第20話 掴んだ下種の尻尾
蟹沢のエクセルの件は警察にもタレコミをしたが、警察はすぐに動いてくれるような様子はなく、とりあえず付近のパトロールを強化してくれるような事はやんわりと言っていた。……想定の範囲内なので落胆は無いが、やれることとしてこれは必要だ。
その後も第二被服室に集まって相談をしていたが、結局警察の腰が重いのがネックになっていて出来る事がない。ヒメ先輩も実家に豚崎と弥平の事を伝えたが、証拠がないと動けないとの事であまりうまくいっていないようだった。
「やっぱりこれだけじゃ証拠にならないのがなぁ」
「あーもー、じれったいなぁ……あと一つ何か証拠が欲しい!」
俺のぼやきに続けて、ヒメ先輩が唸る。もどかしさにフラストレーションがたまっていそう。
「証拠、証拠なぁ……うぅん」
俺も同じように唸るが―――実はこの何日か、放課後に現地の下見を重ねていけそうだと思ったアイデアが1つある。
実行するのは俺単独になるけど問題なく行けると思うし、運に左右されるけどうまくすれば決定的な証拠が掴める。
現状のアイデアだと蟹沢の時ほどではないが危ない橋を渡ることにはなるけど。
「タロー君、何か考えてます?黙って何かやりそうな顔してるので正直に吐いてください」
俺の考えを読んだように、横から舞花ちゃんの言葉が飛んできた。……舞花ちゃん、鋭いな。
「だめえ、だめだめ、こっそり危ない事したらだめだよぉ~!」
有無を言わせぬアオ先輩のふかふかバインド。く……これでは身動きが取れない…!!という冗談はさておいて、何か皆で協力したらもうちょっと良いアイデアに繋がるかもしれないと皆に考えていたことを話してみる。
「うん。……こんなアイデアがあるんだけど…」
目的のビルの3つ隣のビルに、廃ビルがある。
そこから2棟は同じくらいの高さの商業ビルが並んでいる。なので廃ビルをスタートにして、ひとつ隣のビルは同じ高さで1m程度に跳べばいいし、その隣のビルは同じく1m程の幅だが高さが3~4メートルは低いので、跳躍しながら着地と同時に転がって衝撃を逃がせばいい。
そしてそこからさらに同じくらいの高さのビルの屋上へと飛び移れば、目的のビルの隣、という寸法である。
そしてこのビルの間に取り付けられる非常用の梯子を降りていくと、目的の部屋の真横になるのだ。部屋の横には窓や換気扇もあるのは実は下見して確認してきた。
最悪はベランダに寄ったりとかしないといけないかもしれないが、窓のすぐ近くをビルの非常梯子が通過しているので丁度いいところまでは行けるんじゃないだろうか?
名付けて「趣味のパルクールをしていたら偶然よからぬ話が聞こえてしまった作戦!」…いやかなり無理筋か?苦しいかな?でも現状これで押し切るしか手が思いつかない。
「でも屋上への侵入だと不法侵入になっちゃいますね」
舞花ちゃんがうぅん、と考えている。ネックはそれで、幾らなんでも許可もとらずにビルの屋上を飛んだり跳ねたりはできない。
「へぇ、面白いこと考えるのね。じゃあ隣のマンションまでの3棟の屋上が使えるように許可を取ってこればいいの?」
こともなげに言うヒメ先輩。
「それぐらいならウチでどうとでもできると思う。っていうかその程度の事ならお金の力でなんとかなるし問題ないわよ?」
た、頼もしい……そういえばヒメ先輩超デカい財団の娘さんだった!!
合法的にいけるならハードルはグッと下がるぞ!!つまり俺はヒメ先輩が所有ないしは許可をとったビルの上を偶然パルクールするだけっちゅうわけや!もろたで工藤!!……工藤ちゃうわ。
ともかくヒメ先輩の言う通り、録音するだけなら隣のビルの屋上に上ってから降りればいいのだけどね。そもそもこの作戦一人で黙ってスニーキングミッションする前提のアイデアだし。でもここはヒメ先輩に任せてみよう。
そう、偶然パルクールしてたら丁度良く怪しい話が聞こえてしまうのだから仕方がない…仕方がないね!!偶然だからね(力技)!!!!!
