第15話 この教師は俺の“敵”

 舞花ちゃんに連絡をすつと、“島流し”先の倉庫の掃除をしながら昼をとっているとの事。

 いざ到着してみてみればボロ倉庫というか校舎の陰にある小汚いプレハブ部屋だった。女の子を押し込むにはちょっと酷い環境である。

 ノックをして声をかけると、中から舞花ちゃんの声がした。

 少しの間の後、錆びた車輪がゴロゴロゴロと鈍い音を立ててドアが開き、マスクと三角巾をしたジャージ姿の舞花ちゃんが出てきた。


「タロー君、どうしたんですか?えっと、こちらの先輩方は?」


 突然の集団での訪問に驚いていた舞花ちゃんだが、立ち話も何なので、と中へ通してくれた。

 倉庫は外見もボロいが、中も汚く埃まみれだった。

 ひもで縛られた何かの書類や箱が無造作に詰んであり、申し訳程度に机と椅子がいくつかある、汚いだけで何もない空間である。


「ごめんなさい、今掃除してて埃っぽいですけど」


 ガタガタと椅子を出してきて並べる舞花ちゃんを見て、鬼塚先輩がよしっ、と声をかけて立ち上がった。


「私は2年の鬼塚で、そっちのパリピってるのが赤崎、ふわふわしてるのが青野っていうんだけど―――話はあとにして、とりま掃除しよっか。アカ、アオ、それに桃園。ちゃっちゃと片付けるよ」


「アイアイサー」


「まっかせてぇ♪」


「じゃあ俺高いところ拭きますね」


「え、え?そんな、先輩方のお手を煩わせるには及びません、それにタロー君も」


 突然やってきて掃除を手伝い始めた先輩に、どう接すればいいのか困惑している舞花ちゃんだったが、そんなの関係ねぇとばかりに動き出す先輩たち。勿論俺も一緒に掃除をするぞ!俺家事スキルには自信があるんだよね!!……なんて思ったところで片腕が上がらなかった。教室からずっと青野先輩に胸バインドされてたから圧力で痺れても仕方ないね!


「アオ、あんたの乳圧でタローの片腕が死んでるんだけど、どんだけ~」


ツボにはまったのか、おなかを抱えて大爆笑している赤崎先輩。


「えっとぉ、F…だったと最近キツくってぇ、Gかなぁ」


 どんだけの意味を勘違いしたのか何やらとんでもない事を口走る青野先輩だが、アーアーアー聞こえない、聞こえない。健全な青少年には刺激が強いので俺は耳を塞―――だめだ片腕が痺れて上がらないッッ!!!


 そんなやり取りをしつつも掃除を始める俺達。幸い、腕の感触は暫くしたら戻ってきた。

 舞花ちゃんは俺達が来るまでは一人で拭き掃除をやっていたようだけど、皆で手分けをしてやったのであっという間にプレハブの中の埃は無くなり、充分見れるくらいには綺麗になった。小屋自体は小さいしね。


 改めて綺麗になった部屋でそれぞれの自己紹介と、どうして俺がこの3人の先輩と一緒にいたのか、そしてさっき俺が聞いた弥平についての事などを舞花ちゃんに話してくれた。


「―――小天狗、っていったっけ?アンタも弥平に目をつけられてるから気をつけなよ。まぁ、そのために私がここに来たんだけど」


 赤崎先輩と青野先輩はその言葉の意味を理解しているようだが、俺や舞花ちゃんは頭の上にクエスチョンを出している。鬼塚先輩が左手の腕時計を見ている。


「12時50分…そろそろかな。自分が島流しにした生徒がいるのを知っていたら、これぐらいのタイミングで来るはず」


 そんな鬼塚先輩の言葉と同じくして、ノックも声かけもなく倉庫の扉が開かれた。

カッターシャツに高そうなブランドのVネックベスト、美容室で切りそろえられたのかぴっちり整えた髪に洒落たフレームの眼鏡。


――――こいつが、弥平。


「おや?小天狗さんの様子を見に来たのですが……鬼塚さん、貴女がどうしてこんな所に?」


 倉庫の中をぐるりと一瞥してから、訝し気に鬼塚先輩を見る弥平。


「小天狗は私のツレなんで一緒にいるだけですけど?」


「ツレ?はて、君にそんな一年生の友人がいるとは知りませんでしたね」


 そう言いながら眼鏡のポジションをなおす弥平。


「それに君は桃園君ですね。

 学校に戻ってきたばかりなのにこんな所で油を売っていていいのかい?勉強は一日一日の積み重ねが大切なんだよ。――君は生徒会長を退学にした事件で何日か休んでいたんじゃないのかい?」


