第30話 お前は本当にクズなのか?(前)

 というわけでその翌日、戸成に話を聞かなきゃなーと思いながら学校へ登校した。いざ教室に入ってみると、戸成もいつもより元気がない様子。珍しく早起きして先に行ったともちゃんはというと、自分の席で頭を抱えながらグォォォと唸っている。曲がりなりにも美少女枠の女の子がやるリアクションと声ではないぞと思いつつ、これはどっちも重症だなぁと嘆息した。

 

 その日の昼、舞花ちゃんに呼び出されたので新聞部の倉庫で2人でご飯を食べていると、舞花ちゃんが少し考え込んだ様子の後にとつとつと言った。


「えっと、昨日の帰りの事なんですけど。きっとタロー君は2人を気にしてお節介すると思うんですけど」


 おっと鋭いご名答。余計なお世話はヒーローの本質とかいうしな、俺別にヒーローじゃないけど。2人とも知り合いだし、あの2人が付き合いだしたきっかけは俺にもあるからそら気になるわいなー。


「―――多分、戸成君が心を許している一番近しいお友達は、タロー君だと思います。男の子らしく最後は河原で青春、みたいでいいと思います。

 あ、でもご時世もありますし昨今は色々と面倒ですから、そうですね……タロー君のお爺さんの剣道場とかいいと思います」


 河原で青春?うん?なんじゃそら。舞花ちゃんにしては要領を得ない物言いだけどなんだろう。意図が読めないというか、なんだか言いにい事情でもあるのかな。

 ……あれ、それとうちの爺さんが剣道場やってるのって何で知ってるんだ?俺言ったっけ?あー、でもハードボイルドな探偵さんと知り合いだったり舞花ちゃんって変なコネや情報網があるもんなぁ。理由のない事を言わない子だし何かしら意味があるんだろうなぁ。河原、河原ねぇ。


 部活が終わるのを待って戸成に一緒に帰ろうと声をかけると、いつもより覇気のない様子だったが二つ返事でついてきた。

 今日はちょっと違う道から帰ろうぜ、と少し遠回りではあるが夕日がわずかに沈みかけた道を歩きつつ、ちょっと寄り道に付き合えよ、と爺さんの家へと連れて行く。

 今日の授業のよくわからなかったことや他愛のない話をしつつ、最近竜宮さんが俺をみてるけどなんかした?と戸成に言われた。えー、いやなんもしてねぇぞというと戸成も不思議そうに首をかしげていた。学校一レベルの超級お嬢様に注視受ける理由が俺にはない。気のせいだろ。

 そんな年頃の男子らしいしょうもない話に花を咲かせながら、爺さんの家についた。

「金浦島(かなうらじま)剣道場」と看板のかかった漆喰塀や土蔵のある古い日本家屋と剣道場。うちの爺さんの家である。……中学生の頃は夜の土蔵に籠ってたら金髪美少女剣士が出てくると信じて籠ってたりしたのは―――クラスのみんなには内緒だよ!


「金浦島道場?ここは?」


「うちの爺さんの家兼、趣味で子供に剣道教えてる剣道場。こっちこっち」


 当の爺さんは旅行中だったが、ここの鍵は預かってるし自由に使っていいと言われているので今日は遠慮なく使わせてもらう。門をくぐってから剣道場までまっすぐ歩いていくと、戸成はお邪魔しますと言いながらおっかなびっくりついてきた。

 道場の扉を開いて入って鞄を床に置き、道場の中ほどまで歩いていくと戸成も同じようについてきたが、振り返って戸成に聞いてみる。


「戸成、お前ともちゃんと何かあったのか?」


 そんな俺の言葉を予測していたのか、びくり、としてから静かに俯く戸成。


「ごめん。犬井さんを傷つけた。俺が悪いんだ」


「なんだよしょげかえって、お前らしくないじゃん。いつものうんこうんこはどうしたんだよ。なんかともちゃんが凹んでたぞ。お前をビンタしたって」


「それは、俺がハッキリしなかったからだよ」


 いやぁー、どんな理由があってもビンタする方が悪いと思うけどなぁ。


「何があったんだよ。ほら、今なら特別大サービス相談無料でよろず屋タロちゃんがお悩み解決してくれるぞ」


「チャイナ娘と巨大な犬と眼鏡が足りなくないか?」


「お前がチャイナ服来て眼鏡と犬耳つけたら解決するだろ」


「何そのおぞましい絵面。見せられないよってなるわ」


 よしよし戸成もツッコミを入れれる元気はあるみたいだ。そんな俺との軽口が切欠になったのか、戸成が胸の内を語り始めてくれた。


「俺なりに犬井さんと向き合って付き合ってみようと頑張ってみたけど、上手くいかなかったんだよ。犬井さんが悪いとか、魅力がないとか、そんなんじゃない。俺が、―――どうしようもないクズだからだ」


「クズ?お前が?まさか」


 道場の窓から差し込む夕日の光を背に泣きそうになりながらそう言う戸成に、俺は疑問を投げかけるが戸成はそれに言葉を返してこない。

 なぁ戸成、お前なんでそんな死にそうな顔してるんだよ。


「俺はクズなんだ。

 頭のどこかで損か得で人付き合いを計算してしまって、人を信じきれない。一緒にいて得かどうかの損益を考えちまうどうしようもないやつなんだ。

 俺はそんなクズだから、お前が大事にしていた犬井さんだって傷つけた。俺みたいな奴じゃなければ、犬井さんはもっと素敵な宝物をみつけていたかもしれない。

 俺はこんなんだから犬井さんといても枯れ木に花を咲かせることはできなかった。そういうのができるのはタローみたいな本当にいい奴だけだと思う。俺はどうしようもないクズなんだ……!!」


 震える声で叫ぶ戸成。えぇ~、俺ともちゃん大事にしてたかなぁ……最近は結構ぞんざいに扱っていた気もするぞ。蟹沢とか弥平で忙しかったし。


「最初に蟹沢に襲われているタローを助けた時だって、誰かを助けたらいい奴だって思われるからで、結果としてそれがタローだった。それからタローと仲良くしたのだって、お前が人の為に頑張れる奴だったから、俺みたいに自分の損得を考えるような奴でも、お前と一緒にいたら綺麗な自分ででいられるんじゃないかって、救われるんじゃないかって思ったからだ。俺はお前の思ってる様な『いい奴』じゃないんだよ」


 慟哭にも悲鳴にも聞こえる嗚咽。俺がずっと戸成に感じていた違和感の答えがこれか。

 俺は中学の頃、ろくでもない奴らに嵌められて悪質ないじめられたことがあるからクズをなんとなく感じることが出来た。

 蟹沢も、弥平もクズだった。でも、戸成に感じてた変な感覚が、やっとわかった。


―――戸成、お前は自分が『どうしようもないクズ』だと信じ込んでいるんだ。


「人付き合いの損得?そんなのは人間誰だって大なり小なりあるだろ」


「違う、違うんだよタロー。俺は、……―――そうだな、昔話をしようか」


諦観に満ちて、ひどく疲れ切った声の戸成。ゆっくりと、ため息をついてから話し始めたので、俺は静かに耳を傾けた。

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