第22話 ゲス教師討滅戦

 雉尾さんが学校に来ていない。

それはまぁ、昨日あんな騒ぎを起こして学校に来たくなるのもあるかもしれない。

 弥平も学校に来ていない。

それは……捕まったとかならいいけれど、どうもそういう訳でもないようだ。


「ヒメ先輩も来ていない?」


 気になったのはそこだった。学校に着いたらアカ先輩とアオ先輩にそんな事を聞かされた。アカ先輩は雉尾さんとクラスが同じみたいでついでに雉尾さんも来ていないと言っていたが…それはいったん置いておこう。


「どうしよう、ヒメちゃんがしんぱいだよぉ~、タロー君をぎゅうっとして落ち着かなきゃ」


 不安をかき消すように俺に抱き着くアオ先輩。ぬくい…おっぱいやわらかい…いいにおい…はふぅ…バブバブ…ハッ、いけないアオ先輩にオギャッてる場合じゃない。


「俺はヒメ先輩に連絡とりながら先輩を探してみます」


 とはいえヒメ先輩が今日この日に向かうとすればあの部屋だと思う。弥平も雉尾先輩もいないのもそれ繋がりだと思う。

 学校についたばったが、そのままUターンして外に出かけようとしたところで誰かにぶつかった。


「どうしたタロー、そんなに慌てて。うんこ漏れそうなのか?」


驚いたような顔をしているのは戸成だった。お前うんこネタ好きだなこの頭小学生男児!


「戸成、悪い。…あぁ、そうだな、俺うんこ漏れそうでヤバいから遅刻か休むわ」


咄嗟に思いついた言い訳を説明する。昨日から戸成とうんこについて話してばかりだからだ、クソッタレー!……いやうんこだからじゃないぞ。


「そうか。なぁタロー、俺もうんこが我慢できなくなったほうがいいか?」


 俺の様子に何かが起きている事情を察したのか、戸成がそんな事を言う。


「大丈夫だ、問題ない。―――連れうんこはまた今度な」


 とはいえまだ何が起きているかの把握が出来ていない状態なので、とりあえず俺一人で出かける事にする。……カッコつけて連れうんことかいったけどなんだ連れうんこって、連れションじゃねーんだからさぁ……。


「そっか、わかった。…気張っていってこい、説明は任せろ!情感たっぷりに、うんこ我慢できずに漏れそうになったお前が往く一大スペクタクル冒険譚を先生に語ってやるぜ!!」


 ワァオなんて頼もしいサムズアップ。よし、気張って行ってくるか……うんこだけにな!!

弥平とかいううんこ野郎の始末をつけにいくのであながち間違いでもないのだ。


「タロー、これもってけ。今日男子バスケ部でやる一芸大会で使う予定だったものだ」


 そう言って戸成に渡された箱入りのものを受け取る。


「戸成、お前これ……」


「何かの役に立つかもしれない」


 本当でござるかぁ……?半信半疑だが受け取り、鞄に詰め込んだ。というかこんなアホみたいなもの用意してるとか男子バスケ部ってアホの巣窟なのかな??個人的には嫌いじゃないわ!


 舞花ちゃんにメッセージをいれながら、俺は目的の場所に急いだ。今日は許可取ってないかもしれないが、先週と同じように廃ビルの階段から屋上に上る。鞄をかけたままひょいひょいとビルの屋上を駆けて、前回と同じように渡っていく。緊急時なのでちょっと許してほしい。

避難用の梯子を下りて行ったところで、中から声が聞こえた。


「このメスガキ、もう俺に逆らえないようにしてやるッ!!」


「きゃあっ!!」


―――弥平の声と、バシンと何かを強くうったような音、そしてヒメ先輩の悲鳴。


 これは一刻の猶予もならん、……いやもう予想通りと言っては何ですけど、ヒメ先輩は何でここに来てるかとか後で聞かせてもらいますからね!と思いつつ梯子から雨樋をつたってベランダに渡り、スマホを取り出し、110番。繋がったのを確認、電話の向こうで警察のオペレーターが電話に出てくれた。110番って基本待ち時間なくすぐにつながるからこういう時助かるよね。


『事件ですか?事故ですか?』


 電話の向こうでオペレータのお姉さんががそんな事を言っている。これは警察に電話した時の定型文だな、なのでお姉さんがそう言っている間に、中に突入しても聞こえるように、そして音が拾えるように、音量差最大のスピーカーモードにする。


