第45話 放課後の初遭遇

 あれからサッカー部は大人しくなり、驚くほど校内は平和になった。朝の挨拶活動でもサッカー部の生徒達が整列して挨拶に励んでいて、以前の態度とは打って変わった様子に当初は訝しがられていたが、徐々に受け入れられつつある。

 そこには桜那先輩を信奉する、真島先輩を筆頭にしたサッカー部の強烈なキャラクター性があったりもする。

 以前の悪評、トラブルもあるが今ではすっかり毒が抜けてちょっと面白おかしい人になっている感じがするしね。

 教師たちは安穏と、サッカー部大人しくなってよかったよかったとか言ってるけどマジで桜那先輩に感謝してほしい。本当は教師がそうやって生徒を指導していくものなんだからさぁ……。


 そもそもうちは進学校だったので、蟹沢弥平から続くトラブルがイレギュラーなだけ。本来はこれが正常なのだ。


―――ただ一つ、桜那先輩とサッカー部を制したその日から、戸成の元親友・古部都とその恋人であるマネージャー、汚さななじみの姿がサッカー部の中にいないことが気がかりではあったが。


 なんてことを考えつつ昼どこで食べようかと考えてたら、戸成がなんか恥ずかしそうにしながら


「タロー、ちょっと2人になりたいんだけど……いいか?」


 とか言ってきた。

 教室の一部からは謎の黄色い悲鳴が上がったりあきらは目を丸くしていたりともちゃんはポカーンとしていた。美人で有名なクラスの竜宮さんもフリーズしてた。どうしたんだろうね?

 なんか微妙に勘違いされそうな物言いするなよ戸成ィ!と思いつつも別に断る理由もないのでついていったら屋上に連れてこられて2人で昼食をとることになった。


「すまなかったな。姉さんを手伝って貰ったり色々付き合わせてるみたいで。サッカー部を何とかするとか言ってたけどその時もタローを巻き込んだんだろ?」


「あぁ、その事か。俺が好きでやってる事だからお前が謝る事じゃないさ。桜那先輩こそ生徒会の仕事頑張ってて凄いよ、本当に」


「―――いやぁ、姉さんあれで強引なところあるしなぁ。最近はずっと家の庭でサッカーの練習してたりそれに付き合わされてたんだけど、タローも巻き込まれてたんだろ?」


 おや、そうだったのか。気になったので詳しく聞いてみると、サッカーのPKの練習に付き合わされてたとの事。

 桜那先輩、サッカー部に対応するために練習してたんだなぁ。ということははじめちゃんから報告が入った後、サッカー部の部員の情報に目を通して、そういう方法で改心させると決めて夜な夜な練習してたのか。

 あの人にはかっこよさで一生敵わない気がする。あ、今のタロー的にポイント高い。……なんて思っていると、少しだけ躊躇するような反応をしながら、戸成が聞いてきた。


「なぁ、タロー。実はもう一つ、話があってさ。サッカー部と関わったって事は、古部都、ってやつともう関わってたりするのか?……お前ならもうわかるよな?」


 神妙な顔つきで話しかけてくるが、もちろん知っている。


「あぁ。サッカー部の部員で、お前にとっては因縁がある相手、なんだよな。実は俺も古部都の事で、戸成に話したいと思ってたんだ」


「……そうか。その調子だともう古部都に会ったことあるみたいだな」


 気まずそうな戸成に対して、今まで古部都とトラブったことを黙っていてすまなかった、と謝罪つつ最近の古部都との事をかいつまんで戸成に説明した。中学の友人から古部都の相談を受けた事や、あきらが詰め寄られていた件をやんわりと。


「古部都が、他の女子に声をかけたり猿渡を強引にナンパしてた?!なんだよそれ、もっと早く言ってくれよ水臭いじゃないか」


「すまん、言うタイミングを逃してな。それに、中学時代にトラブルがあった相手だと話をしていいものか俺も迷ってな」


「良いに決まってんだろ、むしろ相談してくれなかったことの方がショックでけぇよ!俺達親友じゃなかったのかよ!」


「親友だと思ってるよ、だから悩んだんだ。まずは落ち着けほら頭なでなで」


 宥めるように頭を撫でると目を閉じながらはふぅ、と満足そうにため息を漏らす。ちょっとチョロすぎんか戸成……。暫く撫でていると気恥しくなったのか咳払いをして居住まいを正した。


