第18話 俺に甘いバブみな先輩

 そのままなし崩し的にアオ先輩に手を引かれて歩くことになり、正直ちょっと恥しい。しかしぎゅっと手を掴まれていて振りほどくのも何か気が引けて手を放すタイミングを逃してしまい、そのまま歩調を合わせて歩いていた。

 女の子の力だから無理に手を放そうと思えばできるけど―――隣を歩くアオ先輩が手を離したら吹き飛んで消えてしまいそうに儚く感じたので手を離せない雰囲気だったのもある。……タローさんはこういう空気はきちんと読めるのだ。


 「あ、タローくん、たい焼き屋さんがきてるから食べていこうよぉ」


 アオ先輩がそう言って指さす先にはたい焼きの移動販売車が来ているのが見えた。

 2人分を出そうとするアオ先輩だったが、さっきのお礼ですとここは奢らせてもらう。たいやきを受け取り、近くのベンチに腰掛けて2人でたい焼きを頬張り舌鼓をうつ、美味い!テッレッテレー!


「あつあつだけど、美味しいねぇ、ありがとうねぇ、タロー君」


「それは俺の台詞です。改めて、さっきはありがとうございました」


 アオ先輩の俺にお礼で返しつつ、2人になったのも丁度いいタイミングなので気になっていたことを質問してみるとする。


「アオ先輩は、どうして俺に親切にしてくれるんですか?」


 3人の先輩たちには皆親切にして貰っているが、アオ先輩は特に親しく、というか可愛がってもらっているような気がする。精神的にも物理的にも距離が近い


「そうだねぇ、えっとねぇ」


丁度たい焼きを食べ終わったアオ先輩が、遠くを見ながら、過ぎ去った日を思い出すように―――ゆっくり話し始めた。


「むかしねぇ、まだ私が小さかった頃にね、うちにはふかふかで、おっきなわんちゃんがいたんだぁ。

 わたしが産まれた時に一緒にお迎えされたみたいで、私とはきょうだいみたいで、どこにいくにも一緒だったの。」


 イッヌかぁ、イッヌはいいよねぇうちも昔飼ってたわ。


「それでね、私はその子の事を弟みたいに思っていたんだけど、私が小学生になるころにはその子の方が大きくなっていたんだけど、いつも私を守るみたいにぴったり寄り添ってくれてたの……。

 今思えば、その子は、わたしを妹みたいに思ってくれてたのかもしれないねぇ。

 私が迷子になっても、必ず私を見つけてくれた子だった。いつもぼんやりしているようで、それでもすごく優しい目をした子だったよぉ」


 言葉と同時にそのころを思い出しているのか、いつも優しいアオ先輩の口調が、さらに優しかった。


「そのわんちゃんは、今でも元気なんですか?」


 俺の言葉に、ふるふると首を振るアオ先輩。


「私がちっちゃなときにねぇ、私を庇って…天国に行っちゃったの」


 空を見上げながら零れたアオ先輩の言葉に、自分の失言を恨むが……アオ先輩はそれも最初から伝えるつもりだったのか、話を続けた。


「あの日―――私があの子を連れて青信号を渡っていた時……おじいさんが赤信号を無視して、横断歩道に凄いスピードで入ってきたの……」


―――なんとかミサイルってやつか。

 昔も今も変わらないな、といたたまれない気持ちになる。

 いつも優しいアオ先輩だと思っていたけれど、そんな子供の頃の心の傷があったなんて、と言葉が出ない。


「あの子はそれに気づいて、私を歩道に突き飛ばして、それで―――」


 その時の光景を思い出してか、ふるっ、と震えているアオ先輩。小さなアオ先輩の肩が、いつもより小さく感じるのは気のせいだろうか?

 俺の肩に頭を寄せて身体の震えを抑えるように自分の身体を抱きしめる先輩。


「それで、タロー君に初めて会った時に、なんだか…あの時居なくなっっちゃったあの子と同じものを感じて、それで目が離せなくなっちゃったの。

 なんとなくこの子は―――放っておくと誰かのために自分を犠牲にしてしまいそうな、人のために無茶をしそうな子だなって。

 それに、初めて会った時のタロー君、疲れたような、悲しい事を抱え込んでいるような、そんな寂しそうな目をしてたんだよ?

 哀しい事があっても言葉にださずに、我慢しちゃうように見えたんだぁ」


 そんな事を言いながら俺を見上げる先輩。肩幅の先にアオ先輩の顔があり、お互いの吐息を感じるような距離。


「優しくて、誰かを助けるためなら無茶をしちゃいそうで。

 手を放すといなくなっちゃいそうな、そんな気がして……この間、蟹沢先輩との間であった事を聞いたとき……あぁ、やっぱりって―――だから……」


「買い被りですよ。それに―――俺も、あんな真似はもうご免ですから、ハハッ」


 アオ先輩の言葉に、安心してもらえればと笑って返す。

 性欲全開で蟹沢に迫られた嫌な記憶が苦いが、そんな心をアオ先輩に見抜かれていたような気恥しさも感じてしまう。確かに、あの時の俺は随分無茶をしたからなぁ。


「約束だよ?ぜったいぜったい、だめだからね?」


 そんな事を言いながら、こてんと肩に頭を寄せるアオ先輩の体温が温かかったが、徐々に暗くなってきたし肌寒くなってきたのでアオ先輩を家に送り届けることにする。アオ先輩の家があるのは駅前通りの結構な高級住宅街だった。


「送ってくれてありがとう、タロー君。また明日ねぇ」


「こちらこそ助けてもらいました。また明日」


 去り際、名残惜しそうに手を振るアオ先輩に見送られながら、駅前通りを歩く。


「迷子、迷子かぁ。俺も子供の頃はそんな事があったなぁ」


 迷子になっても探し出す、か。子供の頃にともちゃんと2人で駅近くの公園に行こうとして迷子になったことがあったけど、路地裏に入った所為で迷子になって、電信柱の数字をみながら歩いたのを思い出す。

 あの時が雉尾さんが見つけてくれたんだけど、雉尾さんが左右の手を俺とともちゃんが握って、3人で歩いて帰ったんだったよな。

 ……そんな事を思い出していたからか、閃くものがあった。


 迷子、場所、蟹沢が残した表、メモ書き、存在しない教室の番号。それらが繋がっていく。


「―――そうか。あの表に仕込まれていたのは、この街の地図の場所なんだ」

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