第44話 学校(ここ)を統べる者
男子サッカー部が一堂に集まり見守る中、部長の真島先輩がゴールポストの前で構えている。
そしてそこから距離を置いて、桜那先輩が準備運動をしていた。
……いったいどうしてこんな事になったかと言うと、サッカー部の行動について桜那さんと真島で勝負をすることになったのだ。……それもサッカー部の土俵であるPK戦で。
1本でも阻止したらサッカー部の勝ちで、桜那先輩が5本すべてゴールしたら桜那先輩の勝ち。サッカー部が勝てば今後サッカー部の活動・行動に対して生徒会は口を出さないし、その責を負う。ただし、桜那先輩が勝てばサッカー部は桜那先輩の指示に従うというものだ。
不利極まりない条件だが、なんとそれを言い出したのは桜那先輩からである。さすがにその条件に真島先輩筆頭に男子サッカー部達も困惑していたが、
「よもや私に敗れるのが怖い、等と言うまいな?」
という桜那先輩の言葉に顔真っ赤にして勝負を引き受けていた。うーん、脳筋。
「桜那先輩、そんな勝負で大丈夫ですか?」
と心配して声をかけた不敵に笑いながら、
「結果で示す。そこで観ているがいい」
なんて言われてしまえば俺からは何も言えない。普通にかっこよすぎるんだよなぁ。
あと不思議と、この人が負けるビジョンが思い浮かばなかった。もし俺だったら大丈夫だ、問題ないとか言って死亡フラグおったててるね。
「俺達サッカー部は全国大会出場する強豪。そのキャプテンである俺に本気で勝てると思っているんじゃないだろうな?」
そう言って桜那先輩に声をかけてくる真島先輩。声と裏腹に自信に満ちた桜那先輩に対する怯えがみてとれる。
「貴様は確かに優れた資質を持っているらしいが、無法を許すわけにはいかない」
「えぇい、魔法のプリンセスみてーな髪しやがって。ピンクに染めて出直してきやがれ!」
顔を真っ赤にしながら怒りと恐怖が入り混じった表情で勇気を奮いたたせるように叫ぶ真島。
やはり一対一で桜那先輩に対峙するのは怖いんだろうね。同じように桜那先輩と1対1で勝負するってなったらあの身体からあふれるプレッシャーで押しつぶされそうになってると思うってばよ。
でもね、それはいけない。髪形をバカにされて桜那先輩から出るプレッシャーより強くなったのわかる?もう終わりだよ真島先輩。桜那先輩めっちゃ怒ってるから。
――――そして暫くして、地面に膝をつき項垂れている真島先輩。
「ば、バカな…俺はスペシャルで、中学公式大会200回セーブで、模擬戦なんだよォ…!」
部長としての矜持をへし折られたのか、信じられないという様子の真島先輩。無理もない。
桜那先輩は真島先輩相手に難なく5連続ゴールを決めたのだ。
素行不良とはいえサッカー部の主将であり全国レベルの選手を相手に、である。
周囲のサッカー部員たちもその光景に言葉を失っている。自分たちの拠り所とするサッカーで、自分たちを束ねるトップが完膚なきまでに敗北したのだ、何も言える筈もない。
「さて、約定の通り。お前たちには軽挙妄動を慎み、高校生らしく勉学と部活動に励んでもらうぞ」
「……なんなんだよ。俺達みたいなサッカーだけしか能がない、勉強なんかついていけねぇ、女に声かけてもモテねぇカスにこんな事して何がしてぇんだよ。俺達に言う事聞かせたいなら蟹沢みたいにすりゃあよかったじゃねぇか」
「愚か者。怪我などしたら部活動が出来ないではないか」
そんな桜那先輩の言葉に、目を剥く真島先輩。他のサッカー部員も一様にそんな反応をしている。
「お前たちが全国レベルの選手なのも、部活動の成績のために招き入れられた経緯も、そして今問題行動を起こしていることも知っている。だがお前たちのその実力は、それまでの研鑽と努力により培われたものだろう?」
皆一様に黙り、自分の過去の努力を思い出しているのか、言葉を失い、静かに聞いている。勿論俺もそうだ。
「ならばそれを誇りにしろ。今後一切お前たちが自分自身を卑下することも私が許さん。お前たち一人一人がこの学校の名を背負っていると弁えるのだ。
―――そして人として当たり前のことだが、人に迷惑をかけるな」
そんな桜那先輩の言葉に項垂れる真島先輩。
「わかった。俺は、俺たちはアンタに負けた。言うとおりにする。他の生徒に絡むことも辞める。だ、だが俺たちだって健全な男子高校生なんだ。彼女を作りたい奴だっている」
真島の言葉に大きくため息をつくる桜那先輩。
「やり方の問題だ。女というものはな、無理に追えば逃げていくもの。自らを研鑽し高める、ひたむきな男には自ずと近寄ってくるものだ」
「じゃあ俺たちは何をどうすればいいんだよ?」
「女子に執拗に迫るな、人を威嚇するな。
真摯に部活動に取り組め。
校内の美化活動や部活動が持ち回りで行っている校門での挨拶活動に取り組むのも良い。
迷惑をかけた生徒に謝罪しろ。学校に反省文もだ。
お前たちについた印象を払拭するよう細かな活動を積み重ねていけばそうして小さなことから取り組んでいれば、いずれ周囲の人間がお前たちを見る目も変わるだろう」
有無を言わせない桜那先輩の言葉にサッカー部は皆黙っている。素行不良とはいえ体育会系、敗北したからと言って逆ギレしたりしないあたりはまだわきまえているんだろうか?