「オホン。あぁ、えっとそれでなんだが―――俺としては高校で古部都や、ささら……俺の幼馴染、とはあまり関わらずに居ようと思ってた。正直関わってトラブルになるのは面倒だし、俺は俺で今楽しく高校生活してるしさ。だから向こうが何もしてこないならこちらから関わるつもりはなかったけど、あいつらがお前や、俺の周りの奴らに何か絡んだり迷惑をかけてくるなら、その時は―――」


「まぁ待て、落ち着けって」


 腹を括った様子をみせる戸成を宥める。一人で考え込んだり覚悟を決めても良い事なんて何もないぞ、ってね。

 でも戸成のその気持ちは少しわかった。雉尾さんに対してがそうだったけど好き嫌いを通り過ぎると関わりたくなくなるんだよなー。そういえば雉尾さんが今どうしてるかも情報シャットダウンしてるから知らんけど。関心がなくなるのってそういうことだし、接触して疲れるのもだるいし。


「実際、サッカー部に関しての問題ってのは殆ど解決していて、部活動から消えた古部都と綿貫が今不安要素として残ってるって状態なんだ」


 そんな俺の言葉に、考え込む様子を見せる戸成。


「なぁ、タロー。もし古部都やささらが何か問題を起こしたりあいつらに何かをされたときは遠慮なく俺に行ってくれよ。古部都もそうだけど……俺の幼馴染の綿貫ささら、アイツにも何か言われたりされたら―――」


 真剣な様子でにじり寄ってくる。顔が近い。


「……あぁ。その時は相談するよ」


 しばらくじっと見つめ合っていたが、俺の言葉に偽りがないの通じたのか、安堵したようにため息をついて離れる戸成。


「頼むぜ?俺の事でお前がまたトラブルに巻き込まれるのは嫌だからさ。……あ、そのからあげ一つくれよ俺のシューマイやるから」


 そう言う戸成とおかずを交換するが、からあげを食べた戸成がうまい、うまいと連呼しながら何か思い出すような様子を見せる。


「あれ、これって前食べたことがあるヤツ……犬井さんのくれた……ってあれ、あのからあげお前が作ってたのかよ」


 そういえばそんな事もあったなぁ。随分前だったけど覚えていたのか。


「ん?あぁ、まぁな」


 なんといったものか困るが、素直に頷いておく。


「……はぁ、お前本当にこう……いい奴だなぁ」


 ともちゃんが自作と吹聴したからあげが実は俺謹製なのを知った

戸成が、呆れたような感心するような何とも言えない表情をしている。


「ま、こまけぇ事はいいんだよ」


「今の沖那的にポイント高い」


 俺とネタ被ってる被ってる、と苦笑しながら俺は戸成とのんびりと昼食をとるのであった。

 ちなみに教室に還ったらあきらやともちゃん達から何があったのか詰問されたけど別に普通に2人で昼飯食べてただけだと話したらへなへなと腰を抜かして安堵していた。やっぱりお前の言い方が変だからなんかあらん誤解うけてるじゃん戸成さぁ。


 そしてその日の帰り道、今日は買ってる漫画の新刊の発売日だから本屋に寄って行かなきゃなーと、商店街への近道の寂れた並木道を歩いていたら後ろから声をかけられた。


「あの、すいません。桃園太郎さん!」


 綺麗な声だが、どこか耳障りに感じ……本能的に虫唾が走る思いを感じながら振り返った。


「突然呼び止めてすみません。少しだけ、お時間いいでしょうか?」


 美容院で綺麗に整えられているのだろうか?すいた前髪を横にきりそろえつつ、ショコラアッシュに染めたミディアムヘアを軽くカールさせている。

 見た目だけで言えば美人、と言っていいだろう。

 だが俺はこの顔を知っている。舞花ちゃんに調べてもらった情報から繰り返し見ている。

 態度に出さずに臨戦態勢になる程度には、繰り返し見ている。


「私、綿貫ささらっていいます。あの、桃園君の“お友達”の、なーくん…いえ、戸成君とは幼馴染で……戸成君の事で少しだけ、お話をさせてください」


 困ったように、縋るように、救いを求めるように。

 男であれば思わず手を差し伸べたくなるような、保護欲がわくような仕草。普通の男子であればこんなに見た目が綺麗な女子にこんな表情をされたら、思わず話を聞いてしまうのではないだろうか。しかし、


―――こいつはくせぇ。ゲロ以下の匂いがプンプンするぜッ!

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