第243話 試練の結果
▽第二百四十三話 試練の結果
「ふれー、ふれー、みゅんみゅん!」
応援団のぽんぽんを振り、大天使みゅうみゅさんが応援しています。その対象は血だらけ、ボロボロになって……ようやく首蛇を仕留めました。
「……はあはあ、手間取らせ、やがって……ど雑魚がぁ」
眼鏡は割れ、髪は乱れて手にしている剣は砕けています。
アトリたちがアンフェスバエナの本体(おそらく本当の本体は胃の中にいて、私たちは一度も目視しませんでしたけれど)を倒しても、首蛇は動き続けていました。
ギースはそれを単独で討伐させられたのです。
大天使みゅうみゅさんとノワールが全力で補助し、どうにか単独で倒せたのです。
……単独とは。
さてこれにてダンジョンクリアでした。
部屋の中央に出現した水晶に触れれば、自動的にダンジョンの出入り口に転送されるようでした。じつに便利なことです。
「いやあー、得るものが多かったダンジョンでしたねー」
車椅子の上で美女が総括します。
「アトリ隊長は被弾せずにより効率的に動いて、ミャーさんは頭部ダメージのごり押し以外も交えることの大切さを知り、ノワールさんとみゅうみゅさんはよりギリギリの補助作業の感覚を掴んだことでしょうねー」
アトリは被弾せずに攻撃することを覚えました。
もっと動きが洗練されれば、最終的には避けながら一方的な攻撃をして、ダメージを受けても即座に回復するタイプの……ひたすら敵にしたくないキャラクターになるでしょう。
今までのアトリの戦い方では、同格相手に防戦一方になることもあり得ましたからね。
良いことでしょう。
ミャーは一撃で決めることに固執していましたが、今回のような柔軟な戦闘も彼女の持ち味でした。それらをバランス良く使うことができれば、より狩れる範囲が広がるでしょう。
といっても、ミャーは「今までヘッドショット」が最高効率だからそうしてきただけでしょうけれど。そうじゃない場合の練習になった、ということですね。
ノワールについても良い練習だったようです。
いつもは余裕を持ってバフを上書きしていたようです。が、今回はギリギリまで粘ってのバフワークでした。
バフが戦闘中に切れたら、感覚が変わって対象者がピンチになりますからね。
余裕を持たせるのは当然ですけれど、もっとギリギリがあることを知れたようです。
そしてギースでしたが。
「ようし、固有スキルだ!」
なんと固有スキルを手に入れたようです。
おそらくは大天使みゅうみゅさんの【永続顕現】のような汎用固有スキルですけれど、それでもスキルがひとつ増えたのは戦力増強でしょう。
ペニーが問いました。
「何のスキルですかー?」
「秘密だ。手の内を明かすのは馬鹿のやり口だからな」
「なるほど。【虚実の太刀】ですかー。これはまたミスマッチな固有スキルを手に入れましたねー?」
「勝手にスキル構成を覗くな、くそアマ!」
ギースが得たのは固有スキル【虚実の太刀】のようでした。
固有スキルの中には「取得条件が判明している」モノがあります。この【虚実の太刀】もそのひとつでした。
取得条件は「剣を規定回数振ること」です。
この規定回数は人によって変化するようですけれど。才能がある人は少なくてよく、ない人は一生振り続けても手に入らないはずの固有スキルでした。
本来のギースでは手が届かないスキルでしょう。
今回の「ダンジョンに望んだ」からこそ取得できたと見るべきです。
ギースが恐る恐る問うて来ます。
「これって弱えのか?」
「……弱くはないですけど。むしろ強いですが」
「ほうほう! で、どんなスキルなんだ?」
その効果は「どのような姿勢からでも最高の剣戟を放つ」ことです。
その一撃は正に必殺。
疾く、鋭く、火力が高い。剣士ならば誰もが理想とするような斬撃を、一太刀だけ放てるという固有スキルでした。
また、何度もその太刀を放つことにより、理想の太刀筋を肉体に覚え込ませることも可能です。
必殺技にして練習技。
それが【虚実の太刀】でした。
