魔章五幕
第378話 破綻譚
▽第三百七十八話 破綻譚
ディスが捕まった。
おそらく首謀者はグスタフ王子。そしてその配下である中位・最上の領域到達者――【黄金騎士】ギデオンである。
単体ならば最上下位の実力しかないギャスディスだ。
おそらくは単独行動中にギデオンに襲われ、拉致。
そのまま【拷問術100】の人物から苛烈な拷問を受けているのだろう。
それ以外の要因でギャスが捕まるとは思えない。生粋のお馬鹿だが、簡単な罠くらいならば直感で避けるのがギャスディスだから。
メドはタバコを咥えて火をつけた。紅い炎が揺らめいている。
「王城に転移。転移させるのは俺だけで良い」
「わたくしたちも参ります」
「いや。敵がアリスディーネちゃんを警戒していないはずがねえ。絶対に転移に対する罠がある。危険だ」
「…………組長さまが仰るならば、解りましたわ」
歯噛みするアリスディーネに対し、隣のダーヴァは無表情で応えた。
「知らない………………罠など……壊せば……良い」
「そうだな。ターヴァちゃんも来て良いぜ。過剰戦力だとは思うがな」
メドはターヴァのことを信用している。
最初の配下ということでもそうだし、実力的にも思考能力的にも相方とするには十二分だと評価されている。大抵の罠は真っ向から突き破る。
アリスディーネよりも信用できる、と見られている。
そのことはアリスディーネも弁えていて苦言を放つことはない。どころか「ターヴァがついていくなら良かった」とホッと胸を撫で下ろしているくらいである。
そのような中、一人だけそわそわしているのがグーだった。彼女は不安そうにメドを上目遣いに見上げた。
「あ、あの……グーちゃんは」
「グーちゃんも待機だ。敵がまともならば……まあまともじゃねえが、普通はこっちの拠点も攻めてくるだろう。アリスディーネちゃんと一緒にギャスちゃんを守ってくれ」
「う、うん解った。グーちゃん、守る!」
いくらギャスに【苦痛耐性】を与えようとも、【拷問術100】が全力で繰り出してくる拷問には耐え切れない。
あれはもはや概念攻撃だ。
気合いや気力でどうこうできるものではない。
むしろ、下手に強いディスは「手加減」されない可能性が高い。肉体と精神の強度的に【拷問術】者も全力を出せてしまうことだろう……
あらゆるものを双子の片割れと「共有」する固有スキル。
それがギャスディスにはある。それによって二人で一本の剣を使うという異質な剣術が、あの二人をコンビならば上位に変えてくれていた。
が……今回のような片方が拉致され、拷問されてはデメリットしかない。
弱っているギャスを守り抜くのは、アリスディーネだけでは不安だった。あくまでも彼女の強みは自由自在な転移にあるのだから……そして転移を防ぐ手段は思いの外多い。
対策されているときのアリスディーネへの戦力評価は難しい。
「行くぞ。頼むぜ、アリスディーネちゃん」
「ご武運を組長様。ターヴァさまもしっかりとサポートするのですわよ? わたくしに代わり行くのですから」
「…………承知……した」
二人はアリスディーネの術によって転移した。
▽
アジトに残されたのは、未だ苦痛で呻くギャスとグー、それからアリスディーネだった。いつもは誰よりも元気なギャスが苦しそうに呻くだけ。
それはとても痛々しい現場だった。
グーは無力感で拳を握り締め、アリスディーネは苦痛を和らげる薬を見繕おうと歩き出した。
その時だった。
突然、アジトが吹き飛んだ。
あまりもの突然の出来事だったけれど、この場にいる全員が最上の領域到達者である。約一名についてはそれさえも超越した魔王である。
吹き飛んで瓦礫と化したアジト。
その跡地には五名が対峙していた。
無論、このアジトを使用している「勇者一行」……それに立ち塞がるようにして、三名の新しい人物がいた。
「オウジン・アストラナハト。それに……悪魔」
軽く肩を竦めたのはオウジン・アストラナハト。隻眼以外の何の特徴もない男である。だが、この男がかつて存在していた魔女の代表であることは、アリスディーネの警戒度を高めている。
