第373話 盗みの天稟

    ▽第三百七十三話 盗みの天稟


 莫大な力と力の押し付け合いだった。

 両者ともに人類種最高峰の技術を有している。が、互角の技術はむしろ、力の押し付け合いという原始的な結末に収束した。


 大鎌と剣とが激突。


 一撃ごとに二人ともが数百メートルも吹き飛ぶ。

 一瞬間後、また両者は武器と武器とを激突させている。ジークハルトが顔面を引き攣らせている。

 汗が加速に置いて行かれ、宙を舞う。


「なんちゅう技巧だべか……! これが人工の粋っちゅうわけだべな」


 アトリの大鎌術のトータルは、ネロの思惑通り100を超えて加算され続けている。それゆえにパワーで負けていても、その敏捷値で激突の瞬間に威力を逃がしている。

 それがなければ、武器ごとアトリは肉塊に変換されているだろう。


 完全なる消耗戦。


 しかしながら、このままいけば再生能力のあるアトリが勝つ。

 そういう盤面。

 相性がすこぶる悪い。


 パワーで押し切るのがジークハルトの戦闘の真髄だ。

 だが、アトリを相手にしては長い溜めの攻撃はおろか、ちょっとした溜めさえも許してはもらえない。

 超速。人類種最速。

 何よりも厄介なのが鎖の存在だ。


 アトリの大鎌術は読みやすい。ジークハルトほどの人物になれば、アトリの大鎌の軌道なんてすべて読むことが可能である。

 それなのに勝ちきれないのは、変幻自在に攻め込んでくる鎖の存在が要因だ。

 来た。

 首狙いの大鎌。

 身を低くして回避、反撃に掬い上げるような斬撃を見舞おうとして――地面から鎖が飛び出してジークハルトの足を貫く。


「っ!」


 これだ。

 最適最善の斬撃。その読まれやすさのすべてをカバーする鎖。鎖の対処に注力していては、最善の大鎌は躱せないし、大鎌にばかり構っていては鎖がトドメを狙い蠢く。

 凶悪すぎるコンビネーションだった。

 最高峰の大鎌で満足せず、鎖までつけるのは常人の発想ではない。相当に戦闘を理解していなければ、大鎌だけで満足しているはずだ。


 尋常ではない育成手腕であろう。

 ジークハルトはネロへの評価を何段階も上昇させた。

 いつの間にか【ハウンド・ライトニング】ビットプログラムも鎖によって破壊されている。


 はあはあ、と息が上がってくる。

 それはアトリも同様のようだけれど、限界を超えて動くのは向こうのほうが得意だろう。それに今のアトリは疲れ果てている自分さえも楽しんでいる。


 偽りの自分とは違う、ホンモノ。

 焦燥、苦境の連続。


 ジークハルトは自らの敗北を……悟る。

 込み上げてくるのは悔しさなどではなく、開放感。長らく続いた地獄のような勝利が、ようやく終焉を覗かせてくれている。


 それはジークハルトにとっては救いだったのかもしれない。


 あと少しで敗北できる。

 終われる。英雄ジークハルト・ファンズムが死ぬ……その日。


 だが。


(………………ほんとうに)


 英雄の脳裏を過ぎるのは、かつて自分がまだ英雄ではなかった頃の記憶。なんてことない木こりの父。その妻たる母。たくさんの兄妹に、親切な村の人々。

 そして……幼馴染みの、彼女。

 胸がいっぱいになるほどの笑顔と幸福だけの世界だった。


(おらはそれを……捨てたべ。捨てたのに……英雄だから捨てるしかなかったのに、英雄じゃなくなったら、おらは……なんで捨てたんだべや)


 その時。

 不意にジークハルトの胸を「恐怖」が襲った。そうだ。

 心臓が鼓動する。どくどくと……動悸が止まらぬ。視界がぐるぐると回転を始める。


「負けたら、駄目だ、、、


 ぽつり、ジークハルトは呟いた。


「国を救うために村を見捨てたべよ。だったら、だったら……!? 英雄を辞めたらみんな……どうして殺されたか解らなくなる。苦しんで、泣いて、ぐちゃぐちゃにされて、犯されて……死んだのが無駄になっちまう……あの時の判断が最善でなくなる……それは」