が、この固有スキルには発動条件がありました。それがギースとの相性が良くありません。使用直前、すべての装備効果やバフ効果、スキルの効果がシャットアウトされてしまうのです。
ギースの【暴虐】は「発動した時のデメリットを無視」します。
前提条件たる「すべてのシャットアウト」は防げません。ただし、シャットアウトが発動した瞬間に【暴虐】は使えるでしょうけれど。
「つまり?」とギースが苛々した様子を隠さずに問います。
「つまり、一瞬だけ【暴虐】も【絶対防御】もない状態で敵の前に立たねばなりませんねー。そして、強者ならばその一瞬で貴方は殺せますー」
「……つまり?」
「つまり、貴方は弱者のままですねー」
ギースが刀身の砕けた剣を地面に叩き付けました。
からんからん、と虚しい音だけがダンジョンに響き渡ります。なお、大天使みゅうみゅさんの配信では「草」が大量に生えたようです。
▽
一度、ログアウトしました。
食事をして眠って、それからまたダンジョンアタックをせねばなりません。入浴もしたいところ。お風呂に入りながら食事をしたいくらいですね。
睡眠や食事、お風呂は後回しでも問題ありませんが、オリハルコンは待ってくれませんからね。
……すっかりネトゲ廃人の生活です。
「……予定変更ですね」
やはり、今日はしっかりと休むことに決めました。アトリは悲しむでしょうけれど、じつは私は神ではなく人なので……このような生活を続けていればマズいでしょう。
オリハルコンはほしいです。
したがって、試練迷宮アモルヘイアにはアトリとセック、ペニーだけに向かってもらいましょう。私のサポートがなくても、大抵の試練でしたらアトリだけで潜り抜けられましょう。実際、今回のダンジョンで私はあまり活躍しませんでしたが問題ありませんでした。
今日は不本意ながら「しっかり食べ」「よく眠り」「よく運動」しましょう。
筋肉量も落ちていますしね。
セットを持ってマンション内にあるジムへ向かおうとした時でした。
来客がありました。
インターフォン越しに見やれば、お隣さんが顔を真っ赤にしてふらついています。嫌な予感がしつつも、ずっと放置しているわけにはいかないでしょう。
扉を開けましたら、倒れ込むようにしてお隣さんが侵入してきました。
「なんですか? お帰りならドアは真後ろにありますよ」
「あみゃみゃさん!」
「天音です」
「きいてくらはい! あみゃみゃさん!」
「天音です」
お隣さんは露骨に泥酔しているようでした。
ただし、纏ったお酒の香りは少ないため、飲み慣れていないモノを無理して飲んだのかもしれません。
……これ、家に招き入れて吐かれでもしたら最悪です。
千鳥足のまま、お隣さんが上目遣いで見つめてきます。顔の造形は悪くありませんけれど、悪酔いしていますしね。
いつもの残念なところもあり、溜息が勝ちました。
「なんですか?」
「みゅー、はもうおわりれふみゅー」
「……はー、そうですか」
呂律が回っていません。
なんて言っているのかが理解できないので、相づちをうつことさえ難しい。しかしながら、この調子で家に帰して飲み直され、急性アルコール中毒で死体になられても問題です。
「のみまひょみゅーん!」
「そうですねそうですね」
とりあえず苦肉の策として、酔っ払いを自宅に招きました。
ソファに座らせて水を渡します。何故か首を振り「ありゅうりゃう」と言い続けます。おそらくはアルコールを欲しているのでしょう。
やけ酒のようです。
私はミネラルウォーターを「高級な日本酒」と偽って飲ませました。
呂律が回らぬ中、お隣さんは話してきます。どうやら「お仕事」で何か失敗をしたようです。見せたくないところを人に見せた? ようです。
プロ失格、と感じているようでした。
ただ隣に住んでいる人に「泥酔姿を見せて介護させている」ことは人失格ギリギリだと思いますけどね。
というかお隣さんってお仕事してたんですね……
まあ、お隣さんには入院時、お世話になりました。
