第19話 手遅れの“お姉ちゃん”

 帰宅した俺は、家族へのただいまもほどほどに街の地図帳を引っ張り出してきて部屋で広げた。スマホですぐに地図が見れるこの時代だが、こういうのは大きな一枚で見た方が気づくものもある。地図帳が家に置いてあったのは―――天祐とはこの事か。


「あぁ、やっぱり。多分間違いないな」


 表に仕込まれているのには多分いくつかの法則があった。

 学校にある教室で足りない場所は、一言メモに地図帳の縦横に合わせた数字が記入されていて、欄外にあるのは恐らく日時。

 文章は飾りで、使ってるのは16進数かな?英数字と人の名前のようなところは恐らく建物の名前だろうか。

 詳しくは皆で見てみるとして……明日学校で皆に話してみよう。

 そう思いながらスマホを見ていると、ともちゃんからのメッセージが届いていた。


『まゆ姉が、タローが悪い事しているって決めつけてて話が通じないんだけど何があったの?』


『一緒に家まで帰ったけどまゆ姉変だった。帰り道でもタローと、さっきの先輩の事を悪く言っていて怖かったよ。タロー変な事になってない?巻き込まれてない?大丈夫?』

 

 ともちゃんには悪い事したのと、心配もさせてしまった。とはいえなんだかんだ言っても幼馴染、信じてくれてるのはありがたかった。

 大丈夫、とメッセージを返しておこう。

 ―――状況が悪化していく一方だな……こんな事さっさと終わらせてしまわないと。


 次の日の放課後、第二被服室に皆に集まってもらい、昨日気づいた内容を舞花ちゃんや先輩達に話した。


「これは……成程、そう読み解くことが出来ますね。いえ、多分そうだと思います」


 舞花ちゃんが、表と俺が持ってきた地図帳のコピーを見比べながら頷く。


「え、それじゃそれ持って警察に行けばオッケー系?これで勝つる!」


「警察に言ってみる価値はありますが、動いてくれるかは怪しいと思います」


 舞花ちゃんが渋い顔をしている。

 それは俺も思っていた事で、蟹沢が残した情報から出てきた場所だけど、捜査までたどり着くかと言われると難しいところだと思う。

 そもそもこの件に関して被害者が名乗り出ていないし、偶然の一致や高校生の思い込みと相手にされないかもしれない。

 令状をとってまで捜査してくれるかというと無理筋だろう。せいぜいがその場所の付近をパトロールしてもらえるようになる位が関の山だ。……それでも現状なにもしないよりはマシだが。


「私もそれ、うちの家のルートから報告してみるけど……確実に弥平が関わっているっていう証拠が無いから動いてくれるかは断言できないわね……」


 ヒメ先輩も苛立たしげにしている。わかっていても手が出せないので歯がゆい気持ちがあるのだろう。だが話ながら、何かに気づいたように表の一点を指さす。


「うわ、こいつ。ブタ崎がいる」


 表の中に埋め込まれた情報の一つに、田崎と書いてある。ブをつけてブタ崎か、成程。


「こいつ、パパ活疑惑とかセクハラ疑惑とかで話題になった議員なんだよね。

 週刊誌で未成年にも……?!とか言われてたやつ。うちは支援断ってて直接の縁は無いけど、政治家のパーティーであったときは私の身体を好色丸出しの目で見られたよ」


 田崎……あぁ、一時期ニュースになってた政治家で名前は聞いたことあるぞ。

 女性絡みのスキャンダルでワイドショーを騒がせていたけど秘書をトカゲのしっぽ切りしたとかで有耶無耶にして逃げ切ってたんだっけ。ブタというか、古い名作スペースファンタジー映画の悪党……ジャバなんとかみたいな顔と贅肉をしたやばい顔のやつなので記憶に残ってるわ。

 うちの両親も、どう考えても政治家に見えないこいつ悪人だと思うってTVに顔が映るたび言ってたから覚えちゃったよ。


「この田崎……もといブタ崎議員は今週の金曜と来週の金曜日、ここを19時ごろ訪れる予定になっていますね。今週の金曜日は打ち合わせ、来週は本番とありますが何かの打ち合わせでしょうか?打ち合わせなら弥平先生も来るかも知れませんね」


