第3話

 いつも訓練の本番は夜中にやってくる。


 勇気は緊張に鼓動を速めながら聖書を片手に父と姉と一緒に、宿泊しているキャンプ地のコテージの立ち入り禁止区域エリアに歩いていく。


 「ここが噂のある行方不明者が続出しているっていう広場ね」


 懐中電灯を周囲に照らしながら姉が期待していたのと違うというような思いを表情に浮かべながらがっかりとしてため息をこぼす。


「おい、アリス。仕事で来ていることを忘れるな」


「はいはい。でも、もう少し何か違うのを期待したっていいじゃない」


「お前な……。それより、お前たちココをよく見てみろ」


 父が何かを見つけたのか懐中電灯である一か所を照らした。


 勇気とアリスは言われた場所を見てみると、そこには何かごみが散乱している。

 

 それもどれもが真新しい。カップ麺やジュースなどが入っていた秋のペットボトルだ。


「これって誰かがいたってことですか?」


「それもついさっきまでね」


 勇気とアリスは父の反応をうかがうと彼はゆっくりとうなづきながら懐の拳銃に手を伸ばした。


 勇気とアリスもそれを見て、同じように武器を構える。


 勇気はナイフをアリスは拳銃を手にして、それぞれ父の背後をついて禁止区域にされている広場の周辺の茂みをかき分けて奥へ進みだした。


「ねぇ、父さん。そんな馬鹿な行動をしている奴を救うとか言いださないわよね?」


「アリス、俺たちの仕事を忘れたのか」


「でも、相手は肝試し気分で来た馬鹿な犯罪者よ」


「そうだとしても、彼らは何も知らないんだ。救う義務はある」


「はぁーあ。私めんどくさいの嫌なんだけど」


「お前というやつは相変わらず……どうして」


 と言葉を続けようとしたときに奥から男性のような悲鳴が聞こえた。


 急いで声の方向へと駆け出していく。


 勇気たちも慌てて、父の後を追う。


 父は何かを見たのかそちらに向けて拳銃を発砲した。


「父さん、何か見たの!?」


「いや、だが確かに人でないのがいたのは確かだ」


 逃げられたことに悔しそうな表情で銃口を下ろして、ゆっくりとある方向に懐中電灯の光を照らした。


「うっわぁ、派手に食い散らかしているわね」


 その光に照らされた場所には人と思われる半分だけ原形をとどめた内臓のない肉片とも呼ぶべき一人の男性の死体があった。


「調査通りに内蔵だけ食われているな」


 父親は冷静にその死体を分析しながら観察していた。


 勇気はそこから少し離れた茂みに何かがあるのに気づいてひとりでに歩いて近づいた。


「源蔵さんっ」


 勇気は慌てて、父のことを呼ぶと彼は近づいて、勇気が照らした場所を見た。


「まだ生きているのか?」


「わからないけど、一応だけど脈は正常に動いている」


「ちょっと、あの襲撃でこの人だけ生き延びたっていうの? 怪しいにおいしかしないじゃない」


 姉は容赦なく銃口を向けたがそれを咎めるように父親がその銃口をつかんで下げさせた。


「まだ決めつけるのには早い。まずは彼を起こして事情を聴いてからだ」


「はぁ、わかったわよ父さん」


 素直に従いつつも姉はふてくされたように少しその場から離れて自分たちが見える距離の大木にそっと背中を預けた。


「勇気、彼をゆすって起こしてくれ」


 言われた通りに勇気は彼をゆすり、父親が注意をしながら獣のトリガーに手をかけていた。


「うぅ…………はぁっ! 化け物来るなぁあああ!」


 目を覚ました彼は明らかに錯乱し、勇気を弾き飛ばす。


 日ごろ鍛えれている勇気は、錯乱した彼の両腕を素早くつかんで取り押さえて優しい言葉をかける。


「だ、大丈夫です! 落ち着いて!」


「え……あんたたちは……」


「国からの依頼で来た環境保護団体の者です」


「環境保護?」


「そうです。ここらで行方不明者が多くいたり、熊の目撃情報があるために捜索に来ました」


「熊? あはは、そうか熊か。そうだよな。あはは」


 妙に自分の中で信じられないようなものを見た現実を逃避するかのように言い訳じみた独り言をつぶやく彼。


「なぁ、君たちはここに何をしに来たんだ? ここは立ち入り禁止区域だぞ。わかってるのか?」


「っそれは……」


「まぁいい。君たちはさっさとこの場から立ち去って帰るんだ」


「そ、そうだ! 俺連れがいるんだ! そいつが何かに……たぶん、熊だと思う。襲われたんだ。だから、助けてくれないか」


 森で妙な怪物の襲撃者に襲われた男性は連れの友人を助けてくれと懇願した。


 その彼の言う友人とは先ほど死体になっていたものだろう。


「あなたたち、自業自得よ。その彼はもうこの世にいないわ。さっさとあなただけでもこの場から去りなさい。帰り道までは送ってあげるから」


「え、この世にいない? 何言ってんだよ。そんな馬鹿な事」


