第21話 妄言の落とし前

 舞花ちゃんには心配をかけてしまったので、帰宅してから改めてお詫びとお礼の連絡をしておいた。先輩達にも無事に作戦完了した旨を報告しておく。……こうして紆余教説の果てに掴んだ音声データのコピーは警察に提出し、ヒメ先輩も実家のルートで動いてくれるようにかけあうとの事だった。

 だからだろうか、あれだけ余裕綽々だった弥平が、日に日に何か……やつれて挙動不審になっているのが目に見えた。どこからか圧力がかかっているのかもしれない。

 廊下ですれ違ったときも、睨まれながら舌打ちをされた。敢えて無視したが、取り繕う余裕もなくなってきたのかもしれないな。このまま片付いてくれればいいのだけれど、――――そうは問屋が卸さなかった。


 翌週の金曜日、Xデーが明日に差し迫った放課後。

まだ教室にほとんどのクラスメイトが残っている中、雉尾さんが教室に入ってきた。


「桃園。あんた何したのよ」


 教室の皆に断りもなくずかずかと入ってきて胸倉を掴まれる。何だこの人怖いなぁ……。


「根も葉もない悪評をバラ撒いてるって人として恥ずかしくないの?本当に最低ね」


 何を言い出すかと思ったらそういう事か。

 弥平が参っているのは知っていたけど、それを俺が何かをした、と早合点か勘違いでもしたのだろうか。弥平が指示だしていたらこんな軽率な事はさせないだろうから、思い込んで突っ走ってきたのかな。完全に弥平の巻いたタネだし自業自得だから俺が悪いわけじゃないんだけどね。説明したいところだけど聞く耳持たなそうなのがなぁ。あとおまいう。


「まず手を放してもらえませんか?何のことかわからないし勝手に決めつけて言われても困ります」


「白々しい!人の足を引っ張る事しかしないゴミのくせに何なのよその態度」


 その態度と言われても引け目を感じることも悪い事もしていないのだから態度も何もないんですがそれは。


「教室に勝手に入ってきて騒がれてもクラスの皆の迷惑になるので……。話があるのなら他の場所で聞きますから手を放してもらえませんか」


 宥めるように言うが、相当頭に血が上っているのか、鼻息荒くにらみつけるだけで離す気配がない。他のクラスメートも、何事かと固唾を呑んでいる。……悪目立ちしてるしこれはちょっと困るな。


「あんたが学校に来ることで皆が迷惑してるのよ。そのせいでマスコミには好奇の目で目でみられたり迷惑かけられたし、蟹沢先輩の件で学校の腫れ物になってるのわからないの?アンタに学校に来てほしいって思ってる奴なんて誰もいないのよ」


 散々な言われよう、どれだけの事を弥平に吹き込まれたのかと嫌になる。

さてこの状況をどう解決するか……この人にはこちらの言い分をきちんと説明しないと拉致があかないんだよな、でも話聞かないしなと考え出したところで教室の入り口から大きな声がかけられた。


「―――いるさっここに一人な!!」


バァーン!と教室の入り口で左腕を上に伸ばし、右手で左手首を握るようにしたポーズを決めている孤独なsilhouette…!!それは紛れもなくヤツさ!って違うわ!


「誰だ?って聞きたそうな表情してるんで自己紹介させてもらうぜ先輩。俺ぁ桃園の未来の相棒の戸成!うんこして戻ってきたら教室が騒がしかったんで口を挟ませてもらった!」


 そう言ってチュッ!とウインクするイケメン……と、戸成~!!

 いやしかしな、お前イケメンポジションのクセにうんことか普通に言うなよな。


「未来の相棒?アンタもこいつと同じクズってわけ?」


そんな雉尾さんの言葉に、俺達の方に歩いてくる戸成。


「俺は別にクズでもいいですけどタローは違うッスよ。先輩の話を聞いてたんですが、特に根拠とか証拠も無く言いがかりをつけてるように見えたんですけど?」


「何よ、こいつを庇おうっていうの?部外者は口を出さないでもらえる?」


「話にならねーっていうか話通じてます?

