第46話 “オサナナジミ”


 綿貫ささら。

 戸成の幼馴染、いや汚さななじみであり中学時代の戸成に筆舌にしがたい悪行をしたクズの片割れであり、恋人を裏切って他の男に靡いた嫌悪すべき女である。


「俺に一体何の用が?」


 とはいえ接触してきた意図がわからない以上、表面上は変わらぬ態度で、内心の警戒を強めながら応対する。


「……急にごめんなさい。驚きましたよね」


 潤んだ瞳の目尻をぬぐう仕草を見せながら眉尻を下げてため息をつく綿貫。


「道端で急に呼び止められれば驚きもするだろ」


「それは、ごめんなさい。でも、どうしても桃園君とお話がしたくて」


 俺には話すことはないんだけどなー。

 しかし俺の様子には構わずベンチに座らないかと言う綿貫。一瞬どうするか悩んだが、こいつの近くに寄りたくないというのもあり丁重に断り、手短に話をするように促す。そんな俺の様子に残念そうに項垂れる綿貫。

 だが悪いな、アンタが戸成にした事をすでに知っているから今更しおらしい態度をとっても俺は信用することはねンだわ。


「……私と戸成君は幼馴染で、中学までずっと付き合っていたんです。でも、戸成君の実家がトラブルに遭って、私、なーくん……いえ、戸成君からから離れちゃったんです。……そこを古部都というもう一人の幼馴染に言い寄られて、それで、それで私……」


 そこまで言って顔を手で覆って泣きはじめる綿貫。その肩が震えていて、すすり泣く声が聞こえる。まぁ戸成からあらかた聞いてはいるよ。ところどころ解釈が違うようだけど。


「わ、わたぁ、私、なーくんの事、す、好きだったのに、ずっと好きだったのに……あ、あぁぁっ」


 感極まったのか泣きはじめる綿貫。結局なーくん呼びかよと心中でツッコミつつ、こんな所を他人にみられたら俺がコイツを泣かせていると誤解を受けかねないから勘弁してほしいと溜息が出る。

 すまんがアンタに泣かれても俺の心には1ミリも響かないんだよねぇ、散々戸成の悪評広めたり古部都と仲良くしてたのも知ってるし。


「私、古部都に逆らえなくて、それで、なーくんを傷つけてしまって、それで、どうしてもそのことが謝りたくて、う、うわあああっ」


 残念だがタローさんは冷静なのでコイツが何を言われてもフーンとしか思わないんです。

 それになーくん、ねぇ。すまんけど沖那のことを馴れ馴れしく呼ぶのもやめたげてよぉ!なところ。

 そもそも後になって謝らなきゃいけないような事なら最初からしなければよいのである。

 戸成のいじめや嫌がらせは風説の流布、誹謗中傷、あと証拠はなかったみたいだけど戸成は靴を捨てられたり机に落書きされたりとか結構エグいいじめしてたって調べもついてるし、今更謝るも何もないと思う。ここでは言及しないけどさ。

 あと戸成が渡したプレゼントその場でゴミ箱に捨てたのはまぎれもないYOUの意志でしょ、と。何を全部古部都の所為にしてんだろうとか思っちゃうよねー。


「私、あんな事したくなかったのに、古部都に、脅されて、酷い事もされて、それで、それで、仕方なく……!

 でもずっとなーくんの事が好きだったんです……!

 色々なことが誤解だったってわかって、それで、酷い事した事を謝ろうとしたんだけど、謝る事も許してもらう事も出来なくて、諦めようって思っていたのに。

 高校になって、なーくんが同じ学校にいて、それで、私、私……」


 フーン。……いやそこは諦めてくださいよ。

 ここから入れる保険があるんですか?ねーよ。

 綿貫が泣きながら自分に都合のよい事を延々と述べているけど聞くに堪えないので心が虚無になってる。 

 明日の弁当にポテトサラダでも作ろうかなとか明日の弁当のおかず考える方が多分有意義な時間だわこれ。ちなみにポテトサラダにコーン入れる派ですか?俺はいれる派ですと心の中でどうでもいい一人問答を繰り返している。

 

「お願いします、どうしても、私、なーくんと、話がしたいんですっ……!このままなーくんと終わるなんてどうしても嫌なんですっ!お願いします!」


 いやもう終わってると思うけどなぁ、恋人以前に関係性自体が。

 というか戸成のことを思うならそのなーくん呼びを辞めて今後の人生において戸成と関わるのを辞めるべきではないだろうか。その方がお互い幸せだと思いますわよ。折角戸成も関わらないようにする限り中学時代の事に言及しないって温情措置してるんだし。


「桃園君がなーくんと仲が良いって、聞きました。どうか、どうか、なーくんとお話しする時間を作ってもらえませんか?」


「え?嫌だけど」


 ……あ、やべぇ速攻で思った事を口に出しちゃった。てへペロッ☆

ぐだぐだと言ってたけどこの汚さななじみさんの主張はこうだろ?