「事件です!!」


 そういいながらガラスを思い切り蹴り割る。バリン、という音と共にガラスが割れて大穴があいたので、そこから身を滑り込ませる。


「お前は桃園?!なんでここに」


「タロー?!」


 弥平がいる。

 その足元には頬を抑えてうずくまるヒメ先輩と、その奥には下着姿で朦朧としている雉尾さんもいた。少し前なら雉尾さんのそんなあられもない姿を見たら興奮していたかもしれないが、全く興味がなくなると何も感じないんだなと思ってしまう。

 そんな事よりも、こいつヒメ先輩に暴力を振るいやがったのか。大の大人が女の子に手を挙げるとかみっともない真似してんじゃねーよと。


「住所は○○▲▲、マンションの301号室です!高校教師の弥平ってやつが生徒に婦女暴行した?しようとしてました!今やばいとおもったんで窓割って入りました!性犯罪者の現行犯です!!はやく助けに来てください!!」


『すぐに近くのパトカーを向かわせます、落ち着いてください!!今はどんな状況ですか?』


スマホに向かって電話する俺の姿に、弥平は状況を察したようだ。


「女の子が2人、一人は意識が朦朧としていて一人は暴行されて蹲っています!古典総合学園の男性教師、弥平です!!余罪もいっぱいあるのではないでしょうか!!」


 暴行、という言葉に電話の向こう側が俄かに騒がしくなっているのが解る。


「こ、このガキィイィィィィィィッ!!そいつを寄越ぇぇぇぇ!」


「今逆上してきた教師の弥平が向かってきました!父親は県教育委員会、母親はPTA役員の弥平です!殺されます!殺されそうです!!」


 スマホを持ちながらそう叫ぶ。ちなみにこれは110番の通報は録音されているので、弥平をかわしながら通話の履歴に情報を残していく。こうやって口に出しておくことで後々弥平を起訴するときに有効になるからね、すまんがアンタはここできっちりブタ箱送りにさせてもらう、逃がさねーからな下種野郎。


 壁を蹴り、机の上を走り、弥平と距離を取りながら逃げ回る。1LDKにしてはかなり広い、小さな事務所程度の大きさはある部屋だろう。中にはベッドやいかがわしい道具の並んだ棚のほかにパソコンなどもあった。あれは後で警察が回収していくだろうから、傷つけないようにしなくては。


「てめえのせいでなんもかんもむちゃくちゃだ!!ぶっ殺してやる!!」


「聞こえますか、今弥平が俺を殺すと言っています!恐怖を感じます!!これはもう本当に命の危険ではないでしょうか!」


 冷静に状況を分析・判断しながら電話口に告げていく。こうすることで弥平自身も焦って冷静な判断ができなくなると踏んだが、効果は覿面だった。


「タロー、なんであんたここに?!」


 今更ながらヒメ先輩が叫んでいたのでチラッと見ながらにっこり笑ってキメておこう。


「ヒメ先輩を助けに来たんですよ!!!決まってるじゃないですか!!」


 そう言いながら、腕を伸ばし掴みかかってきた弥平の脇を潜り抜ける。


「えっ、ちょっ」


 なんか赤くなってるヒメ先輩。まぁ今は気にしていられない。


「そこの雉尾さんはどうしたんですか?!」


「なんか薬でも盛られたのか、私が乗り込んだ時からこんな感じで―――」


 

 やっぱりかー!そうか、ヒメ先輩は弥平や雉尾さんがいないからここに直接乗り込んでたのか。雉尾さんがあれこれされる前にヒメ先輩がのりこめー!したのが間に合ったのかな。……いや相談しようよ相談!報告・連絡・相談!一歩間違ったら弥平に酷い目にあわされてたかもしれないのにこの人はもう!