 部外者っていうか暴力ふるってる蟹沢をのしたの俺なんでモロに関係者ッス。そもそも蟹沢が一方的にタローをボコってたから止めたんですけど。

 警察に突き出した時も俺いましたし、つーか先輩こそ何様ッスか?

 状況を良く知りもしない部外者ってアンタの方だろ」


 戸成、おこなの?激おこなの?口調が蟹沢ワンパンしたときみたいになってるってばよ。


「くっ……でもこいつと蟹沢先輩には接点なんてなかったじゃない。こいつが一方的に絡んだのが原因に決まってるじゃない!そ、そうよ」


「それって、あなたの感想ですよね」


 ヒステリックに叫ぶ雉尾先輩に対して戸成も一歩も引かないので、教室の中の空気がピリピリしている、これどうするか、どう説明してこの場を収めればいいんだ……考えるんだマクガイ……じゃなかった桃園太郎。俺の話に聞く耳持たずに口を開けばマッハで一方的に罵倒を飛ばしてくるこの人をどうやったら納得させられるんだろう。状況を一つ一つ説明して通じる、か…?


「――タローが蟹沢先輩と話し合いに行ったのは私の所為だからです」


「あきら?!」


アイエェェェ!アキラ!?アキラナンデ!?様子を見守っていた生徒の中からあきらが名乗り出た。


「いや、いい。これはあきらには関係ない事で―――」


そうあきらを制止しようとするが、あきらはふるふると首を横に振る。


「タローがその人に色々と言われているのって、蟹沢先輩の事が原因なんだね?それなら私にも関係あるよ。そう言う事なら私からもその先輩に言うよ」


 あきらは、雉尾さんを黙らせるために、自分の事を言うつもりだと察してしまった。それはいけない、と止めようとするが、困ったように苦笑するあきら。


「刑事さん達からね、色々聞いて―――色んな事つながったから、本当はタローに謝ったり、お礼を言ったりしたかったんだけど、ずっと言い出せなくて。だけど……何も知らないこの人に、蟹沢先輩との事がきっかけでタローが貶されるのなんて黙ってられないよ」


 そんなあきらの様子に、雉尾さんも、戸成も、俺も黙って様子をうかがっている。


「私が蟹沢先輩に迂闊な写真を送ったのは、私の自業自得だよ。だから、それよりも、それを伏せたせいでタローが誤解されて、嫌な事を言われる方が私は嫌だから」


 そんなあきらの言葉に、何も言えなくなる。


「雉尾先輩。タローと仲が良かった先輩が何でタローに酷い事を言ってるかは知りません。けど、私は蟹沢先輩と付き合いはじめて、蟹沢先輩に“そう言う自撮り写真”を要求されて送ったことがあるんです。それで、タローは蟹沢先輩が私やほかの女の子からそういう写真を集めたり、そういうことをしていることに気づいたみたいで……それでそういうことをやめさせるために蟹沢先輩と話をしにいって暴力を振るわれたんです。根も葉もない噂でタローを貶めないでください。それで事情聴取に私も警察に呼ばれました。嘘じゃありませんよ」


「え……何それ……?」


 ポカンとしている雉尾さん。本当に知らなかったのだろう。あるいは、全然違う内容を弥平に聞かされていたのだろうか。もう、正直そこはどうでもいいが。

 それよりも雉尾さんが教室でこんな絡み方をしてこなければ―――あきらは自分でこんな事を言う必要もなかったのに……そう思うと悔しい。俺がもっとうまくできていたらあきらに自分でこんな事を言わせなかったのにという気持ちしかない。


「私だけじゃない。蟹沢先輩に誑かされた女の子はタローに感謝こそすれ恨んだりなんてしていません。いったいどこの誰がそんな事実のねじ曲がった噂を広めたんですか?――雉尾先輩ですか?」