 それは、、、

 駄目だ、、、


 ジークハルトの体内から熱が上がる。

 恐怖。

 それは人を成長させるもっとも容易な手法であった。


 このままではアトリに勝てない。

 アトリのバフを奪っても超越しても使いこなせない。ならば、今の自分に最適なバフを――新たな固有スキルを、今、この場で奪い取る――ジークハルトの目がすうと細められた。


       ▽

 ジークハルト・ファンズムに才能はひとつしかない。

 人類種最強と謳われた英傑。万能の最強たるジークハルトはじつのところ、剣のパーフェクトマッチではないし、本来ならば固有スキルも頑張ってひとつくらいが関の山の凡夫でしかない。


 そのような彼がどのようにして最強へと至ったのか。


 その理由は単純だった。

 唯一の才能が「盗みの才能」であったからだ。ジークハルト本人は詳細には知らないけれど、精霊の世界には「天稟会」と呼ばれる超常の才がそろい踏みしている。


 どちらかといえば、ジークハルトの才能はそちら側寄りだった。


 神の有していない概念。

 全知全能であるがゆえに必要のなかった概念たち。

「芸術」「扇動」「暴力」「数学」「教育」「分析」「犯罪」「変装」「生存力」「交渉」……それら天稟に迫りうる、あるいは超えうる――「盗み」の天稟。


 幼少期のジークハルトは盗んだ。


 村をカラミティーより守護するべく、神から勝手に固有スキル、、、、、、、、、、、を拝借したのである。

 以降も同じことを必要な場面が迫る度に繰り返してきた。


「寄越すべよ、ザ・ワールド……!」


 神力を伝い、神の居所を割り当てる。

 近づいただけで魂が焼け焦げそうな激痛が迸る。魂痛――人類が感じられる最上級の激痛が全身を蝕むが、お構いなしに手を伸ばす。

 神域での出来事だ。

 体感時間は極限まで引き伸ばされ、微動することも難しい。何百年、何千年にも錯覚しうる体感の激痛の中――それでも手を伸ばした。


 気づいた。

 ジークハルトは負けるわけにはいかなかった。どれほど見苦しかろうとも、無様だろうとも、負けるわけにはいかなかった。

 負けたらすべてが台無しになる。

 だから!


 掴む。


【個人アナウンスを開始します】

【ジークハルト・ファンズムが固有スキルの強奪に成功しました】

【取得固有スキル名を【羅刹狂化】と定義いたします】

【今後も救世を深くお願いいたします】


 得体の知れない効果。

 正体不明の「力」が腹の奥底に沈み込んでくる。

 字面からして嫌な予感しかしないけれど、もはやこれを使うより手段はなかった。ジークハルトは即断した。

 若々しくも、美しい唇が亀裂するように開かれる。


「固有スキル起動――【羅刹狂化】!!」


 心臓が爆発しそうなほどの鼓動が始まる。

 視界がみるみる赤く染まっていく。精神防御系のスキルを持っているはずなのに、それを超過して暴力的な衝動を抑えきれなくなる。


 それでも制御は……できている。


 目をカッと見開く。

 大地を蹴る。先程の制御不可能な速度バフとは違い、あらゆるスペックが満遍なく上昇しているお陰でジークハルトでも扱えそうだった。

 アトリのバフは速度にのみ特化しているので、彼女自身くらいにしか扱えないのだ。だが、このスキルならばジークハルトに合致している。


 アトリと超速で切り結ぶ。

 すれ違いざまに百を超える斬撃を交わし、一瞬で二人の位置が入れ替わっている。背中を向け合いながら、ジークハルトは確かな手応えを得ていた。


 見える。

 アトリの尋常ではない速度に追いつくことができている。いや、むしろアトリさえも超えて動くことができていた。


 肉体の強度が高い分、アトリよりも無茶が効いているのだろう。


 幸い【狂化】にありがちな被弾ダメージ上昇も存在していない。目立ったデメリットは使っていて感じることがない。

 他の固有スキルなどで上手く相殺されているのだろう……!