 でも結果としてこうして俺がここに来て警察を呼ぶきっかけにはなったけどさ。

 図らずも、俺が蟹沢に仕掛けた罠によく似た状況をヒメ先輩が作っていた。下っ端の蟹沢とよく似た構図で追い詰められるあたり、弥平も焼きが回ってるんじゃないかな。惜しむらくは俺は戸成と違って戦闘能力5もないゴミ以下ってことだけど。


「話は後で、とりあえず警察が来るので―――」


「タロー!!」


 めぎり、という嫌な音が鳴った。スマホを持っている右腕に激痛がはしり、取り落としてしまう。。


「じっとしやがれクソガキィ、ちょこまかと…!ぶっ殺してやる!」


 部屋にあったキャスター付きの椅子を握った弥平がいた。しまった、一瞬目を離した隙にこんなものを―――右腕がイってQしてるのか、動かない。スマホもその衝撃で取り落としてしまった。


「よくもよくもよくも、俺様の計画を台無しにしやがって……てめえら!!タダじゃおかねえからな!!」


 完全に三下悪党の台詞である。

 俺を追いかけまわしているうちに乱れたボサボサの髪に血走った眼。あのイケメン教師の姿はここにはもうない。


「いいんですかそんなこと言っていてパトカーの音が聞こえないですか?逃げなくていいんですかね弥平せ・ん・せ・い。このままだと現行犯ですよ」


 弥平にプレッシャーをかけるためにあえてこう言う。現行犯で捕まれば証拠の隠滅もできないし言い逃れも出来ない。こういう奴なら逃げて少しでもなんとかあがこうとするだろう、と判断した。


「―――ヌガァーッ!!」


 そう言って脱兎のごとく走り出す弥平。鍵を開け、ドアを開けていく音が聞こえた。


「ヒメ先輩はそこに転がってる雉尾さんをお願いします!」


「ちょっと、タロー?!」


 この密室で、ヒメ先輩や雉尾さんがいる中で逃げ回るのは俺にとって不利だ。しかし弥平に逃げる側になってもらえれば俺は弥平を逃がさないように、追いかけるだけでよくなりヒメ先輩や雉尾さんを気にしなくて済む。


 逃げ出し、階段を降りていく弥平から目を逸らさないように追いかけていく。地上に降り、裏口を開けて弥平が外に逃げ出していった。パトカーの音が聞こえるけれどまだ遠い、このままじゃ弥平に逃げられてしまう。逃がさないようにしなくては。

裏口を開けた先は細い一本道で、既に弥平はかなり遠くまで走っていた。あの野郎、逃げ足だけはマジで速い…!


……けどその一本道の先に、誰かの姿があった。


「――――半人前には荷が重い。そう言ったよな」


 いつぞやのように、革靴の足音を鳴らしながら現れたのは、白いスーツに白い中折れ帽子の似合う、―――探偵さんだった。そういえばこの間探偵さんには事のあらましを説明していたから、張り込んでいてくれたのだろうか?それとも舞花ちゃんが連絡してくれたのだろうか?どちらにせよこれは願ってもない援軍だ。


「そしてもう一つ。この街を泣かせる悪党は、俺が野放しにはしない、ともな」


 コツコツという音を響かせて弥平に近づいていく探偵さん。


「な、何だお前?邪魔をするならブッ殺すぞ!!」


 弥平も突然の闖入者に足を止め、警戒している。しかし探偵さんはそんな弥平を意に介さず、弥平越しに俺に話しかけてきていた。


「だが――――よく頑張ったな。あとは俺に任せておけ」


 探偵さんは弥平を睨む。弥平も、探偵さんに逃げ道を塞がれていて様子をうかがっている。


「ひとつ、俺は子供に無茶をさせた。ふたつ、俺はお前らの悪事に気づかずここまではびこらせちまった。みっつ、そのせいでみずみすこの街の子供達を傷つけた。俺は自分の罪を数えたぜ、さぁ…お前の罪を……数えろ」


 探偵さんがそう言い弥平を指さすが、鼻で笑う弥平。


「罪?バカか、俺は上級国民だぞ!揉み消せるのに罪もクソもあるか!」


 叫びながら探偵さんにとびかかる弥平。だが、探偵さんにかわされ、殴られ、それから蹴りを受けてのけぞる。


 弥平は何か格闘技の経験でもあるのか、素人目に見てもわかる位の動きで探偵さんを襲っているが全く相手になっていない。

 パトカーの音がだんだんと違づいてくるが、弥平は完全に足止めを喰らう状態になっていた。俺はというと2人から距離を置いて、通路をカバディカバディしている。まぁ、俺の方に向かおうとしたら探偵さんに背を向けることになるから弥平からしたら前に進むしかないんだろうけど……お前は進んでも2つどころか何も手に入れられないと思うよ。


「ガッ、くそっ。俺は空手の有段者なんだぞ?俺の邪魔しやがって」


「邪魔はお前だ。諦めろ、もう終わりだ」


「―――うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ!!」


 激昂した弥平が探偵さんから見えないよう背後からナイフを取り出た。

探偵さんに襲い掛かろうとしているが、何か、何かないのか?毎回誰かに助けられてばかりのままでいいのかよ桃園太郎!!