そう言って雉尾さんに近づいていくあきら。雉尾さんはその圧に俺の胸倉を離し、後ずさる。

 あきらはというと、戸惑う雉尾さんの正面に立ち雉尾さんの大きな胸を自分の胸で押し返すように胸を張った。気圧されたように雉尾さんはよろめき、あきらは真正面から雉尾さんをみつめている。


「タローは私やたくさんの女の子を蟹沢の悪事から助けたんです。何も知らないのに、タローに勝手ないいがかりをつけるのは金輪際、今後一切やめてください」


そんなあきらの言葉に、戸成がヒューッ!と声を上げている。


「何よ、そこの顔がいい奴もアンタも、なんでそんな奴を庇うのよ」


「ダチなんで」


「―――友達だから」


そんな2人の言葉に胸が熱くなる。そしてこのやり取りで、クラスの皆や、いつのまにか廊下で足を止めて事の成り行きを見守っていた傍観者の他の生徒達も目も変わった。


……雉尾さんを非難する目へと。


――え、思い込みで悪口言ってたの?


――それって侮辱罪にあたるんじゃないの?


――胸はでかいけど酷い先輩だな


――えー、桃園君可哀想


 そんなヒソヒソという言葉と刺すような視線に耐えきれなかったのか、雉尾さんは歯噛みをしながら踵を返し、走り去っていった。


「ふぃー、おっかねぇ先輩だったな。よくわからんけどタローの知り合いか?塩まこうぜ塩」


「学校だぞ塩はねぇよ。…まぁ、昔からの知り合いではあったよ。兎も角、助かった、ありがとう」


俺のお礼に気にするな、と笑いつつも昔からの知り合いがあんな態度取るのぉ?!何それぇと戸成がドン引きしている。それはそうね。


「戸成、あとお前うんことか普通に言うなよ」


「何でだよ!うんこって皆するじゃんおかしくねーだろ!うんこうんこうんこうんこうんこ!うんこ!!Please follow me !Say!うんこ!」


「うんこ!…ハァ、男子小学生みたいな事言うなよ折角のイケメンが泣くぞ…」


 戸成に助けられたのも2度目だし、此処は戸成のノリにのっておいた。アイドル系乙女ゲーの攻略キャラばりのイケメンスマイルでキラッとしながらうんこを連呼する戸成が凄く残念な感じなので苦笑してしまう。


「うんこって連呼してる戸成君も素敵♡」


 そしてともちゃんはともちゃんで勝手に戸成にときめいてた。恋は盲目…か…?いや、変にカッコつけてるやつより元気に明るくうんこって言える奴の方が女の子の印象はいいのか…?わからないッピ…。


 いや、戸成のうんこへのこだわりなんて正直どうでもいいわ。


「あきら、ごめん。こんな状況であんな話をさせたくなかったんだけど…」


 そんな俺に、あきらはすーはー、と大きく息を吸ってから、二コリ、と笑った。


「ううん、いい。馬鹿なことしたのは私だし、タローは何も悪くないし。

それよりも…助けてくれてありがとう、かばってくれてありがとう。ずっと言えなくて、本当は伝えたい事がたくさんあるけど、うまく言えないね」


 あはは、と笑っているが―――自分の事を明るみに出してまで、あきらに助けてもらった。自分の不甲斐なさに忸怩たる思いだ。


「私は大丈夫だよ、大丈夫」


 どこか吹っ切れたような強さを感じる笑顔に、ドキッとした。……あきらって強いんだな。

 色々あったけど、あきらとはまた話せるようになる……気がする。もしあきらのことを何か言ったり、変な目で見る奴がいたらその時は俺が力になりたいと思う。

 あきらとは、今も友達だと思ってるからね。


―――そしてそんな事があった次の日、金曜日。

雉尾さんは学校に来なかったようだった。

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