第29話 幼馴染の平手打ち

 あの後、暫くしてともちゃんと戸成は付き合いだした。

 クラスや放課後も仲睦まじくしているようで、2人で一緒にいる姿をよく見かけるようになった。


 あきらからはそんな2人の関係について辛くないかと再度心配されたが、俺は完全にともちゃんを吹っ切っているので問題は無かった……むしろ応援する位だからね。戸成がともちゃんを御せるか心配していたけどうまくやってるみたいで、さすが戸成。

 2人には上手くいってほしいなと思いつつも、俺はいつも通りの日々を満喫していた。

 ともちゃんからも、休日に戸成にデートに行ったり、誕生日にはプレゼントをもらったと話を聞かされたので、順調に交際をしているようだ。


 それから何週間かたち、中間考査も終わり6月になったばかりのある日の放課後。

 ヒメ先輩たちは別で予定があるという事で、倉庫で作業する舞花ちゃんと2人きりで手伝いをしているとぽつり、と舞花ちゃんが零した。


「ところでタロー君の幼馴染さん、イケメンで有名な戸成君とおつきあいをはじめたそうですね」


「ん?ああ。なんだ、他のクラスにまで噂が広まっているのか」


「えぇ、戸成君はああ見えて有名人ですからね。気になっていた子も多いようですよ」


 へぇ、そういうものなのか。さすがブン屋さん耳が広い。まぁ戸成は顔もいいし性格もいいもんな。

 しかし、なにか考え込むようなそぶりを見せている舞花ちゃん。この子がこんなリアクションをするのは珍しい。何か気になる事でもあるのだろうか?


「……どうしたんだ舞花ちゃん?何か気になる事でも?」

 

「あ、いえ大丈夫です。戸成君はいい人だと思いますよ」


 ふーん?……舞花ちゃんの事だ、何か思う事か気にかかる事があるのだろうけど、なにかあれば教えてくれるだろうしそれまではこちらから言う必要もないか。

 そんなやり取りもあったが、作業を終えて倉庫を後にして舞花ちゃんを家まで送っていった。

 その途中、大通りを挟んだ公園にともちゃんと戸成の姿を見た。何やら言い合い……というよりともちゃんがなにか戸成に食って掛かってっているようだが……。


 「ともちゃん達だ。戸成もいる」


 「本当ですね―――あっ」


 ともちゃんが戸成の頬をひっぱたいた?!マジかよともちゃん何やってんだよ……喧嘩したからとって感情的に手を出しちゃいけないってばよ。


 「犬井さんが泣きながら走り去っていきますね」


 本当だ。戸成が追いかけようとするが踏みとどまってる。なんだ、何があったんだ?上手くいっていたんじゃないのか?


 「修羅場、みちゃいました……?」


 「うーん、どうだろうねぇ」


 このパターンだと今日の夜当たりにともちゃんが何か話をしに来そうな気がするなぁ。

 戸成がとぼとぼと歩いて帰っていくので声をかけるべきか悩んだが、舞花ちゃんが袖を掴んで静かに首を振るので追いかけるのはやめておいた。そっか、1人になりたい気分の時もあるだろうしな。


 そしてその日の夕方、家に帰ってから小雨が降りだしたなと外を見ていたら案の定ともちゃんが家に来た。


「タロー、聞いてよ!!ちょっとあがるね!!」


 ふんがふんがとご立腹な様子のともちゃんに、あぁ戸成との事だろうなと理解した。

 彼氏持ちを部屋には通せないのでリビングに通す。……本当は家に上げずに外で話を聞きたいところだが生憎外は雨なので仕方ない。話を聞く以外の選択肢がないし、今日の夕方の事は俺も気になっていたし丁度良かった。


「どうしたんだ一体」


 そう言いながらお茶を出すと、一気にお茶を飲んでゲーップとげっぷをするともちゃん。それ、はしたないから他の人の前でやっちゃだめだからね?……などと思うがそんな事を言わせてもらえる隙も無い。


「戸成君!戸成君の事なんだけどさ!」


 あぁ、やっぱりと思いつつもともちゃんの話を静かに聞く。上手くいってたと思ってたんだけどな、今日の帰り道で見たあの出来事の事だろう。


「戸成君優しいし、いつも私の事気にしてくれるし、誕生日にもお祝いしてくれて、プレゼントももらって。でも間違った事とかすると注意してくるの」


 なんだ上手にやってるじゃないか。俺は長い付き合いでなぁなぁにしがちだったけどそういう所きちんとしてるの偉いぞ戸成。というかそれのどこがいけないんだ?いい彼氏じゃないか、と思うがまだ話が続きそうなので黙って聞く。


「えっと、違う違う。注意してもらえるのは、それだけ私をきちんとみてくれてるーってことだから、全然良いんだけど……」


 お、人の注意を聞けるようになったのか、成長したなともちゃん偉いぞと心の中で頷きつつ戸成の株が上がる。あのともちゃんに注意できてるのはポイント高いぞ戸成。


「なんか、こう、大事にされてるってのは感じるんだけど、戸成君、私といてもなんか楽しそうじゃない気がするの!」


 そうか?学校で見てる限り2人とも仲良くしてるように見えたけどなぁ。戸成は器用に嘘がつけるタイプじゃないと思うぞ。


「そうなのか?仲睦まじくしてるようにみえたぞ」


「それは!……そう、なんだけど。なんていうか。戸成君、私の事を気遣って、大事にしてくれるのはわかるんだけど、手をつなぐのも最近になってやっとだし、いつも遅くならないように5時とか遅くても6時には家に帰るように家まで送ってくれるし」


 高校一年生だし節度あるお付き合いをしてるんだろ?

