怪物爺の相手なんて御免被る。


「爺ちゃんにボコられるのはご免だから……全力でいくよすずめちゃん!」


「その意気やよち、でち!来るでちよタロー君」


――――ちなみに爺さんに鍛えられた時間の、経験の差もあり、あの手この手を使ってすずめちゃんから一本をとる事には成功したものの、それを見てテンションぶち上がった爺さんが喜々として立ちふさがったので結局ボコられましたとさ。まったく理不尽すぎる。泣けるぜ!

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