……いや、蟹沢の時は従わずに暴れていたので単純に桜那先輩のカリスマだな、これ。初手でスキンヘッドを倒してるから実力行使しても勝てないって最初に示してるしな。
「あ、あぁ、言う通りにしよう。けど最後に一つ聞いていいか?なんで俺達に情けをかけたんだよ」
「お前たちの事は調べた。
女子生徒への声かけや執拗なナンパ、授業中の奇声・抜け出し、威嚇、頭に鉢巻きで懐中電灯を結んで八つ墓村ごっこ等と校舎を走り回ったり下着姿で踊るといった奇行もあったか?
随分とやりたい放題やっていたようだが、飲酒や喫煙といった違法行為や暴力事件を起こしていなかったからな。まだお前達は更生できると思ったのだよ」
それは一線をこえていなかったからこその情状酌量、という事でもあった。今後一線を越えることはするなよ、という圧力でもあるだろう。
「……わかった。正直、アンタに逆らっても勝てる気がしないのもあるが、……蟹沢は俺達の心が折れるまで暴力を振るってきたが、アンタはあいつとは違う……俺達を腫れ物のように扱う教師たちとも違う。俺達を見てくれている、気がする。だからアンタになら……いや、貴女になら従ってもいい」
真島の言葉に無言で同意を表すサッカー部一同。
「そうか。―――期待しているよ」
最後にそう微笑する桜那先輩に、サッカー部の部員たちの雰囲気が変わったのを感じた。清濁併せ呑んで最後に声援を贈られる。こんなことをされて奮い立たないのは男じゃない。捻くれて問題を起こしたとしてもサッカーで全国にいくだけの実力を得るまでに努力してきた者達なのだから。
立ち上がった真島先輩が部員に迷惑行為を行わせないよう約束し、周囲のサッカー部達も同意していた。もしかしたらこのサッカー部の部員たちは進学校という学校の中で孤立している自分たちを認めてほしかったのかもしれない。……なんとなくだけど。
桜那先輩はこの生徒達のそんな心の機微を理解していたような気がする。資料を用意したり、準備と言っていた。最初から話をこうやって着地させるつもりだったんじゃないだろうか?
―――俺じゃ敵わない人だな、と素直に尊敬する。
ともかく、真島先輩を筆頭にその瞳からは曇りが消えているように感じた。一堂に会し、頭を下げるサッカー部に見送られながら桜那先輩と生徒会室に戻ってきた。
「さて、随分と遅くなってしまったな。もう下校の時刻になる、着替えたら家まで送ろう」
「ハハハ、男女が逆ですよ桜那先輩。俺が送ります」
そんな俺の言葉に、そうだな、それでは頼もうかと笑う桜那先輩。
綺麗で、かっこよい先輩。親友のお姉ちゃん。
時々お茶目なところもあるこの人は、いろいろな表情を見せてくれる凄く魅力的な人だなと思う。
そして生徒会室に戻り着替えた桜那先輩と並んで歩く帰り道、気になっていたことを聞いてみた。
「桜那先輩は、サッカー部の問題をこうやって解決する予定だったんですか?」
そんな俺の言葉に、意味深に笑う桜那先輩。
「制するという事はな、相手の得意な条件で、相手の有利な土俵で、完膚なきまでに勝利するからこそ意味があるのだ。それこそぐうの音も出ないほどの条件で敗れれば、反論もできず従うしかないだろう?」
なんてことの無いように言うが、それを実行できてしまうのがこの人の凄いところなんだろう。
確かに、あの勝負を経てサッカー部は戦意喪失し、素直に従い―――今日の去り際観ていたけれど、あの部長の真島先輩とかみたいに桜那先輩の強烈なカリスマに魅せられた生徒がいたのも事実。
今後、サッカー部が間違いを起こすことは今後まずないだろう。
蟹沢のような暴力に訴える事は無く、サッカー部の心を掴んで心服させたんだ。
俺は調べた情報からサッカー部が問題行動を起こすクズだとみていた。
けどこの人はサッカー部のメンバーが本来持っていたサッカーへの情熱や抱えてきた疎外感、環境を加味したうえでその心を文字通りに“征圧”、いや…“征服”したんだ。
問題児だと唾棄するのでは無く更生させた。カリスマと、それに見合うだけの実力がある人。
「でも今日、俺はついていっただけだけで何の役にも立ちませんでしたね」
「そんな事は無い。お前がいたから私は負けなかったのだよ」
「えぇ?」
そう言って、俺に対してわかってない奴だと言わんばかりに可笑しそうに笑っている桜那先輩。うむぅ…?