「ところでタロー君、これ最終的には一人で黙って断行しようとしてませんでしたか?」
ハハハ、まさかそんな。……えっ、舞花ちゃんもヒメ先輩も目線が怖いです。アカ先輩は……よくわかってないけどテン上げっしょ!ってしてるしアオ先輩はふかふかハグの力が強い!大丈夫ですって、報連相の上やりますよって!
そしてその翌日、ヒメ先輩に召集をかけられて俺達は再び第二被服室に集まった。
「――というわけで隣接するマンションの屋上の使用許可はとってきたわ。パルクールのユーチューブ動画撮影って名目で、お金の力でオーナーを説得してきたわ。
細かいところも詰めてきたから屋上を走って渡る分には何も言われないから大丈夫」
日をまたいですぐにそんな風に近隣のビルのオーナーに話をつけてきたヒメ先輩パないっす!!即断即決ゥ!!
「ただ、じいや…オホン、使用人に調べさせたんだけど目標のマンションの持ち主は豚崎のものみたいね。だからやっぱり自由に動けるのは隣のビルまで。というか完全に豚崎が噛んでるわよこれ。ところで3棟とも許可取っては来たけど隣のビルだけじゃ駄目なの?」
「盗み聞き…もとい話を聞くだけなら隣のビルだけでもいいと思いますけどこれはあくまで偶然を装う……じゃなかった偶然たまたま声が聞こえてしまうのでこういう作戦なのではないでしょうか」
舞花ちゃんがそう解釈している……けどそもそも許可が取れると思ってなかったので、一人で廃ビルスタートしてスニーキングミッションするつもりで想定していたなんていえないからね。ハハハ。ぶっちゃけ許可獲れるなら隣のビルだけでよかったとは思うよ、まぁビル3棟跳躍するぐらいは苦でもないさ。
一人で何かをしようとすると限界があるけど、人に相談したり力を借りたりするとなんとかなるもんだねー、報連相って大事だよねー。
期せずしてビルの持ち主に許可の上に行動出来るようになったのは大きいぞ。よーしよし。
そこから準備をしての決行当日の金曜日の夜になった。今日は豚崎が指定の部屋を訪れることになっている。
舞花ちゃんとヒメ先輩が手配してくれた集音マイク付の頭部カメラも用意された。
「フンフフンフフフフフフン♪ フンフフンフフフフフフン」
アイネクライネナハトムジークの鼻歌を口ずさみながらの準備は完了、ちょっとだけテンションも上げていこうね。
ランニングウェアとパーカー姿に、ボディーバッグに詰めたのは目だし帽子とゴーグルタイプのサングラス。
家族には少し買い物に行ってくる、と言って“そこ”に向かった。
舞花ちゃんや先輩たちもここに来たがったが、たくさんいると目立つし何かあったときに逃げられないと困るから今日ここに来ているのは俺一人だ。
廃ビルから入って屋上に上ると、3棟向こうに目標の部屋が見える。時間も予定の少し前だ。目だし帽子にサングラスもつけた。集音マイク、録音もOK。
「―――行っちゃうんだなぁ、これが!」
そう言って、ブタ崎が“打ち合わせ”に使うビルまで、隣接するビルの屋上を駆け抜けていく。
なんかこういうゲームたまにあったよね、なんとかギアとかなんとかクリードとか。
特に問題もなく「ビルの上でパルクールをしていたら偶然、隣のビルの会話が漏れ聞こえて録音されてしまったぞー?あれれ、おかしいなー(棒読み)で押し切る作戦」は進んだ。
ビルの上を軽快に走り抜けて、渡っていく。そのまま当初の目的通り非常用の梯子を下りて、豚崎がいるであろう部屋の横まで移動した。
窓が網戸になっていて中の会話が聞こえるのは僥倖だった。そりゃそうだ、窓の外の非常用の梯子で誰かが聞いてるなんて普通は思わないもんね。
「ブヒヒッ、いやぁ、有意義な打ち合わせだったよ」
「それは何よりです、田崎議員」
―――中からそんな声が聞こえた。ねっとりしたオッサンの声の豚崎と、弥平じゃない誰か若い男の声だ。
時間より早めに打ち合わせははじまってしまっていたのか、と忸怩たる思いだが、耳を澄ます。
