7 映

 結局、ぼくと山下理緒菜はそのままアメリカ軍横田基地まで運ばれる。そこでぼくたち二人が撮影した電子映像も含めてジェンキンズ小隊および後にミッションに参加した別の小隊が撮影したすべての映像がそれぞれの形式に沿って点検され、用意され、その後の解析にまわされる。応援の小隊が駆けつけるまでのほとんどの映像が程度は種々だがぼやけていて何が写っているのか判然としない。判然としているは応援の小隊が駆けつけた後の映像や写真、別の言い方をすれば、最後の大爆発が起こって怪物が去ってしまったと思われる後に記録された映像や写真ばかりだ。だが、ぼくがそのことを知るのは時間的にはもっとずっと後のことになる。

「埒が明かんな」

 ぼくの知らないアメリカ軍横田基地内の会議室で人工衛星落下後宮ケ瀬湖近傍山中爆発事件対策会議の指揮を取っていたアメリカ空軍のライス中将が首を捻りながらそう呟く。

「肝心要の録画や写真類がみなピンボケだ。それ以外のものはみな皆鮮明に写っている。不必要なものばかりが皆鮮明に残されている。この写真は何だ。確かにアルファベットかあるいは何処かの古代文明の古文字に見えないこともない。片目を瞑ればマヤ文字にも見えてくる。別の片目を瞑ればまるでハングルのようにも見えてくる。そしてこの写真はどうだ。ただの山の爆発後の姿だ。現象自体はともかく怪しいものは何も写っていない。爆発の衝撃を受けて剥き出しにされた山と斜面が写っているだけだ。爆発の衝撃を受けて抉られた山の斜面と折れた木々が写っているだけだ。それら二葉の写真はほぼ同じ地点のものであるにも拘らず何処にも共通項が見られない。確かに大雑把に眺めれば同じ地形のようにも思えるが目を凝らして眺めた途端に違うものに変わってしまう。わたしには何が何だかさっぱりわからん。誰か意見をくれ!」

「ジェンキンズ中尉とその部下たち、および日本の民間人が揃って見たという怪物については一葉の写真も残されてはいませんな。このことについてはどのような理由が考えられるのでしょう?」

 ぼくの与り知らない何処かの会議室で会議参加者のひとりの陸軍中将が質問する。それにまた別の階級中将や佐官や軍関係者や軍医や解析部員やその他のものたちが答え、さらなる疑問を膨らませていく。

「この赤色っぽいのが怪物だという主張でしたね」

「だが光の加減で色がついたようにしか見えないだろう」

「別の電子映像でも同じ時刻と場所のものが同様に赤みがかって写っていたので、それが証拠といえないこともありませんが……」

「確かに状況証拠だな。兵士や民間人の精神状態の方はどうだ?」

「全員が同時に狂うことはないでしょう? そういった兵器を各国で秘密裡に開発中なのは存じていますが、あの場所にあの時刻にそれがテストされたという事実はありません」

「最初に現場に降下した分隊の兵士は皆死んでいるが、それについて何か意見は?」

「怪物に飲み込まれたという話ですが、もちろんその証拠はありません」

「何故骨だけ残されたのか理由がわかるか?」

「怪物が喰らったのだとしたら美味しくなかったからでしょう」

「冗談を言っておるなら出て行ってもらうよ」

「怪物を前提してそれに目撃証言を加味すれば、そんな推論も成り立つということですよ」

「肉と骨というのが興味深いな。確か現場では歯も見つかっているのだろう?」

「はい。もちろん骨も歯もすべてのパーツが揃っているわけではありませんが…… 識別が楽なのは無論歯の方です」

「それはそうだろう。しかしそうすると代謝の速さかもしれませんね。怪物の認識する時間感覚がヒトのそれより遅いあるいは瞬間が広いとすると、肉は生きていて骨は死んでいると感じられたのかもしれません」

「怪物の存在を前提にして話を進めて良いものかどうか? 日本政府には怪物のことは伝えていなんだったな?」

「人工衛星の不幸な事故だったとしか報せていません。人工衛星内に機械の不調で消費されずに残った燃料に起因する爆発事故と説明しています」

「だが民間人が帰れば、それでは通じないだろう」

「始末しますか?」

「いや、そういう話ではない。彼らは大切な証拠品だ。簡単に殺すわけにはいかない」

「ロシアや中国は狙ってきますかね?」

「いや、いまのところその危険性はない。その件に関しては大統領と外務省を通じて話がつけてある」

「あんな文字通り人でなしの国の人間を信用して良いのものかどうか?」

「今回の人工衛星落下事故に関する怪物の件を彼らはまったく掴んではおらんよ。その点は間違いない。いま彼ら二国が求めているのは日本近海のレアアースとメタンハイドレートだ」

「それはそうですが…… あとは韓国のことは気にしなくて良いのでしょうか?」

「あそこは経済状態と北朝鮮問題でそれどころではないだろう」

「そういうことなら台湾も中国との関係からいって動けませんな」

「ああ、諸君。話を戻して……」

「すみませんでした。ところで怪物については日本人民間人の男=ショウ・ウエハラが面白いことを述べていますが、紹介しますか?」

「あれは戯言だろう」

「いや、怪物を前提すればすべては戯言と区別がつかない。続けて……」

「彼は論理が違うのだろうと主張しています。もちろん彼自身それに何の確証もないことを理解していますが……」

「論理というと?」

「怪物と我々人類――彼が言うにはもっと意味が広くてこの地球環境に生まれたすべての思考する生物ということになりますが――における論理の違いです」

「それだけじゃわからんな。もっと詳しく……」

「では取り敢えず人間に限って説明しますが、我々人間は例えば思考をする際に、光と闇、善と悪、一と他というような二項対立から逃れることができません。そういった論理的な概念が関係します。もちろん上記の相対主義については仏教の中観派の考えである「縁起」の概念を上位概念として用いれば解消できますが、その考えを推し進めると言葉による説明自体が不可能になってしまうので、それについては割愛します」

「続けて……」

「普通に考えれば、それは生物的な埋め込み、すなわち最初のDNAあるいはRNAコピーから齎されたものだと考えられますが、彼はそういった見方をしていませんでした」

「ほほう……」

「彼がいうには、先見的(アプリオリ)なのが二項対立の方だとは考え難いというのです。脳に先にその機構が埋め込まれているとは…… そういった先見性が最初のDNAあるいはRNAコピーから齎されたものだとは…… そして同様に彼は例えばチョムスキーの普遍文法も同じようなものだというのです。人間だろうと、宇宙人だろうと、ロボットだろうと、何処かの星の軟体生物だろうと、未知の時空の鉱物生物だろうと、チョムスキーによれば、脳内に普遍文法さえ書き込まれていれば会話は可能です。もちろん、そうでない場合は会話不能です」

「とすると?」

「そこで彼は考え方を変えて、アプリオリなのは概念の抽象化の方ではないかとしてみたのです。そうですね、何と申しましょうか、抽象化過程のアルゴリズムの方ですね。これならば進化論的に説明できるというふうに……」

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