吉良さんやユニスさん、陽村よりは人格的にマシですし……ちょっとは付き合いましょう。隣でちびちびと水を飲んでいると、お隣さんは寝息を立てて眠り始めました。
勝手に私の肩を枕にしたので、黙ってクッションに頭を叩き込みました。
お隣さんが夢に突撃して五分ほどした頃。
ばさっと、凄まじい勢いでお隣さんが身を跳ね上げました。
「え、なんで部屋が綺麗になってるみゅん!? いや、ここは何処!? え、天音さん!? お持ち帰りされたみゅん!? ファンがショックを受けちゃうですみゅんか!? どんなに上手くいってもそういうことにはならないようにって決めてたのに! お酒って怖いみゅん! しかも記憶ないって最悪! 初めてだったのに!」
「みゅん?」
「っ! ち、違う、です! 方言と滑舌が混ざってでして……」
「はあ」
大天使みゅうみゅさんは「そういう配信者」だから「語尾にみゅん」が許容できます。が、リアルの人が語尾「みゅん」は大変そうですね。
きっと今まで必死に隠してきたのでしょう。
いえ、何度か隠しきれずに言っていましたけれど。
昔、ユニスさんがvtuberをやっていた時、素でも一人称が「わたくしちゃん」になっていましたね。最後には視聴者にガチ切れして「凡夫と喋ろうとしたわたくしちゃんが愚かだったわぁ!」と辞めていましたが。
……あの歌配信の日、私がうっかり「歌を歌う時は音程を合わせても良いんですよ」とコメントを打たねば、まだユニスさんは配信者を続けていたのかもしれませんね。
ともかく、一度でも根付いた口調は、すぐには変えられないようです。
「貴女が押し入ってきたんですよ。私は当然ですけれど、何もしていません。酔いが覚めたなら帰ってください。……あとお酒は没収です」
「うう……マジっぽいです」
項垂れたお隣さんは、水の入ったグラスをぐいと呷りました。
「慣れないことをするもんじゃないみゅ……ぜ」
「吐かなかったことは褒めましょう」
「褒められることが低次元すぎます……」
私はお隣さんの部屋までついていき、テーブルの上にあったお酒を没収します。
自室に戻った私はドッと疲れていました。それでも気力だけでジムで運動をして、お風呂に入ってベッドに潜り込みました。
「……それにしてもお隣さんと大天使みゅうみゅさんって声、似てますよねー」
喋り方まで似ています。
しかも、お隣さんの感じでできる仕事って……いやいや。それだけはあり得ません。何故ならば、大天使みゅうみゅさんはゲーマー配信者として「私がちょっとだけリスペクト」している人物です。
ゲームの巧さではなく、人を味方につける能力を買っています。
対してお隣さんは……かなり低評価です。
仮に同一人物だとしたら、私の精神とプライドが保てません。とくに芸術家を自称する私はプライドだけで生きているところがあります。
それが踏み潰されるところでした。
あんまりにもイカれた発想でしたね。疲れているのかもしれません。
そもそも、有名人と知り合いが同一人物かも……なんてヤバい人の思考でしょう。
いくら私の耳が確かとはいえ、時に間違えることもあるでしょう。
これでは、こじつけの陰謀論を信じている人と大差ありません。
童貞が挨拶されただけで「あれ、この女の子、自分のこと好きなのでは?」と勘違いするようなモノです。いえ、私は挨拶されたくらいでは相手の好意を確信したりしませんけれど。陽村くらいアピールせねば確信できませんが、陽村レベルにアピールされると引いてしまいます。
生きるのって難しい。
と、私が結論して目を閉じれば、スマートフォンが鳴り響きました。
『神様神様かみさまかみさまかみさま』
『今、第三階層ですかみさま。かみさま』
『非常事態はないです神様』
『神様がいないです。非常事態です神様』
『非常事態ではないです神様。神様がいないことが非常事態です神様神様神様』
『神様をだっこしたいです』
云々。
私は『オリハルコンを頼みますね』とだけ返信しました。お休みなさい。
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