第12話 豹変するお姉ちゃん
会長の退学というトラブルも日がたつにつれて触れられることもなくなり、学校生活はゆるゆると続いていた。
そんなある日の学校の帰り、校門を出たところでまゆ姉ちゃんをみかけた。
……会長の事でまゆ姉話す機会がなかったけれどそ弥平先生との事を相談されていたし、少し話をしてみるのもいいかもしれない。……あの先生、なんか嫌な感じがするんだよなぁ。そんな事を考えつつまゆ姉に声をかける。
「まゆ姉ちゃん、今帰り?」
俺に話しかけられたまゆ姉ちゃんは最初驚いた様子だったが、俺を認識すると―――いつもの明るく花の咲くような笑顔ではなく―――養豚場の豚でも見るような感情の消えた冷たい目線で俺を睨んできた。
「まゆ姉ちゃん?」
「気安く話しかけないでくれる?虫唾が走るんだけど」
汚物に唾を吐き捨てるかのような物言い。産まれて子の肩まゆ姉ちゃんにこんな態度を取られたことは初めてなのでショックを受ける。
「ま、まゆ姉ちゃん?俺なんか怒らせることした……?」
いきなりそんな態度を取られる理由がわからないので恐る恐る聞くと、そんな俺の様子がさらに気に障ったのかはため息をついている。
「白々しい。どの面下げてそんな事を言うの?
そもそも、まゆ姉まゆ姉って図々しいよね。気軽に呼ばないでほしいんですけど?」
一切の親愛を感じさせない、侮蔑と軽蔑と憎しみの混じった瞳。
まゆ姉ちゃ―――いや、雉尾先輩は、赤の他人を見るよりも遠い距離間を感じさせる目で俺を睨んでいる。そこにあるのは、明確な敵意。
「え、えーっと何か気に障る事、してたら教えてほしいんだけど……」
「君とそういう話をする気も、もう無いのがわからないのかな?
本当にどうしようもない子だね、ともちゃんが不憫だからもうともちゃんにも近づかないでほしいんだけど。あと謝らなくていいから、私の交友関係から消えてほしいんだけどお願いできる?出来たら学校からも消えて欲しいけど」
そう言ってにっこりと笑う雉尾先輩。
なんだ、どうしてだ?雉尾先輩に会うのはこの間の昼に会ってからぶりなのに、こんなに豹変されるような理由が思い浮かばない。
「そもそもよく学校に来れるよね。恥ずかしくないの?」
「なんだよ、なんでそんな事いうんだよ。教えてよ」
気が動転して何を言えばいいのかわからないけれど、理由も原因もわからなければどうすることもできない。この豹変ぶりはいくら何でもおかしい。
「さっさとこの世から消えてくれないかな。人に迷惑かけないようにね」
そう言って俺に背を向けて歩き去っていく雉尾先輩。
子供のころからよく知っていて、いつも優しくて、暖かい笑顔で、俺もともちゃんも大好きだったまゆ姉ちゃん。今、目の間にいた人が同じ人物だとは思えなかった。ただただ悲しくて、苦しくて震える。
「タロー君?」
ぽん、と肩を叩かれた。
振り返るとそこにいたのは舞花ちゃんだった。
「舞花ちゃん……」
「ちょ、ちょっとどうしたんですかタロー君?顔、涙!」
俺の様子に舞花ちゃんが慌てているが、頬を伝う滴を感じて合点がいった。
「あぁ、俺泣いてるのか」
ははは、かっこ悪いな。自嘲気味に笑うが上手く笑えない。
「あややや、と、りあえず移動しましょう!ここだと目立ちますし」
そう言う舞花ちゃんに手を引かれて、俺達は近くのカフェに連れて行かれた。勝手知ったるという様子でカフェのドアを開いて入っていく。
「マスター、こんにちはー」
店の中は木製の家具やテーブル、それにアンティーク調の調度品が飾られていた。振り子時計の音がチックタックと鳴っているのが聞こえる位、落ち着いた空間だった。
「いらっしゃい。おや舞花ちゃん。彼氏でもできたのかい?」
舞花ちゃんに話しかけられた初老の男の人が、にっこりと笑いながらそう返してくる。マスター、という事はこの人が店主なのだろう。
「違いますよ、お友達です!」
「ははは、そうかい。まぁ、ゆっくりしていってくれ」
そう言うマスターに促されて、はテーブル席に座った。
「マスター、私はアメリカンを。タロー君は何にします?」
「じゃあ俺も同じものを」
オーダーを受けてマスターはコーヒーを淹れに行った。……コーヒー豆のいい匂いがする本格的なお店だな。こんな場所があったなんて知らなかったけど、そういえば外に看板もなかったような。
「ここはマスターが半分以上道楽でやっているカフェなんです。でも味は間違いないですよ」
カウンターから、これは手厳しいと笑うマスターの声が聞こえるが、俺たち以外に他のお客さんはいない。
「……それでタロー君、なんであんな道端で立ったまま―――泣いていたんですか?」
じっと、覗うような、探るような瞳で俺の瞳を見つめてくる舞花ちゃん。
「え、えっとそれは…」
何処から言ったものか、むしろどう説明したらいいのか困る。
「焦らなくても大丈夫です。要領を得なくても問題ありません。ゆっくり、ひとつずつ、説明してもらえませんか?」
そんな舞花ちゃんの言葉に、たどたどしく、しかしなんとかうまく伝わるように、さっき起きた出来事、そしてそれ以前の出来事や俺と雉尾先輩の関係などを簡単に説明していく。子供のころから一緒で、恋愛相談を受ける位には親しかった先輩が、急に冷たくなり蔑まれ罵られたことを。