 彼は立ち上がって動いてしまう。


 アリスのほうへと迫っていく。


「ちょっと、待つんだ」


「そっちにはいかないほうがいいです!」


 勇気と源蔵の言葉を押し切って彼はアリスのほうに近づいて歩いてしまった。


 そちらには彼の言う友人の亡骸があるというのに。


「え……、うわぁああああ!」


 友人の死体を見て、嗚咽をまき散らしながらその場に吐しゃ物をまき散らす。


「ちょっと、汚いじゃない。もう、ここに来たのも自業自得だってのに何をそんな慌てる……」


「アリスっ」


 さすがにこれには源蔵が父として怒り、アリスへと近づいて拳骨をした。


「いったァ、なにすんのよ」


「お前というやつは少しは慈悲ってものを見せろ」


「だって、こいつらは自業自得な犯罪者よ。慈悲なんて向けるほうがバカじゃない」


 勇気は姉の言い分も分かっているがあいもかわらずそうした犯罪者に対しての冷たさの彼女には殴られて当然という思いもあったので同情心などなかった。


「さあ、事情はどうあれ状況が君もわかっただろう。帰り道は付き従うからさ当たってこの場から離れよう」


「うぅ……」


 襲われた被害者の手をつかみ無理に立たせようとしたとき、森林に響く恐怖の遠吠えが聞こえた。


「あんたら、熊って言ったよな! 熊があんな風に遠吠えなんかするわけない! あれはやっぱり化け物だ。うわぁあああ!」


 再び錯乱し始めた男性はひとりでにその場から走ってどこかへ行ってしまう。


 慌ててアリスが呆れたように後を追いかけるように走る。


 勇気もそのあとを続けるように走った。


「おい、アリス! 勇気! お前ら単独行動はするなっ!」


 父の怒号が聞こえたが無視をして暗い茂みの中をかけた。

 

 だいたいの目印はつけてある範囲はあるので帰り道はわかるけれども、その範囲外に行ってしまうと大きな問題になりかねなかった。


 勇気は姉の背中を見える範囲にしっかりとらえながら見失わないように追いかけると急に姉が足を止めたのを視界でとらえた。


 それと同時に異常な事態が発生したのを自覚した。


「っ!」


 姉が拳銃を取り出して発砲をする。

 何かと取っ組み合いになる彼女の姿。

 

 次の瞬間に大きな茂みの中へと姿が消え、彼女の悲鳴だけが聞こえた。


「アリスさんっ!」


「勇気、来ちゃダメ! お父さんに……きゃぁああああ!」


「アリスさんっ!」


 慌てて彼女の悲鳴が続くほうへと変えていったがわずかに引きずられた痕跡しかみられず、その痕跡も途中で途絶えてしまった。


 あきらめたように元の道を戻ると道中に襲撃者から生き延びた男性の一足の靴

が落ちていたのを見つけた。


どうやらアリスの目の前で再び襲われたのだとわかった。


「くっそ、暗過ぎて正体が全く分からないなんて」


あれだけの近距離でいながら正体がわからなかったどころか、襲撃者へ向かう勇気がすぐに出せなかった。


「勇気っ!」


 そのあと、父親が追いついてきた。

 勇気の頬を殴る。


「馬鹿野郎! あれだけ単独行動はするなと教えただろうが!」


「すみません、父さん」


「それで、アリスは?」


 勇気は痛みにうずく頬を抑えながら、奥を指さした。


「そうか、連れ去られたか」


 父は冷めた表情で何か覚悟を決めた様子で、無線機を手渡した。


「勇気、お前はこれをもって元の場所へ戻って救援を要請しろ」


「と、父さんはどうするんですか!」


「俺は一人でいく」


「だったら、僕も」


「いうことを聞けないやつが来ても足手まといだ。お前は言われたことをするんだ。いいな」


「……わかりました」


 こちらが指示に従った様子を見て彼はそのまま、奥地へ足を進んでいった。


 勇気は預けられた無線機を手にして元の道を戻るように歩き始めた。


 だが、その時妙な気配を感じて周囲に目を向けた。


 まるで息遣いでもするような呼吸音が聞こえる。


 勇気はナイフを手にして構えた。


 何かが頭上からとびかかってきた。


「うぉおおおっ!」


 咄嗟に相手の急所をめがけてナイフを突き出した。


「ぎゃぁあああ!」


 怪物の悲鳴が聞こえる。


 慌てるように離れてどこかへと去るように姿を消しながら逃げて行った。


「今のは鬼……?」


 勇気は切り裂かれた傷口を見て、自分の血ではない別種黒い血も付着しているのに気づいた。


「これ……」


 光を照らして黒い血が延々と奥へと続いているのに気づく。


「もしかしたら……」


 勇気は生唾を飲み込んで、父の指示を無視して元の場所に戻らずその黒い血をたどるように歩き始めた。

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