「フッ、私も乙女という事だ」
そう言って、体重を預けるようにしながら俺の腕に抱き着いてくる桜那先輩。
「ファー?!」
驚くが、しっかりと腕を抱き込むようにして抱えられているので腕を抜くことができない。
「知らなかったのか?お姉ちゃんからは逃げられない」
悪戯っぽくほほ笑む桜那先輩に、俺はこの人には一生勝てないのではないか、なんて思ってしまうのだった。
……学校(ここ)を統べる者、かぁ。
この人が女帝の如く君臨する限り、きっとこの学校は良くなっていくと思う。
俺も、及ばずながら力になりたいと思ってしまうのは、さっきのサッカー部のやり取りで桜那先輩のカリスマに魅せられてしまったからかもしれない。
腕に感じる力の強さと、桜那先輩の体温を感じながらその日はゆっくりと歩いて帰った。
―――余談だが、その次の日以降、早朝から真剣に部活動に取り組み、また校内の清掃活動などのボランティア奉仕活動にいそしむようになったサッカー部の姿が見られるようになった。
部長の真島を筆頭に桜那先輩を信奉、いや崇拝する勢いのグループが熱心に活動しているのだ。
当初は素行不良のサッカー部の変貌ぶりに訝しんでいた教師や生徒達だったが、文字通りに生まれ変わったサッカー部の行動は徐々に学校にも受け入れられていっているようだった。
迷惑行為やナンパ行為で迷惑をかけた女子達にも、真島がその部員を伴い謝罪して回っていると聞く。
問題行動がナンパ行為や他の生徒への威嚇等、一般的な問題児の範疇に収まっていたのがサッカー部にとっての不幸中の幸いだろう。
桜那先輩も一応、学校宛の反省文等も書かせて教師たちへの落とし所に落とし込んだと言っていた。流石に飲酒喫煙みたいな犯罪行動してたら桜那先輩でもなんともならなかっただろうけどそこまで堕ちてなかっただけ良かった。
―――ただ、サッカー部から姿を消した古部都と汚さななじみの2人は気掛かりではあるのだが。俺達がサッカー部を訪問する少し前から、古部都達はサッカー部の練習に顔をださなくなったらしい。サッカー部の問題は解決したもののその2人の問題は残ってしまっている。舞花ちゃんもその2人に関しては何か思う所があるようで何か調べたりしてくれているようなのだが……。
「我が敬愛する会長代行。私は貴女の統治に救いを求める哀れな子羊です。どうか、この子羊に知恵と勇気をお与えください。お願いいたします、会長代行、ああ会長代行、会長代行、会長代行!」
うっとりしながら真面目に奉仕活動している真島先輩に、この間のスキンヘッドのサッカー部員が合いの手を入れていた。
「真島の兄さん、今日も放課後清掃はバッチリでさァ!」
「よくやったぞ。部活動も奉仕活動も一切手を抜くことはまかりならん!会長代行に恥をかかせるようなことのないようにせねば!!」
真島先輩がサッカー部のメンバーとそんなやり取りをしているのを遠目に見ながら、もうサッカー部は大丈夫そうだなと思った。
「―――おぉっ、そこにいるのは桃園太郎!今日も桜那様の傍仕えか?!私たちサッカー部の分までよろしく頼んだぞ!!」
あの距離から俺が視えるのかよ?!なんて思いつつ大分キャラの変わった真島先輩に苦笑するのであった。
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