――――古部都が全部悪い、私悪くない。だから許して。


 いやいやいや、いやいやいや、そうは問屋が卸しませんって。事情が何であろうと、この綿貫さんの言ってることが事実であろうとなかろうと、今更どうこうは無理でしょ。個人の感想で言えば綿貫の主張は何ひとつ信用できないし。つーか何でこのタイミングになってそんな話になるんだよ、高校に入ってすぐならまだしも。この女なんなんだよ一周回って怖いよ!


「ッ…、そう、ですよね。そう言われるのも覚悟してました。で、でも、私本気なんです。私、なーくんと仲直りするためなら……なんでもするって決めてるんです……!」


 そう言って俺の片手を両腕で包み込んでくる綿貫。ごめん触らないでくれるかな?!さぶいぼがでる。


「も、もしなーくんとの間を取り持ってくれるなら、―――私に好きな事をしていいですから」


 NO!NO!NO!NO!NO!NO!NO!お断りデェース!!!!いやいや無理です、無理、タローさん童貞だけどこんな恋人裏切って他の男と懇ろになった後に人を嵌めるような女となんて無理ですね!!!!き、気持ち悪くて頭痛がしてきた。


「いや無理、好きでもない奴とそんな事できない。あと普通に君はキモいから無理」


 そんな俺の言葉に少なからずショックを受けている綿貫。自分の容姿に自信があったんだろうか?まぁそうね、美容院で整えてそうな身なりにメイクもきれいにしていて、容姿磨きをしているタイプなのはわかる。でもそうじゃない、人間ね、心だよ心。 


「たとえ今アンタが言ったことが本当だったとしても、それは俺には関係ない事な訳で。それならアンタが自分で戸成に話をつけるべきじゃないのか?何度断られても嫌がられても。誰かの力を借りるべき事じゃない。自分の蒔いた種は自分で拾えよ」


「で、でも桃園君はなーくんと友達なんですよね?私との事を誤解したままで、なーくんが可哀想だとは思わないんですか?!」


「全然思わないなぁ」


 そんな俺の言葉に俯く綿貫。むしろ今更綿貫が接触してくる方が可哀想だと思う。しかし綿貫はその手を放してくれない。


「悪いけど離してくれないかな?」


「……私も本気なんです。どうあっても――――!!」


 そういって俺の手を自分の胸に手繰り寄せようとする綿貫。


「な、何するんだ?!やめろ!!」


「だって私にはもう、こうするしか!!こうして、私の身体を触ってるときに私が悲鳴を上げたらどうなるかわかりますよね!女子の胸を触る変質者になるか、私に協力するか!」


 渾身の力で手を振りほどいて離れようとしているのに馬鹿力で引っ張られて手を離してしてくれない。ウォォォッ?!い、嫌だ!人生初めての女子の胸タッチがこんなところで親友の汚さななじみだなんていやだ!うおおおおおおおおおおおおおっ!変質者冤罪など冗談ではない!!誰かた、助けてェー!!



「タローから手を放しなさいよ!!」



 その動きを制止させるように、鋭く割って入るような声が綿貫の背後からした。


「ともちゃん!!?」


 そこには風に髪を靡かせながら、静かに俺達を見据えるともちゃんがいた。思わず叫んでしまったが、ともちゃんは両手を肩より上にあげつつ掌を綿貫に向け、怪獣か悪役怪人のように構えながら綿貫を威嚇しながら睨んでいる。

 突然背後に現れた、自分と並んでも見劣りしないであろう美少女(と、その珍妙な行動)に、綿貫が動きを止めた。その隙に俺はすかさず手を引き抜き、綿貫から距離を取ることができた。た、助かった。


「……な、何なのよ貴女」


 探るような、困惑するような、綿貫の問いに、迷いのない真っすぐな瞳で見つめ返しながら言い放つ。


「私は……私は、そこにいるタローの幼馴染だよ!!シュッシュ!」


 相変わらず手を挙げて威嚇しながらシュッシュと自分の口で言いつつ左右にステップするともちゃん。

 うわぁ、あまりのトンチキっぷりに綿貫がフリーズしてる。ともちゃんの空気の読めなさが輝くときってあるんだなぁ、と思わず苦笑してしまった。

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