 そう言ってにこり、と笑ってくるが、コイツ目が笑っていない。というか悪意を隠すつもりもないのか、優しげにみえて俺への悪意がありありと見える。“退学にした”ねぇ。

 ここにいるのは自分にとって邪魔な人間だけだから、だろうか。もしくは、隠す必要がない人間だけだからなのか。

 ただ、現状は言っていること自体は教師らしいもっともな事を言ってはいるので素直に頷くしかないし、反論もしにくい。いやらしい物言いだ。


「桃園もツレなんで。勉強で分からないところ私が教えただけですけど?」


 そう言う鬼塚先輩に、笑顔を張り付けたまま向き直る弥平。


「君が?おやおや、おやおやおやおやおや。君は僕という存在がいるのに他の男に手を出しているのかな?」


「桃園は私の大事な後輩ってだけです。やましい事なんてなんもありませんけど」


 鬼塚先輩は弥平に一歩も引かずに睨み返している。拉致があかないと思ったのか、俺の方に向き直る弥平。相変わらず目が笑っていない。


「そうなのかい、桃園君?君と仲が良かった2年生の生徒からはそんな話は聞いていないけれども」


 俺と仲が良かった2年の先輩―――名前は出していないが、雉尾さんの事か。俺を揺さぶるつもりだろうか?


「どういう事でしょうか」


 油断せず聞き返すが、そのまま言葉通りの意味だよ?とどこ吹く風の態度だ。


「タロー君は悪い事も、変な事もしていませぇん、怒られる事なんてありませぇん!」


 そんな中、俺と弥平の間に両手を広げた青野先輩が割って入ってきた。ありがとうございます青野先輩、でも先輩俺より結構ちいさいので全然カバーできていないんです、お気持ちだけ頂いておきますね。

 そんな青野先輩を―――その弾む胸を見て、ほんの一瞬好色そうな視線を見せた弥平。おそろしく速い下卑た視線。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「うううっ」


 一瞬の寒気、弥平の視線にぶるぶる震えながらも動かない青野先輩。いくら年上と言っても女の子に守られっぱなしではいられない。青野先輩の肩を叩いてから、青野先輩の前に出る。


「俺、先生に注意を受けるようなことは何もしていませんよ。

 先輩たちと知り合ってから仲良くなって、お世話になってるだけです。今日は小天狗さんと一緒に会いにきて、ここで皆集まっただけですし」


 弥平と同じように穏やかに語り、しかし眼差しで不屈を訴えながら睨み返す。

 ねっとりとからみつくような底意地の悪い視線。

 蟹沢の時のような、下半身に全速前進だ!みたいな頭ポルノ変態野郎のような残念な気持ち悪さとは違う。本物の危なさを感じる。


「そうか。では、もう授業も始まる。皆も早く帰りなさい」


 暫く弥平と視線をかしていたが、そう言って踵を返し、部屋を出ていく弥平。

 弥平の姿が小さくなっていったあと、開け放たれたままの扉を、赤崎先輩が閉めた。


「チョマテヨ!じゃなかった、ちょっと待ってよタロー!正面から弥平に啖呵切るとかヤバすぎっしょ!!」


「あ、やっぱりわかりました?」


 てへぺろ、と舌を出す。


「勇者すぎてこっちがハラハラするわ!勇気を爆発させればいいってもんじゃないでしょ!?さっきのヒメの話聞いてなかったん?!蟹沢から弥平とかどんだけぇ、タローのコンボ気持ちよすぎだろ~?!」


 そんな俺に赤崎先輩が滝のような汗を流しながら叱責してくる。心配させてしまっているので申し訳ない。


「えっ、タローくんのチン……」


「言わせないからね?!?!」


 青野先輩がとんでもないことを口走りそうになったので、すかさず赤崎先輩がその口をふさいだ。口をふさがれそうになりながらもポ、ポ、ポと言おうとする青野先輩。ポポポ…八尺様かな?ははは。気持ちよすぎだろ~♪じゃないんだよなぁ。


「でも鬼塚先輩と弥平の間にも何かあるんですか?なんか空気感が微妙だったんですけど」


 さっきのやり取りで疑問に感じたので、鬼塚先輩に聞いてみると、俯いていた鬼塚先輩が顔を上げ、重い口を開いた。


「私と弥平は親同士が決めた許嫁なのよ。

 最も、あんな奴に触れるのも近寄るのも嫌だから、高校を卒業するまでは―――という事で距離を置かせてもらってるけどね。

 だから弥平は私と、私に関わると認識した奴には基本的には手を出してこない。私のご機嫌を損なわないためにね。

 こうしてここに来たのは、これ以上その子にちょっかいかけれないように牽制するためよ」


 そう言いながら舞花ちゃんににこっと、小さく笑う鬼塚先輩。


 だけど―――鬼塚先輩のそんな言葉は、倉庫の中の皆が静かになるには十分な内容だった。

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