 舞花ちゃんが表を見ながら言うが、割とすぐだな。打ち合わせや本番……ねぇ。弥平の父親が教育委員会にいるといっていたし親同士の何か繋がりがあるのかもしれない。


「……これを足掛かりにして芋づる式にいけないかな」


 蟹沢の時のような事はできないが、ひとつ上手くやれそうなアイデアがあるにはあるけどそれは最終手段にとっておこう。

 少年福祉犯罪の可能性があるという事で匿名通報ダイヤルにも連絡をしたり、まずは出来ることをやる事にする……警察が動いてくれれば早いんだけど。


 舞花ちゃんはヒメ先輩と残ってまだやる事があり、アカ先輩とアオ先輩は寄り道をして帰るとの事だったので校門で別れたが、教室にスマホを忘れていたのに気づいてUターンして取りに戻る。もう遅い時間なので校舎の中にはほとんど人がいなかった。

 だがその途中、廊下の曲がり角の先で話声が聞こえた。片方は聞きなれた声、もう一つはこの間聞いて忘れられない声だ。


「弥平先生!」


「やぁ、雉尾さん。いつもご苦労様」


 ……雉尾さんと弥平だ。向こうは俺には気づいていないのだろうが、つい身構えてしまう。


「いつもありがとう。君のお陰で助かっているよ。順調なようだね」


「そんな、ありがとうございます。私も弥平先生のお役に立てて嬉しいです」


「ありがとう。この学校がよくなるように、少しずつでもさっぱりしないとね」


「はい、あのゴミガキの始末は任せてください!」


「こらこら、女の子がそんな乱暴な事を言ってはいけないよ。

 とはいえ、彼が自分の行動を鑑みて反省し、―――自主的にこの学校を去るというのであれば教師である私は止めることはできないがね」


 2人とも明言してないけどこれ俺の事じゃないの?そうだよな?こいつらやっぱり俺の悪い噂を流してるんじゃないのか。


「ところで、来週の金曜日の放課後、ひとつ頼みたい事があるんだけれどもいいかな?」


「私に出来る事なら何でも!」


 それじゃ、詳しい話はまた今度。と言う弥平の声が聞こえるので、踵を返して近くの教室に入って教壇に隠れる。

 弥平や雉尾さんをやり過してから廊下に出ると、そこにはもう誰もいなかった。

 ……スマホを教室に忘れていたので証拠の保存も出来なかったけど、雉尾さんと弥平が繋がってるのはまず間違いない。俺の悪い噂を広めているのも弥平と雉尾さんだろう。


 俺は帰る際中、さっきの言葉を脳内で反芻していた。

 来週の金曜日……か。さっきの第二被服室での会話を思い出して、日時が繋がる。俺の予想が正しければ多分、雉尾さんは来週の金曜日に“酷い目”に合う気がする。それも、心と体に傷がつくような。

 ……正直、雉尾さんへの感情と興味はどんどんと薄れていっているし、この件が落ち着いた後に謝られても―――多分許すことはない。子供のころから知っている雉尾さんの姿はもうないのだ。


 優しかったお姉ちゃんではなく、証拠も無く思い込みだけで人を侮蔑し、公衆の面前で罵倒する人。だからこの件が片付いたらもう関わる事は無いし、縁を切る事になると思う。

 それだけの事を雉尾さんはしているんだから。

 ……正直見捨ててもいいくらいなのだが、それをしないのは見捨てると後味が悪いからだけ。

 だからこの件に関しては―――最低限の事はするけど、それは可哀想だとか親愛じゃなく、ここで見捨ててこれから先の人生、あの時助けれたのだから助けてあげればよかったという後悔をしたくないから、自分の為だけにやるのだ。ただ、俺の心の平穏の為だけに。

 その先の身の振り方と後始末は雉尾さんが自分で何とかすればいい。……そんな事を考えながらため息をこぼす。

 俺はもう、雉尾さんの事が嫌い―――いや、もう心底どうでもいいんだろうな。

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