 勝てる。

 押し続ける。振り向きざまに一撃。回避されるもグリップを強く握って振り下ろす。綺麗な踏み込みと身体の入った、凄まじい斬撃。

 斬撃音がずいぶん遅れてやって来る。

 アトリは舞い踊るようにミリ単位で回避していた。常人では命中しているのに被弾していないように見えているだろう。


 回転しながらの大鎌が迫る。

 大鎌の厄介なところは、敵は前に位置していても刃は背後から迫ってくるところだ。アトリ以外が使うならば、それはデメリットのほうが強い武器となるだろう。

 刃の到達が遅い、ということなのだから。

 けれど、神速のアトリについては奇襲性の優が上回る。


「【奇襲避けの斬撃スラッシュ】!」


 固有スキル【数多の斬閃スラッシュ・コレクション】にあるアーツのひとつを放った。バックハンドで放った斬撃が、アトリの大鎌を弾いてくれる。

 大鎌がくるくると宙を舞う。


 相手が尋常の者ならば、とっくに勝利を確信できる場面。

 しかしながら、今回の相手は邪神の使徒――アトリだった。赤い目がこちらを楽しげに眺めてきている。


 直後、アトリは純粋な体術勝負を挑んできた。

 弾かれた大鎌は大人しく手放し、抜け目なく鎖で回収するつもりのようだった。


 小さな手足とは思えぬ、刃のような白兵戦。

 大鎌アーツを自分の手刀に適応している。

 放たれるのはリーチを伸ばした【無刃・殺生刃】


 対するジークハルトも体術系の固有スキル【雷身闘術】で、己が肉体を雷に変換して刃を躱す。雷となった肉体に拳をぶち込んだことにより、アトリが僅かに動きを鈍らせた。

 勤勉を発動。

 アトリに蹴りを強制命中させる。


 骨を砕いた感触。だが、アトリが骨を砕いたていどで止まるわけがない。続けて攻撃を命中させようとして、しかしながら、ジークハルトの肉体がぶっ飛ばされる。

 おそらく空気を神器化してぶつけられた。

 

 アトリもまたジークハルトが咄嗟に放った勤勉による斬撃で蹈鞴を踏む。


 ――このやり取りが僅か一秒にも満たぬ間に行われている。


 二人の間に戦略的な空白。

 そこに入ってくるのは、戦況を理解できぬ観客たちだ。


「じ、ジークハルトが覚醒したあ! 押し返してるぞ!」

「アトリも防戦一方だあ!」

「それでこそジークハルトだなああ!」


 客席の盛り上がりも最高潮だ。

 素人目からみてもジークハルトが急激に強くなり、再度、アトリを圧倒し始めたように見えているのだろう。この闘いが見えているということは、ザ・ワールドが観客の反応速度を弄っているのかもしれない。


 今、ジークハルトは一方的に攻撃を行い続けている。


 勝てる。

 勝てる。勝てる。

 だが、まだ負けるリスクは残っている。絶対に負けられない戦いだと、ジークハルトは遅ればせながら気づいた。

 だから全力を賭す。

 口元が歪に崩れることにも気づかず――ジークハルトは策を講じることにした。


「次だべ」


 踏み込む。

 斬撃。と同時、ジークハルトは己が歯を舌で飛ばした。今のステータスがあれば、このていどの攻撃さえも頭部に当てれば人体など一撃必殺だ。アトリを上回るスペックと破壊力の斬撃に加えて、歯の投擲による奇襲だ。


 アトリが堪らずに下がる。


 想定通り。

 距離を取られた直後、ジークハルトは客席に向けて光の斬撃を放つ。ジークハルトの鋭敏な聴力は、アトリが気を許している存在を知らせてくれた。

 それを攻撃する。

 ザ・ワールドの障壁が破れることはなかろう。それでもアトリは人の戦士だ。他者を僅かにでも気に掛けぬならば、アトリは英雄や戦士ではなく――怪物。


 アトリが強いのは怪物ではないからだ。


 ゆえに気が少しでも散る。

 そこにジークハルトが攻め込んだ。アトリの大鎌による対応が目に見えるほどに遅れた。数瞬にも及ばない意識の分散が、致命的な遅れを生じて――


 死神の赤い瞳が、つまらなさそうにジークハルトを眺めていた。


ちがう、、、


 冷たい愛らしい声。死の気配。

 ジークハルトの首がはね飛ばされた。





――――――――――――

 作者からの文中には入れられなかった補足説明です。

 神が有していない概念として「数学」があるのは、神たちは学問するまでもなく答えを知っているので、わざわざ計算したりする必要性がない、ということです。

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