第39話 to らぶるの予感

 俺も周囲の皆も突然の出来事にフリーズしていたが、その中で一番最初に動いたのは戸成だった。


「桜那姉さん?!タローに何を?!」


 そう言って戸成は桜那先輩の肩を掴んだが、素早く無駄のない足払いで転倒させられて地面に横にされた、スヤァ。いやいやいや、あの戸成が赤子の手をひねる様に……?!


「この桜那、みくびっては困る」


 地面に突っ伏した戸成を見下ろしながらぴしゃりと言い放つ桜那先輩。文字通り格が違う、圧倒的強者の立ち回りだ。


「うっ、ううっ、すまんタロー……俺は無力だ」


「姉より優れた弟など存在しない、そう教えたはずだぞ?」


 実の姉への恐怖が刷り込まれているのか、それとも無力な自分への悔しさか打ち震えている戸成。気持ちはありがたいけど家に帰ったらこのお姉さんと顔合わせるんだろうし、俺のために無理しなくてもいいよ戸成~。


「幾ら先輩だろうと、戸成君のお姉さんだろうと教室でそんな事いけません!えっちなのはいけないと思います!」


 あきらがなんとか桜那先輩に一矢報いようと頑張ってくれている。


「そうか、日本ではそうだったな。フッ、帰国したばかりでまだ日本の文化に感性が戻っていないようだ」


 だが、余裕綽々の様子で肩をすくめる桜那先輩。帰国子女だと言われてしまうと追及は難しいだろうなぁ。だめだ、この人の方が何枚も上手だ。

 でもそうだよね、海外へ留学していたなら進んでいるもんね。チューぐらいどうって言う事もないのか。と納得していたら俺の心を読んだのか、悪戯っぽく笑った桜那先輩がそっと耳元に顔を近づけてきた。


「―――安心するといい。そうは言ったが口付けなど初めての事だ。勿論それ以上の事もしたことはないよ」


 俺にだけわかるように、少しだけ恥ずかしそうに微笑む桜那先輩。唐突な赤裸々なカミングアウトに俺も赤面してしまう。


「あーっ、タローが赤くなってる!タローに何を言ったんですかっ」


 ともちゃんが声をあげているがどこふく風の様子の桜那先輩。


「フッ、私としたことが急ぎ過ぎたようだな。今日は挨拶に留めておくとしよう……また日を改めて迎えに来るよ」


 来た時と同じようにローファーの踵でカツカツと足音を立てながら去っていく桜那先輩。その後ろ姿が見えなくなるまで、教室は静まり返り誰も動かなかった。

ヒメ先輩とも、アオ先輩とも、アカ先輩とも違う。超積極的にグイグイくる、4人目の先輩、かぁ……。



「―――という事があったんだけど」


 そんな事があった翌日。いつもの倉庫で舞花ちゃん、ヒメ先輩、アオ先輩、アカ先輩と雑談交じりに集まっていたら、いつもと何か様子が違う、と舞花ちゃんが怪訝な様子だったので桜那先輩との事を正直に答えた。


「チュー……!?何…だと…?!」


 そう戦慄しているのはヒメ先輩。


「うわはははは、タローマジモテじゃーん!どんだけ年上ハーレムマジ卍〜」


 お腹を抱えて爆笑してるのはアカ先輩。足広げて笑ってるとぱんつみえるんで気をつけてください、赤のレースっスかぁ、意外にセクシーっすね。

 アオ先輩はというとショックのあまり口を開きながら宇宙猫みたいな顔で意識がどこかにお散歩してしまっていた。ぽわ〜って感じ。


「そんな事があったんですね。そうですか、戸成君のお姉さんが。それは大変でしたね」


 舞花ちゃんだけは結構いつも通りだった。


「美人の先輩にチューされてドキドキしましたか?クンクン、なんだか薔薇の香りがする気がします。合意だったらOKでしょうか?これはセーフでしょうかアウトでしょうか、やはり無理やりは良くないような気がしますね」


 そう言いながらぐるぐる渦巻きの目をしながらクンカクンカと俺の周囲の匂いを嗅ぎ始める舞花ちゃん。前言撤回、だめだこれ。


「ふぇえええ、ふぇえええ、タローくぅんの初めてのチューがぁっ……。こうなったらわたしともチューしよぅよぉ〜」


 宇宙猫状態から帰還したアオ先輩がべそをかきながら抱き着き、唇をムチュー、ムチューと伸ばしてくる。美人のボインちゃんなのにそんなギャグ漫画みたいなリアクションしないでくださいよぅ、と思いつつチューを阻止。ステイ、ステイ。


「落ち着いてくださいアオ先輩」


「アオマジ泣きじゃんwwwwタローチューしなよチューwwwwマジチューしかないっしょ!」


アカ先輩は囃したてながらそんなアオ先輩を応援している。カ、カオス過ぎる……!!


