第4話

 黒い血液を辿っていった先に見えたのは暗闇の森林地帯に明らかにやばそうな雰囲気を醸し出している洞窟。

 入れば一生出ることはできないだろうという空気が肌にひしひしと感じるように伝わる。

 だけど、入らないという選択肢が勇気にはなかった。


「行かなきゃ。アリスさんがいるかもしれない」


 先ほど襲撃した怪物が流した血を辿った先にあったこの洞窟はその怪物の根城かもしれない。

 つまりはアリスがいる可能性が浮上してくる。

 大切な人が攫われたとあっては気が気でない。

 それどころか、今どんな目にあっているのか考えたくもない。

 もっとも居場所の可能性が高いこの洞窟に入るのは必然といえるし躊躇してる暇なんかない。

 腰鞘に納めたナイフを手にして洞窟へと入る。

 携帯電話のライトを使い周囲を照らしながら足場を確保して慎重にゆっくりと進んだ。

 奥へ奥へと足を進めるごとに異常な臭気が漂い始め、顔をしかめた。


「この臭い」


 幾度となく、養父に連れられて足を運んだ戦場で何度も嗅ぎ、いやというくらいに嗅ぎなれてしまった臭い。


「やっぱり、あたりだ」


 洞窟の進んだ先にようやく広々とした空間にたどり着けばそこには無数の骸骨と血肉の欠片や衣服に体毛などが散乱していた。

 一言でいえば死骸。

 

「人間だけじゃなく、動物も食べているのか」


 ますます記憶にある知識の中である一体の怪物が該当してくる。

 これはまずいと携帯のメールで養父へ正体について送信しようとしたとき、奥からかすかな女性の息遣いが聞こえた。


「アリスさんっ?」


 極力を声を落としながら彼女を呼んだ。

 返事はないがわずかに聞こえる。

 メールを送信するのをやめ、近くの死骸の骨を手に取り、衣服を骨に巻き付けたものを手にしてさらに奥へと歩を進めた。


「っ」


 奥のほうにはさらに広い場所があった。

 そこには無数の人の形をした怪物たちがひしめき合うように眠っていた。

 図体は人の形に近いがその姿はあまりにも人間と表現するには異形で、衣服を身にまとってはおらず色白で体毛はなく、目が窪んだようになっており、鋭い牙が口から覗き、鋭い爪まである。

 

「やはり、人食い鬼ウェンディゴ


 

 北米などでしられる精神病からなぞらえてその名がつけられている怪物。

 自身が悪魔に取りつかれたと思い込み、周囲の人間が食べ物に見え始め、食した人間がやがて人食い鬼と化した存在だ。

 元は人間であった存在であるが結局は化け物に堕ちた者。

 慈悲など感じていれば即座にこちらが彼らのえさになる。

 珍しい、本来ウェンディゴは夜間は起きているはずだった。

 だが、なぜだか、ここのウェンディゴたちは皆が眠っていた。


「なんで寝てるんだ?」


 ふと、小さな足音が背後からして勇気は手にしたナイフで迎撃しようとした瞬間逆に相手の行動が一枚上手で素早く喉元に何かが当てられた。


「動かないで。どこの誰だかわからないけどこのまま……って、勇気?」

「アリスさん、生きてたんだねよかった」

「勇気こんなところで何してるの?」

「助けに来たにきまってます」

「馬鹿ね。私のことなんか放っておいて逃げなさいよ。お父さんにもそう指示を受けていたんじゃないの?」

「それは……」


 彼女の言う通り、逃げろとまでは言われてはいなかったが遠回しには総いわれていたようなものであり、救援を呼ぶようにも指示を受けていた。

 だけれど、それを無視で勝手にこうして助けに来てしまっている。


「あとでお叱りを受けるわね」

「別に構いません。黙って言うことを聞いて公開するより怒られているほうがましです」

「あなたは本当にバカなんだから。でも、うれしいわ」


 そういって、アリスに勇気は抱きしめられて少しだけ照れた。


「そ、そんなことよりもこれはどういうことですか?」


 彼女の抱擁から抜け出して、周囲の状況を勇気は彼女に問いただした。

 この仕掛けは明らかに彼女がしたものに違いないと考えたからだ。


「これよ。もし自分の身がピンチになったときのためにと用意しといたのよ」


 彼女は小さなボールのようなものを取り出した。


「これは?」


「即効性の催眠玉よ。人間には害のないように私自身がアレンジして作った対怪物ような武器ってところ。まあ、あと一個しかないのだけど、まあもう使うことはないでしょうけどね」


「あいかわらずすごいですね」


 彼女はものすごく頭がよく、たまにこうして独自の武器を開発して怪物を退治していた。

 

「将来的にはハンターよりも教会の裏方志望だしこれくらいで来ておかないと問題あるしね」


「将来」


 その言葉を聞いてずきりと胸の奥にとげが刺さったような痛みが走る。

 将来というのは自分の目指すべき未来を指す言葉。

 勇気にはその未来には暗闇しかないからこそ痛みとして刺さる。

 勇気の陰鬱な表情を見て感じ取ったからか、アリスは話を変えるように勇気の手元を指さして言う。


「さて、勇気その手にある道具。どうせ使う予定だったんでしょ」

「え、あ、うん」

「じゃあ、貸して頂戴。今から燃やすわ」


 そういって彼女は骨の衣服に火をつけようとしたとき、彼女の手に向けて何かが飛んできた。

 アリスは骨を落とし、その場で手を抑えて蹲る。

 アリスの様子を見て驚愕する。手から流れる尋常ではない出血。


「アリスさんっ」


 彼女の流した血液は最悪の連鎖を生み出す。

 背後でのそのそとした音が聞こえる。

 ゆっくりと振り返ると鬼たちがゆっくりと瞳を開け始めていた。


「アリスさん、ごめん」


 勇気は彼女をお姫様抱っこして洞窟を入った出入り口へ戻るように駆け出した。

 出入口へとようやくたどり着いたとき、目の前に誰かが倒れているのを目撃する。


「え、父さん?」


 次の瞬間後頭部に強い衝撃が走る。


「ったく、てこずらせんなよな」


 何者かの若い男の声を最後に意識を失った。

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復讐の妖魔退治の少年 ryuu @ryo22manner

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