「このご時世、たかが“パパ活”ひとつがスキャンダルとして騒がれてしまうからね。こうして安心して楽しめる場を設けてくれた君たちには感謝しているよ。しかし、下っ端の少年は捕まったのだろう?大丈夫なのかね」
「彼は全てを知っているわけでも、あの方の事も知りませんから特に問題はありません」
弥平の手下か?下っ端の少年というのは蟹沢かな。
「そう言っていただけるとあのお方も喜びます。」
「ブヒヒヒヒ、名前を呼んではいけないあの人、というわけだな。良いさ、ワシとしてもこの場がなくなるリスクは避けたい。それよりも伝えておきたまえ、『君や君の父親が政財界に進出するときは、ワシの派閥が後ろ盾になってやる』とな。来週の愉しみが終わったら、ワシの党派の議員に紹介するよう伝えておいてくれ」
「ありがとうございます、しかと伝えさせていただきます。来週はあの方もこちらに参りますので」
……お、来週は弥平がここに来るという事か。それはいい情報が聞けたぞ。あと、弥平の目的もだんだん見えてきた。やっぱ弥平はきっちり潰さなきゃダメな奴だ。
「そういえば、ワシのリクエストしているタイプの子はまだなのかね?」
「最近、あの方が目をかけている娘がいます。相当に発育の良い娘だとか。来週議員にご案内する予定を伺っていますよ」
「ブホホホホ、それは楽しみだ。君たちが斡旋は信頼できる上玉ばかりだからね。ほれ、なんだったか……生娘シャブ漬け作戦、ワシの好きな言葉だよ」
中から聞こえるそんな会話に、だんだんと状況が見えてきた。なんでや牛丼屋は関係ないやろ。
―――やはりここは蟹沢の噂にあった、組織的な“パパ活”の拠点の一つ、であっていた。
中にいるのは豚崎と、弥平の手の者だろう。
この“パパ活”に蟹沢が大なり小なり関わっていたのは間違いない。ただ、蟹沢もその上部が誰なのかは知らなかったんだろうけど。
そして弥平が斡旋する“パパ活”は弥平達が政界に進出するためのコネづくりも兼ねてるんだ。若い子を斡旋して権力者に取り入る……いやクズすぎるだろ。
俺が弥平に目をつけられたのは、案の定蟹沢を潰した事で俺が邪魔になると判断されたからだと思う。
弥平、本当にゲス野郎過ぎてドン引きだけど……来週は弥平が此処に来るのか。これは本当に大きい情報を手に入れることが出来た。
そういえば、蟹沢がそういう事を自白したとは聞こえてこないけれど、やっぱりアイツは絡んでいたんだね、やったね蟹沢余罪が増えるよ!
しかし蟹沢もとんでもねえ野郎だったんだな…あの段階で蟹沢を討滅できたのって本当に幸運だったんだな…。あきらが巻き込まれなくて本当に良かった。
そしてあの会話の最後のやり取りに出てきたのは……事前に表から得ていた情報、この間の放課後のやり取り。弥平から豚崎に“案内”されるのは十中八九雉尾さんだろう。
知らないのは雉尾さん本人なだけ。悪い子は嘘つきや卑怯者、悪い子供は本当に悪い大人の恰好の餌食になるんだったっけなぁ……。
やる事が多い…と気が重くなりながら、路地を確認しながら地面に降りる。
―――そして、地面に飛び降りたところで、声をかけられた。
「なんだ、お前?ここで何をしている?なんで上から……どこから来た?」
しまった、上から降りてくる最中には見えなかったが、建物の陰に人がいた。
「怪しい奴だな……とりあえず捕まえるぞ」
見回りの警察か?と思ったが様子が違う。上から確認できない位置にビルの周りに弥平か豚崎の手下?見張りがいたのか。全員喪服のような黒服……スーツにサングラス、角刈りと似たような見た目をしているから同じ一味に見える。ざわ……ざわ…と黒服数人が俺の逃げ道を塞ぐ。
狭い路地裏で逃げ場がない、ビルの間の小路だからどうする、上手く壁を飛んで2階に上がって逃げる?その前に捕まったら一巻の終わりだ。なんとか注意をそらしながら壁蹴りしてその上にまた2階に上って…いや、黒服の上をぬければあるいは――――じりじり距離を詰められながらも脱出ルートを探す。