「とりあえずアオも落ち着きなって」


 そう言ってヒメ先輩が俺からアオ先輩を引きはがすが、アオ先輩はべしょべしょと泣きながら落ち込んでいる。俺としてもまずは落ち着いてほしいところである。


「どぼじでぇ……?タロー君がチューされちゃったんだよぉ、悲しくないのぉ?」


 スンスンと鼻をすすりながら悲しむアオ先輩の言葉をスルーしながら、ヒメ先輩が頭をかきながら俺に話しかけてきた。


「しかし桜那かぁ……またすごい大物に気に入られたねぇ、タロー。アンタ年上を垂らしこむフェロモンでも出てるの?」


「心外ですねまるで俺が年上を侍らせてるみたいじゃないですか」


 え、何ですかその視線、ヒメ先輩とアオ先輩と舞花ちゃんがジト目でみてくる。でもアカ先輩だけはけらけら笑ってた。アカ先輩はいつも楽しそうでいいなぁ。


「でも桜那に好かれたなら大変だよ。あぁ、悪い奴じゃないよ?むしろしっかりしてるて面倒見もいい。運動も勉強もできる奴だし、我の強さや強引さもあるけど―――むちゃくちゃ美人だしあれで情に深いしね」


「先輩達も負けないくらい美人で優しいじゃないですか」


「こら、アンタはナチュラルにそういう事を言うから…はぁ、もう。話がずれたけど、ともかく。直接接したならわかると思うけど、桜那はあれで一種の傑物だよ。冗談や酔狂で人にその、接吻!とかするような女じゃない。そんな女が感情任せにき、キ、キス…、とかしてくるって相当本気だから付き合うにしろ振るにしろ大変だよ、とだけは言っておくよ」


 桜那先輩についてよく知っている様子だったし、そも下の名前の桜那呼びだったので聞くと小中学校の時に何度かクラスが同じになったことがあるから面識があるのよ、とため息交じりに教えてくれた。その反応からなんとなく苦手にしているように感じるなぁ。


「ですが、今日の出来事は―――他の方面にも波紋を呼びそうですね」


 そう言って顎に手を当てて何かを思案している様子の舞花ちゃん。

 こういう冷静に考え始める時は何かがある。


「戸成君のお姉さんが会長代行になり、さらに蟹沢弥平を排除した噂のよろず屋(仮)タロちゃん、もとい他にもシティーならぬスクールハンターとか、クズ属性特効キャラとか、年上専用ハーレム種馬とか話が盛られて噂が広がってるタロー君と親しくしている、となるとそれに危機感を抱いたり警戒する人も出てきます」


 舞花ちゃんが何を言わんとしているかは俺にもわかった。蟹沢、弥平たちに続いてこの学校にいる“クズ”であり、そして戸成の因縁の相手の汚さななじみと元親友。現状は双方不干渉で戸成サイドも向こう側もお互いに接触しないようにしてるようだが、相手からしたら学生の最高権力者に、自分達が貶めた男の姉が君臨し、姉弟が揃ってクズ絶対潰すマン俺(と思われている)と親しくしているとなると向こうは次は自分たちの番と警戒することがあるかもしれない。いや、多分すると思う。

 舞花ちゃんの危惧と心配も、もっともだ。

 あと俺の噂話に甚だ不名誉な異名があった気がするんですけどぉ??


「私もそこに関しては少し様子を見ながら変わった動きが出ないかは注意してみます。何かあればお伝えしますが―――タロー君も桜那先輩の魅力にコロりとやられないでくださいね」


 うっ、さりげなく釘を刺されてしまった。


「んー、何かトラブル??何か困ってることがあったら言いなよ?」


 ヒメ先輩が俺たちの会話に何かを察したのか話に加わってくる。


「はい、そうですね。何かあればヒメ先輩達にも助けてって言います」


 そんな俺の言葉に屈託なく笑うヒメ先輩。うーん、やっぱりいと美人である。

カラオケに向かったヒメ先輩達3人を見送り、俺達も帰ろうか?と舞花ちゃんに声をかけたところで、ジト目の舞花ちゃんと目があった。


「はぁ…。タロー君は無自覚だと思うので予め言っておきますけど、桜那先輩のキスの余波は他にもありますからね。皆焦ったり動き出すと思いますけど、きちんと受け止めてあげてくださいね」


 うん?どういう事だろうと首をかしげていると、また舞花ちゃんがため息をついていた。なんだってんだよォ!

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