その魔女の隣で佇んでいるのは、十枚の翼を有している悪魔。
漆黒の翼を有する、洒落た伊達男。ギラギラしたシャツを見事に着こなした――白目のない、黒塗りの瞳を持つ男だった。
その威圧からして――カラミティー。
悪魔が嗤う。
「【契約殺戮】と呼ばれておりますぞ、こちらノックスハード。で、こちらが持参しておるのが、貴殿たちのお仲間……ディスさんですぞ! ……ありゃ、ギャスさんでしたか? ヒトゴミの顔は違いが難しいですぞな」
そう。
悪魔――ノックスハードが手で掴んでいるのは、意識を失っているディスだった。頭を掴まれたまま、ぶらぶらとぶら下がっている。
その姿はとても惨かった。
全裸に剥かれているのは良いだろう。
だが、問題はその腹にまったく肉がないことだ。すべての骨、内臓が剥き出しにされている。その状態で「生かされている」。
凶悪な拷問術による、取り返しのつかない、拷問だった。
思わず悲鳴をあげるアリスディーネを咎めるかのように、ノックスハードが肩を揺らす。合わせて揺れるのは無残な仲間の姿である。
「さて、さて、さて。こちらには人質……いやゴミ質ですぞな? 下手に動けばこのお方を殺しますぞ」
「……!」
「あ、今、いまいまいまいまいま! お仲間のために動くなと命じたのに、なんと心臓を動かしましたな!? なんてこと! まるで当てつけのように言った側から動く! 酷い酷い! お仲間なんてどうでも良いですぞな!? なんて非情! 人類種などやはり淘汰すべき不浄ですぞおおおおおおおおお!」
ノックスハードがディスの内臓をひとつ引っ張って剥がした。
二つある肺の一つだった。それがまるで玩具の人体模型じみて、簡単に人体から外れてしまった。
「お、お止めなさい!」
「動くなと言いましたぞな。今度は瞼と唇と声帯まで動かして……なんて酷い酷い。人類種に情などございませんですぞ……なんと醜い種族」
動き出そうとしたノックスハードの顔面へオウジンが短剣を突きつけた。
「遊ぶな。不快だ」
「オウジン…………やはり魔女も人類種ですぞな? ゴミが……」
「解った訂正しよう。俺はこの場で起きるすべてを知っている。お前が遊びではなく、本心から行っていることは承知している。が、やるな。計画が失敗するぞ」
「……よろしいですぞ、くひひ」
気を取り直す、とでも主張するかのようにオウジンが咳払いを零す。その手に握られた武器の煌めき。見たこともないようなデザインの短剣については記憶があった。
それは……神器。
おそらく――オウジンが手にしているのは【
ごくりとアリスディーネは息を呑む。
神器の中でも厄介な神器である。かつて魔王を監視する際、ある意味で【譲渡】以上に頼りにされていたはずの神器。
アリスディーネは、今にも飛び掛かろうとしているグーを手で制止しながら問いかける。
「オウジン・アストラナハト。貴方はどうやって組長さまの推理から脱したのです」
「単純なことだ。悪魔の因子には『スキルの影響を破壊する翼』がある。そこのノックスハードは固有スキルの関係上、常に翼を解放しておけるのでね」
「……組長様はスキルによって知能を上昇させている。すなわち、組長さまのスキル補助されている知能は、【キムラヌートの一翼】解放時の悪魔を勘定に入れられない……」
本来、自己を含んだ周囲に影響する【キムラヌートの一翼】……それを過大解釈行使することにより、自分たちだけをスキルの影響下から解き放ったのだ。
「明察だ。この事実を俺が理解するまでに何度視たことか……俺の未来視もメドの『知能』も、ひとつ狂うだけでガラクタとなるのは同様だな」
メドは騙された。
おそらく王城には何もない。それは当然のこと。だってメドが救出に向かったはずのディスがここにいるのだから……
「本当にこの状況を作るのは大変だった」
オウジンは溜息交じりに言う。
「何億か。メドはいつも肝心な時に気づく。だからこそ魔王さまをこの場に残すという妥協をさせられ、俺がこの場で魔王さまを止めるために現れる必要が出てきた」