「よう。今夜は星がよく見えるな」
コツコツと、靴の踵が路地裏に音を響かせながら歩いてきた“誰か”の声だ。
「あまりに綺麗な星空だ。見上げていたら、ビルの合間を飛ぶ影が見えてな。コソ泥か、ねずみ小僧か、はてはと気になって追いかけてきたんだが……」
白いスーツに、同じ白い中折れ帽子の似合う―――この間、舞花ちゃんと喫茶店に行った時に見た探偵さんだった。
シーッ、と唇に人差し指を立てる。しゃべるな…いや、声を立てるなという事だろうか。
「なんだてめぇ?」
「俺はこの街を愛するただの……探偵だ」
被った帽子の位置をなおしながら、掌側を上に向けながら黒服を指さす探偵さん。そんな様子に黒服たちは探偵さんを敵と判断したのか、身構えた。
「構うな、こいつもやっちまえ!!」
リーダー格の男の声に従って黒服が探偵さんに襲い掛かるが、次々と探偵さんに打倒されていく。1対4だったのに一発も喰らわずに、ざわ……ざわ……している黒服を倒してしまった。す、凄ェ……かっこいい……!
「ついてきな」
意識を失い地面に倒れている黒服の男たちを尻目に、歩き出す探偵さん。
探偵さんの後ろをついていくと、路地裏の先、開けた場所に、オンロードバイクが停まっている。黒いカラーに赤いラインの入った大型バイクだ。
「すぐに家に送ってやる、と言いたいところだが―――どういう事か、まずは俺の事務所で話を聞かせてもらおうか」
そう言って渡されたヘルメットをかぶり、促されるままに探偵さんが座った後ろ、バイクのシートに跨る。
ふと、上を見上げたけど、街の灯りで星は見えなかった。
探偵さんの名前の書かれた探偵事務所に入ると、中は意外とカラフルでおしゃれだった。
ソファーに座るように促され、そこに座って待っているとコーヒーを淹れてきてくれた。
テーブルの上にはしおりの挟まれたノベル本がおいてあった。フィリップ・マーロウ?……聞いたことないなぁ。
「それじゃ、詳しく話を聞かせてもらおうか。あの連中は何だ?坊主、お前いったい何をした?……いや、何に首を突っ込んでいる?」
そう言われて、俺はまず探偵さんに助けてもらったお礼を行ってから、弥平に関わる話やあそこで行われている政治家や有力な支持者向けの“パパ活”の尻尾を掴んだことを探偵さんに話した。勿論、証拠はまだ全然ないのだが。
「そうか。だがそれはまだ子供のお前の手には余る話だ、ここまでで手を引け。あとは大人が始末をつける」
「……でも、もう時間がないんです。俺に親切にしてくれた先輩達や友達、それに俺の知っている人が巻き込まれるかもしれないんです」
このまま弥平をのさばらせたら、ヒメ先輩達や舞花ちゃん、……あとついでに雉尾さんにもよくない。
そういう俺の視線を、探偵さんが真正面から見つめ返してくる。
「―――だが駄目だ。半人前には荷が重い」
有無を言わせぬハードボイルドな眼差しでみつめられると言い返せなくなってしまう。これが大人の魅力ってやつなのかッ……!!
「それとな、お前はさっき俺に礼を言ったがそれを言うのは俺にじゃない。小天狗の娘にだ。あの子が俺に連絡をしてきたんだ―――大切な友達が危ない目に合うかもしれない、万が一に備えてもらえないか……ってな」
そんな言葉と共に俺のポケットを指さす探偵さん。膨らんだポケットに入っているスマートフォンを見ると、舞花ちゃんからの着信やメッセージが滝のように来ていた。
「この街を泣かせる悪党を野放しにはしない。今日の事は忘れて、学生らしく勉強に励むことだ、いいな?―――コーヒーを飲んだら家まで送ってやる」
そういう探偵さんは、帽子が良く似合っていて……凄くハードボイルドだった。
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