……あった!!さっき戸成に渡されたもの…割れないようにプラケースに入っているが、ケースに書いてあるラベルを見て苦笑してしまう。男子バスケ部って相当面白おかしいアホばっかりなのかな?


「弥平ァァァー!これでも喰らえーッ!!」


 こう言って叫べば弥平はこちらを向かざるを得ない。後ろから何が来るかわからないままではいられないだろう。そう、弥平の顔に向かってシューッ!したのは


―――――濃厚とろとろ片栗粉液入り避妊具だ!!


 くらえ疑似男汁玉、白い片栗粉液いりの避妊具!!シーフードのかおりつきを喰らえ!!

 普通に最悪の絵面のジョークアイテムで、はるか昔ドッキリで女性声優の枕元にこれを置いたことでドッキリされた人がマジギレしたとかなんとか、そういう逸話もある由緒正しきアイテムだ。同梱のメモによるとこれは戸成が入念にバージョンアップをしたらしくリアルなかおり付きになってる模様。戸成って結構アホだな……?

投擲された爆弾は見事に弥平の顔に命中し、弥平の顔がとろとろに白濁した液にまみれる。ヒャッハー、顔面白濁の汁まみれですよ!!炸裂した爆弾が爆ぜたことで、周囲に何とも言えない匂いがムワァッ……と漂う。イカのような、栗の花のような……ちょっとアレな匂い。再現度高ェなおい!!


「ウボッ、ぶへっ、臭ェ!!なんだこれ、この臭い、ザーメ……ウォァァァクソァッ、目が、目がァッ!!」

 

こうかは ばつぐんだ!


 思わず目をぬぐい動きが止まる弥平。その匂いからとんでもないものをぶっかけられたと誤解してか必死にぬぐおうとするが、残念ながらイカとマロンのエキスたっぷりなとろとろの片栗粉だ、羽根付きギョーザを作る時に使うと美味しいぞワハハハハ!アレルギーには気をつけてくれよな!


「―――やるな、太郎」


 にやり、と帽子の奥で探偵さんが不敵に笑う。あれ、今探偵さん俺の名前を……?


「ふっ…!!」


 探偵さんの拳が弥平の顎を真下からから打ち抜き、弥平は青天で地面に崩れ落ちた。


「ぶっ殺す、ぶっ殺すと気軽に使うのは三下のやる事だ、覚えておくんだな」


 弥平の意識が完全に失われたのを確認し、帽子の位置を正しながら探偵さんが歩いてきた。俺の右腕をみているが、なんか動かない。


「折れているな。―――全く無茶をする。だが、その根性だけは一人前かもな。どうだ俺の弟子に……助手になってみるか?」


 ははは、それだと将来はハーフボイルドで街を守る正義のヒーローにでもなってそうじゃないですか。ゆくゆくは悪魔と相乗りなんてしちゃったりして…そんな事を思いつつ疲労と痛みで崩れ落ちそうになったが、探偵さんに抱きかかえられた。


「こいつが犯人か、確保だ、確保ー!」


 ようやく到着した警官達が、気絶した弥平の手に手錠をかけていく。


「遅かったな。あとは任せていいか?」


「勘弁してくださいよおやっさん、俺達上の指示より先にこっちに飛ばしてたんだからこれでも頑張ったんすよ」


 探偵さんの言葉に警官は畏まっている。探偵さん、警官とも知り合いなのか……なんかすごいな……。この人に助けてもらえたのは本当に天祐だったな、そもそもただの高校生だしな、俺。


「それとこの坊主は腕が折れてるから救急車を」


探偵さんの言葉に続けて、俺は警官達に声をかける。


「上に弥平にケガさせられたり何か薬を盛られた先輩たちがいます!」


 そう説明すると、表から入った警官が保護するから大丈夫と言われた。良かった、ヒメ先輩もあとついでに雉尾さんももう大丈夫だろう。


あとでヒメ先輩には色々と話を聞かせてもらうとして、これにてゲス教師は無事討ち取られて一件落着……かな?これで弥平もそこに繋がる奴もとっ捕まるだろ。

蟹沢の件以降ずっとこんな事が続いて、パトラッシュ、僕もう疲れたよ……。

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