僕を殺してください

田土マア

僕を殺してください

 夜も深くなっていき、ちょうど1時を回った頃、玉野は一人の男性と会う約束をした。それは出会い系の掲示板で知り合った顔すら知らない相手。待ち合わせの場所に本当に来るのかすら分からないが、玉野はそこで待っていた。


『猫峠公園で1時頃に会える人いませんか?』


そこに一通の返信が始まりだった。


猫峠公園はこの街では出会い系での巣窟として有名だった。しかしながら、こんな夜遅くに書き込む人は少なく、玉野一人の投稿だけだった。


 待ち合わせの相手は、浜辺という男性で、白いシャツにジーパンというよく居そうな格好で来るらしい。

 玉野はスマホを触りながら公園のブランコに座り込む。最近の話題を下から上にスライドしてスルスルとながら読みをしていた。

 10分もしないうちに一台の車がやってきた。ライトに照らされた玉野は少し眩しそうな顔をしたが、浜辺が本当に存在して、待ち合わせ場所に来たという事実が玉野は嬉しかった。ブランコから立ち上がるとゆっくりと車の方に向かう。

 ライト越しに見た車は真っ黒だったが、近づいていくとうっすらと青いのが分かった。


「君が、玉野さんかな? こんな時間にどうしたの? 見る感じまだ若いし」

車の窓を開けて浜辺が話しかける。少し優しそうな声で低音が耳に心地よかった。

「初めまして…」

そう玉野は口にする。ここ二日くらい誰とも話していなかった玉野の口はぎこちなく動き、唇は乾燥していた。

「とりあえず乗る? そこ、寒いでしょ」

浜辺は冬空の下に一人、玉野を置いていることが気がかりになった。

「じゃあ、失礼します。」

履き潰したスニーカーを浜辺の綺麗な車のシートに乗せ、ブランコで付いたゴミを払うようにズボンをはたいてから乗り込んだ。


「とりあえず、ドライブでも行く? ここから見える夜景も綺麗だけど。」

猫峠から見える夜景は、街灯と深夜もやっているファミレス、コンビニくらいだった。


「いいや、ここでいいんです。」

玉野はボソッと口に出す。浜辺は分かった。と頷いた後に理由を聞いた。


「僕、もう諦めてるんです。」


急に玉野から発せられたハッキリとした言葉。浜辺は玉野の口からこんなにもハッキリと言葉が出てくることに少し驚きつつ、車のライトを消してエアコンだけ強めにかけてくれた。


「何を諦めたの?」

浜辺はゆっくりと言葉を間違えないように発する。

「僕、人付き合いが苦手で、大事にしたいなって思う友達は何人かいるんです。でも…」

玉野は少しずつ震えながら口を開いてゆっくりと事情を説明していく。

「人と出会って、仲良くするうちに、傷つけちゃうから、だから、大切にしたいって思ってももうダメで。」

浜辺は黙って玉野の言葉を待った。車内はエアコンの音と玉野の声以外何も鳴らない空間になっていた。


「もう、単刀直入に言いますね。浜辺さん、僕を、僕を殺してください。」

浜辺はただの相談を受けていたかと思えば、急に飛び出した殺害の要求に頭が空っぽになった。

「ちょっと待ってくれる? 俺が、君を…?」

事実確認をするように頭の中を整理する浜辺だったが、整理すらさせる隙を玉野は与えなかった。

「こうして言うことによってまた人を傷つけてるんですよね。分かってはいるんです。これが自分のいけない事だというのも。でも…!」

玉野から流れる少しの涙を浜辺は見逃さなかった。浜辺は膝の上で拳を握りしめる玉野の肩に優しく手を置いた。


「辛かったんだね、でも、俺は傷なんかついちゃいないよ。俺は確かに傷ついちゃいない」

玉野の発言を受け入れ、そっと寄り添うように声をかける。

「でもね、君は傷ついてるんだろ? それは多分俺には見えない、それは君にも見えない。体の傷じゃないからね。」

玉野がえづくように泣き始めた。そして泣きながら言葉を続けた。

「僕は僕が嫌いだ、こうやって誰かに寄り添ってもらって、そうだねそうだね、って共感を求めて。」


「俺はさ、自分が好きだよ。だって周りが俺を大切にしてくれなかったら、自分を大切にできるのって自分だけじゃん?」

玉野は涙を流しながらも黙って頷いた。

「君は周りを傷つけた自分がダメだって思い込んで自分を傷つけてることにきっと気づいちゃいないんだ、自己肯定感とかいう言葉があるけど、それを高めようってみんな思ってるけどさ、別にそんな無理をしなくてもいいと思うよ。」


玉野は少しだけ呼吸を整えて涙顔のまま、浜辺の方を見る。

「人の痛みを感じ取りやすいんだ、君は。だから、自分を卑下して誰も傷つかないようにしてるけど、傷ついてるんだよ。君自身が。」

浜辺は少し自信気に玉野に諭す。

「それはメンタルが強いとか弱いとかじゃないんだと思う。痛みに気づけるんだよ、だからさ、もっと自分の痛みにも気づいてあげなきゃ、痛いだろ? 君の心だってそう叫んでるよ」


玉野は再び涙を浮かべながら少し下を向く。


「別にすぐに出来なくてもいいんじゃない? 痛いな。って思った時にそうか、今僕は痛いんだ、って思えるようにしてみなよ。それは周りを傷つけてるとか考えなくていい、その時は自分に素直に向き合ってごらん」


玉野はぐしゃぐしゃになった顔を服の袖で拭おうとするが、浜辺に止められる。

「おいおい、そんな、服で拭わない、そこ開けてみな、タオル付いてるから。」


言われた通りに車のグローブボックスを開けて、綺麗なタオルを取り出して顔を拭いた。


「よし、じゃあ君が自分と向き合えるようにおじさん、車走らせるぞ! 折れは過去の君を殺してやった。だから君は過去の君じゃない。」


そう言って浜辺は車のライトを点けアクセルを踏んだ。

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僕を殺してください 田土マア @TadutiMaa

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