「―――おかしいですね、それ」
顎に手を当てながら舞花ちゃんは首を傾げている。
「直接の知り合いではなく面識もないのでハッキリとは言えませんが、人が人をそんな風に嫌うなんて、それも長い間交友関係があったのに急に掌を返したようになるなんて妙です」
そう言いながらうーん、と唸る舞花ちゃん。
そんな俺達のテーブルにマスターがコーヒーを置いていく。
「すまないね、話を横から聞かせてもらっていたけれど……人は理由もなく心変わりをしない。もしそのお友達と仲直り…もしくは再び話をしたいと考えるのであれば、何故そうなったのか、そのきっかけが何かなのか、もしくは誰か原因がいるのか―――それを調べる所から始めるといいのではないかな?」
そういうマスターの言葉に耳を傾ける。
「老婆心ですまないね。1つ、君の周りで最近何か変わった出来事は無かったかな?」
そう言って人差し指を立てるマスター。
――――ある。蟹沢の騒動だ。あの騒動の事は雉尾先輩を含めて学校の誰もが知っていると思う。
「その顔、何かあったみたいだね。
ではもう一つ。そのお友達の周りの人、友人、家族、恋人。そういった周りの人間に何か変わった事、もしくは君が敵視される理由などはないかな?」
2本目の指、中指もたてるマスター。どうだろう、雉尾先輩の知り合いに迷惑をかけた…?蟹沢の被害者の中に雉尾先輩のお友達がいて、迷惑をこうむった…とか?
「ふむ?そこはまだわからないようだね。とはいえ急に対応が変わったのであればその2点に絞って調べると解決の糸口が掴めるのではないだろうか」
落ち着いた雰囲気のままに、アドバイスをしてくれるマスター。ダンディな大人の渋みが醸し出す説得力が凄い。
「もー、マスター!私がそれを言おうと思っていたんですからね」
舞花ちゃんはぷんすこ!と怒っている。
「ははは、それは済まない事をした。折角の舞花ちゃんのアピールタイムを台無しにしてしまったようだね。―――それではお詫びは2人に特製プリンでどうかな」
そう言って笑うマスターや舞花ちゃんに、つられて笑う。
さっき雉尾先輩に冷たい態度を取られたときはショックだったけど、この空間、コーヒーの香り、それにこうして話したことで少しは落ち着いたみたいだ。
「ありがとう、舞花ちゃん、マスターさん。大分落ち着きました」
コーヒーを啜ると美味しい。
「美味しいです…」
つい零れた感想に、舞花ちゃんとマスターさんが嬉しそうに笑っている。
「それは良かったです。…タロー君が落ち込んでると、私も心ぱ…おほん、物足りないので!ほら、タロー君が落ち込んだままだったらスクープのネタが転がってこないかもしれませんし」
どういう理屈だろう、と思わず苦笑してしまう。
「スクープといえばやっぱり会長―――蟹沢の事は記事にはできなかったみたいだね」
そういえば学校に戻ってきたら、戸成があれだけの騒動なのに学校は詳しい詳細については説明しなかったんだよなーおかしいよなと愚痴っていた。そも学校がきっちり説明すれば『桃園太郎が問題を起こした』なんて変な噂が広まる事もなかったのに、と。
「はい、そのことに触れることは却下されてしまいました。というか私も事件に関わったということで結構睨まれています…新聞部の顧問の弥平先生に。
私の机は今日から新聞部の部室から離れたボロ倉庫に移動させられました……おかげで明日から私だけぼっちです。
新聞部の勢いがあった何世代前かの頃に使っていたもう一つの部室らしいですけど。第二新聞部扱いとか言って新聞部の島流しにされちゃってます。個室を与えられた、と思えばそう悪くないかもしれませんけどね」
たはは…と笑う舞花ちゃんだが、それっておかしくないか?というか舞花ちゃんがそんな事をさせられる理由がないだろ。
「弥平?……弥平かぁ」
雉尾先輩が惚れていたのも弥平先生だった。その弥平先生は新聞部の顧問で、舞花ちゃんに嫌がらせをしている?
「舞花ちゃん、実は――――」
俺はそう言って舞花ちゃんに弥平先生が気になる事を話した。
本来は言うべきではないかもしれないが、どうにも舞花ちゃんの件ともかかわりがあるような気がしたのだ。態度を豹変させた先輩が惚れていたのが弥平先生で、その弥平先生への恋愛相談を受けていたことを話す。雉尾先輩には申し訳ないけど、舞花ちゃんも巻き込まれているのと今の状況は変だ。
「―――それはなんというか、妙ですね。調べてみましょうか、弥平先生の事」
俺の話を聞いた舞花ちゃんも違和感を感じたようだ。
「ふむ。2人とも、危ない事はしないようにね。はい、特製プリン」
話がひと段落するのを待っていたのか。マスターがそう言いながらそれぞれに特製プリンを出してくれた。
ウマッッッめっちゃウマッ!!!なにこれ美味すぎる!!!と2人で食べるのであった。また今度プリン食べにこようっと。
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