「いくらカラミティーが居るとは言え、こちらにはグーさまが居ますわ。勝てるとお思い?」
「それについては貴女がよく理解できているだろう。今の魔王様では【純血】を対処できないはずだ。これに関してはぶっつけ本番で戦々恐々しているのだがね」
「【純血】をそこまで長く行使できると?」
「できるから来ている。俺はこれでも魔女の長でね、薬に関してはすべてを知っている」
「………………」
なんて会話を交わしている隙に、アリスディーネは魔法を完成させていた。転移系の魔法には時間が掛かる。とくに居る場所のあやふやな存在を、強制的に転移させるのは難度が高い。
それをアリスディーネは隠蔽しながら、人類種史上最速で完遂させた。
呼び出すのは無論、メドとターヴァである。
あの二人がいるならば、こちらの勝利は確実だ。
アリスディーネが転移を行使す――
「――もちろん」
オウジンが懐から、くたびれた小人状の植物を取りだし、握り潰した。途端、植物が絶叫をあげて魔法の詠唱がキャンセルされてしまう。
「それも視ている。一度、騙されたからな……」
理解した。
理解、させられたとでも言うべきだろう。アリスディーネの能力、策、それらすべてが事前に潰される準備を整えられている。
最上の領域にあるアリスディーネは強いを通り越して、別格だ。
基本、同格以外に負けることは考えられなかった。そのはずだというのに、目の前の眼帯の男に勝てるビジョンが浮かばない。
いや、正確には違う。
アリスディーネはそれでもオウジンを上回っている。何度も勝ったはずなのだ。ただ……その上回った瞬間さえも予知され、対策をされているだけで……何百、何千、何万の試行回数の果てが――今。
「解りました。安全策は捨てましょう。グー様」
「うん! 此方がいる! 此方はメドに任された! ゆえに勝つのじゃ!」
とうとうアリスディーネはグーへの制止を辞めた。
今まで制止していたのは、戦闘中のグーがメド以外には制御困難であるからだ。下手にグーを暴れさせては、安全策をとることもできない。
が、その安全策が取れぬ以上、最善策はグーによる大暴れ。
グーが虚空に手を伸ばし、そしてとうとう武器を引き抜く。白髪赤目の幼い少女が凶悪に目を見開き、ゾッとするような威圧を醸し出す。
目の前の悪魔よりも、いくつも格上の悍ましい気配。
地響きするような迫力ある声音。
仲間であるはずのアリスディーネをして意識せねば震えてしまいそうなくらいだった。文字通り格が違う……
これが魔王の存在力。
「大罪兵器【
それは一言で言えば――禍々しい装飾の施された鋸だった。
ただし、その鋸の刃は凄まじい音を立てながら、高速で回転を繰り返している。その構造を視て理解したメドの言うところの【チェーンソー】。
それが二つ。
二刀流のチェーンソーこそが魔王グーのメインウェポン。あらゆる生存系スキルを破壊し、ねじ伏せる概念系破壊兵器である。
涎を垂らしながら、幼女が地を蹴った。
ほとんど瞬間移動とも言える速度は、最上の領域に踏み込んでいるアリスディーネでさえ知覚できない。爆風によって吹き飛ばされそうになる中、幼女と眼帯男の声が重なる。
「ぜんぶ、食べる! 来たれ【根源】――」
「――【
直後。
グーが消えた。
――――――――
多くの人は察してくださって無粋かもしれませんけれど、一応、作者からの補足説明を置いておきます。
魔王がいるのに、オウジンの予知がメドたちに及んでいるのは、魔王さまが「何もしていないから」です。ただメドに従い、メドたちと一緒にいるだけで、影響を及ぼしていないことが要因ですね。
ただ魔王さま自体は予知できていないので、ここに生身で来ているオウジンはビビっているようです。かなり。じつは万策の果て、妥協の末で追い詰められているオウジンさんです。
逆にいえば、オウジンがここまでリスクを負わねば達成不可能な作戦だったようですね。
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