 すまん、話を聞く限りは戸成がともちゃんを大事にしながら年相応に健全な男女交際をしているようにしか聞こえない。何がいけないんだ、顔だけチャラ男とかよりよっぽどしっかりしてるじゃん。


「それは俺達はまだ高校一年生だし、羽目を外さないようにしながらゆっくり関係を深めていくとか、健全な恋愛をしたいとかじゃないのか?」


 そんな俺の言葉に、怒り出すともちゃん。


「もー、そういうのじゃないんだってば!そういうのだったら、私こんなに怒らないもん。―――私、今日戸成君にチューしようとしたんだよ」


 おっと大胆な発言。というか男女間のそんな赤裸々な事を聞かされても困るけどな……。


「背伸びして、目を閉じて、戸成君にチューをせがんだんだけど、全然チューしてこなくて。それで目をあけたんだけど、そうしたら―――戸成君、何だか切なそうな、悲しそうなそれでいて苦しそうな顔をしてたの」


 おぉ?それは妙な……というか不思議な話だな。

 ここにきてともちゃんの話に俄然興味がわく。いつもの癇癪と思いきや、ちょっと事情がありそうな話だ。


「それで私、戸成君に、私と付き合うのが嫌だったの?本当は無理して付き合っていたの?って聞いたけど、戸成君、違うんだ、ごめんって呻いてるの」


 ふむ。それはやっぱり変だ。以前戸成に相談を持ち掛けられた時の様子からも、戸成もともちゃんに対してそんなに悪くない反応していた気がするんだけど何があったんだろう。戸成が不義理をしたりわざわざ女の子を傷つけるような事をするようには見えないんだよなぁ。


「それで理由を聞こうと私戸成君に問い詰めたんだけど、ずっと謝ったり、犬井さんは悪くないんだ、って繰り返すばかりで、それで―――私、カッとなって戸成君をひっぱたいちゃったの」


 いやそこでひっぱたくなよ。ついカッとなってじゃぁないんだよ……せめて根気強く事情を聴こうとしてやってくれ彼女なんだから。

 そう考えると、いつぞやあきらに問い詰められた時の事を思いだしたけど粘り強く話を聞こうとしてくれたあきらってやっぱりいい子なんだな……。


「いや、チューできなかったり煮え切らない態度取られて思う所があったのかもしれないけど、手を出すのはいけない。彼氏彼女なんだから短気に逸らず落ち着いて関係構築しようよ?」


 思わず心の中で思ってたことを口に出してしまった。……俺もともちゃんに対して遠慮なく物を言えるようになったんだと思うようにしよう。

 恋愛感情が無くなって友情が残ったら遠慮もなくなったのでズバッと言っちゃえるようになった気がするぞ。


「それはそう、なんだけどさぁ!なんか、戸成君のあの態度、何かありそうだっておもったんだもん!うー!うー!」


「そのうーうー言うのをやめなさい……って冗談はさておき、何かあるってのはどういう事?」


 ともちゃんは我儘放題の甘えん坊将軍という問題点があるものの、人を見る事には俺の中で結構定評があるからそのともちゃん評はちょっと気になるのだ。


「多分、私じゃない……何か他の原因があるんだと思う。何となくそんな感じだった。だから私、それを言ってほしかったんだよ。だって、付き合ってるんだし。それでも言ってくれないから私カッとなって平手打ちしちゃって―――」


「そこでカッとなるのは駄目なところだからマジで反省しようね、本当に。

 手を出したら話し合いにならなくなっちゃうんだしさ。戸成もハッキリ言えなかったかって言う点は良くなかったかもしれないけど、上手く言葉にできないような事情が何かあったのかもしれないよね?だから手を出したことははきちんと謝らないと駄目だよ」


「うーうー」


 それから反省はしているのか、戸成に平手打ちしたことはきちんと謝る、と約束させてともちゃんを家へ帰した。その前に戸成には一回俺も話を聞いてみるけど、とともちゃんにも言い含めておいた。

 

 うーむ、今日のともちゃんの話は中々に興味深かった。

 ともちゃんじゃない別の原因、かぁ。俺が戸成に感じてた微妙な違和感とかにもつながるかもしれないし、明日戸成に話を聞いてみるか。ともちゃんの事もあるけど、何より戸成にはこれまで助けてもらったたしなー。

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