第43話 サッカー部を征圧せよ

 「こんにちは、桜那先輩。桃園です」


 ドアをノックしながら声をかけると、ガタガタタッと言う音がした後にいつもの凛とした声が返ってきた。


「太郎か。入るがいい」


 ドアを開けて入ればいつぞや入ったままの生徒会室なのだが、以前は蟹沢が座っていた机に桜那先輩が座っていた。キリッ!としながらこっちをみているけれど珍しく頬が赤い。どうしたのかな?


「今何か、ぬわーん疲れたもーんとか聞こえた気がするんですけど」


「気のせいだ」


 再度キリッ!として居住まいを正す桜那先輩。


「いやでもぬわつか」


「私に同調してくれなければ口づけするだけだ」


「気のせいでした」


 人間素直が一番だよね!!!でも桜那先輩は微妙に残念そうな顔をしていた。えー、鹿を指して馬と為したじゃないですかやだー。気のせいですよね気のせい。

 そして机の周囲や別の机には確認待ちと思われる資料や書類の山。いざ目にしてみると想像以上にひどいが桜那先輩はこれを1人でやっていたのか、こいつはヤベーイ!


「今日は生徒自治会に申し入れに来たんですけど、その前に手伝いますね。何からしましょうか」


 そんな俺の言葉に驚いたように目を丸くしていたが、それから嬉しそうに微笑んだ。


「それは願ってもない申し出だ。遠慮なく頼りにさせてもらうぞ」


 いくら先輩と言っても女の子一人でやるような仕事じゃない。

 いずれはこの生徒会に人を増やしていかなければいけないが、とりあえず今日は俺で我慢してくださいね。


 まずは積んであった書類のうち、新規の内容確認が不要なもの、継続して回ってくるような変更の必要がなく会長のサインだけでよいものを俺がササッとピックアップし処理してもらう。

 その間に残っている確認が必要な書類の中で、至急のものや期限が迫っているものを抜き出して処理してもらうと、概ね1時間ほどで書類の山は1/3程になった。

 残りの書類は一週間以上の猶予があるので明日以降に処理しても十分に間に合うだろう。書類の選り分けを俺がやっている間に会長は書類のチェックをすすめられるので大幅な時間短縮が出来たようだ、よきかな、よきかな。


「……驚いたな。想像以上に早く進んだぞ」


「桜那先輩の処理速度が速いからですよ。お疲れ様です」


 そんな俺の言葉を謙遜と受け取ったのか苦笑している桜那先輩。いやぁ、俺がやったのは餞別だけなので爆速で書類を処理していく桜那先輩が凄いんですよ本当。


「私が見込んだ通りだな。随分時間もたった……休憩にするとしよう。私に話があったのだろう?」


 そういってティーセットを出し紅茶をいれはじめた桜那先輩。

 話をするならこのタイミングだな、といれてもらった紅茶を飲みつつ、昨日の古部都の事や、サッカー部についての事を相談する。古部都に関しては戸成繋がりで顔見知りだからか、複雑そうな表情をしていた。

 

「それは―――手が回らなかったとはいえ放置できる状況でもなくなってきたな。サッカー部やその古部都に関しては他の生徒からも相談を受けていた」


渋面で思案している桜那先輩。あ、きちんとはじめちゃんの申し入れは受けてくれていたんだと安堵する。まぁあの戸成のお姉ちゃんだしそう言う所はしっかりしてるよね。


「サッカー部の生徒はサッカーは上手いが素行が不良でスポーツの名門校や部活動の活発な学校に入れなかった者たちだ。そんな彼らと、部活動の成績をあげたい先代の校長の思惑が一致して迎えられた生徒達なのだ」


 紅茶を飲みながら言う桜那先輩に頷く。ヒメ先輩から聞いた話の通りだなー。


「はい、実は俺の方でも調べてそう言う話は聞いています。先代の校長が部活動の強化のために招き入れたと。それで、今のサッカー部のメンバーになってから全国大会にもいけるようになったとか」


「よく調べているな。とはいえサッカーが上手いものの、素行面でまっとうなスポーツ名門校や部活動の盛んな高校に行けなかった者たちだ。放っておけば問題を起こすのは当然の事。……蟹沢は陰で、そんな彼らを恐怖と暴力で支配していたようだ。先の様子だとお前も既にそこまで調べているのだろう?」


 おっと鋭い、桜那先輩の前だと隠し事も出来なこれ。俺は無言で首肯する。


「この学校の部活動は壊滅的なまでに弱かった。

 勉強だけの高校、ということで長年揶揄されてきたのだ。部活動で成績を出すために先代の校長が取った方策の理由はわからなくもない。

 実際に結果で答えをだしているのだ、間違いでもなかったのだろうな。しかし、入学させた後の管理がお粗末だったこともまた事実だ。

 本来であれば指導者の下に素行に目を見張らせながら更生させてサッカーに打ち込ませなければいけなかったのだがな」


 嘆息交じりに言う桜那先輩に、俺は再度頷く。

 本当にそうですよね、この学校マジでダメダメすぎる。利権や自分の保身に走ってた先代校長一派は3回くらい腹切ってほしいところである。ここで俺と桜那先輩がこんな話をしてること自体がおかしな話で、教師がそのあたりのケア含めてやるべきなんだよなぁ。


「でもサッカー部ってここでなんとかしなきゃこの学校でまたトラブル起きませんか?俺が言うのもなんですけど蟹沢弥平と問題が立て続けに起きているのでこれ以上の事はこの学校にとって致命傷になる気がします」


 実際2度の不祥事でこの学校の評判は地に落ちたと言っていいし、現状で来年以降の入学志望者にも悪影響が出ているだろう。それを覆すにはこれ以上のトラブルは許されない。なんなら学業や部活動は去年以上の結果を出さなければいけない。


「無論だ。サッカー部に関しての準備はしていたのだがな、本来であればもう少し仕上げたいところだが悠長な事をしている時間も無い。足りない分は―――お前の存在で補うとしよう」


 そう言いながら微笑する桜那先輩。……うん?

 会話の最中の桜那先輩が動かした視線の先にはサッカー部の生徒について調べたのであろう資料が詰まれていた。生徒会の実務をしながらサッカー部の案件についても並行で進めてたのか……本当凄いお姉さんだ。


「今日は予定よりも早く書類作業が終わった。……サッカー部の所に行くとしよう。もう少し付き合ってもらうぞ、桃園太郎」


「え?はい、それはもちろんお供しますが何をするつもりなんですか?」


 蟹沢のやり方が良かったとは思わないが、桜那先輩が何をするつもりなのか気になって首を傾げた。


「サッカー部もこの学校の生徒である事には変わらない……誰かが正しく導かねばな」


 しかし俺のそんな疑問にも、いつもの様子で返してくる桜那先輩。うーん、かっこいい人よねぇ。

 それから生徒会室から出るように促され、少し外に出ると桜那先輩は女子の体操着に着替えていた。短めのハーフパンツがちょっと可愛いですね。

 

 「待たせたな。往くぞ」


 俺の心中の感想と裏腹に戦いに出撃する女戦士の如く、覇気と戦意に満ちた様子に身震いしてしまう。

 桜那先輩に引き連れられてサッカー部が練習しているサッカーコートに歩いていく。

 そこにいたのはいかにもでガラの悪そうな生徒達だが、意外にもまじめに部活動に取り組んでいた。

 みてみると、古部都と戸成の汚さななじみのマネージャーは部活には来ていないようだったが……。

 桜那先輩は近くにいたスキンヘッドのサッカー部員に臆することなく声をかけている。


「頼もう!生徒会長代行の戸成桜那だ。サッカー部部長は真島だったな?真島はいるか」


「あぁ?生徒会長代行サンが俺たちに何のようだってんだよ、えぇ?」


 話しかけられたスキンヘッドは桜那先輩の肩を掴みながら威嚇するようにドスの利いた声で唸っている。まずい、と思い助けに入ろうとするが次の瞬間には宙を一回転したスキンヘッドが地面に転がっていた。スキンヘッドに怪我をした様子も無く、ただ何が起きたわからないように呆然としながら仰向けに横たわっている。

 一瞬の出来事だったがそれだけで圧倒的な力の差を感じさせる。つくづく凄い人である。


「気安いな。私は真島を出せと言っている」


 スキンヘッドを見下ろしながら静かに言う桜那先輩に、スキンヘッドが威圧された様子でバタバタと立ち去っていく。その後サッカーの練習をしていた一人にスキンヘッドが話しかけていて、暫くして―――スキンヘッドが話しかけていた男子―――髪を紫に染めたキザったらしい態度を出している上級生が歩いてきた。でかい、身長180㎝はこえているだろうか。完全に桜那先輩を見下ろす位置に頭がある。


「俺を呼んでいるとか。生徒会長代行様が何の用だ?」


「単刀直入に言う。サッカー部の生徒による執拗な女子のナンパその他セクハラや迷惑行為に苦情が来ている。今後一切そういった行為は許さん」


 そんな桜那先輩の言葉を嘲るように笑う真島。


「ハッ、許さんとは大きく出るじゃないか。長い事留学していた副会長サマが、帰ってきたら空き巣の生徒会を乗っ取りか。随分いい身分だな?」


 なんだこの野郎、生徒会の現状も、桜那先輩がどれだけ仕事こなしてるかも知らない癖に、と言い返そうとしたところを桜那先輩に手で制止させられた。


「若いな。お前はそこで見ているといい」


 フッ、と笑う横顔がイケメンすぎてどぎまぎしてしまう。


「私がこの学校を離れていたのは事実だ。―――だがこうして帰ってきたからには無法を好きにはさせん」


「何を偉そうに、いくら生徒会長代行だからと言って俺達がお前に素直に従うと思っているのかよ」


 そんな真島の言葉を待っていたのか、不敵に笑う桜那先輩。


「―――当然だ」


 腕を組み、真島先輩に視線を返す桜那先輩の背中は、強く頼もしく見えた。


 

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