第122話 抵抗戦

▽第百二十二話 抵抗戦

 ヨヨの大剣から迸るのは、爆撃のような一撃でした。紅の奔流が悉くを飲み込もうとする攻撃は、アトリの【死神の鎌ネロ・ラグナロク】を彷彿とさせます。

 いえ、おそらく【死神の鎌ネロ・ラグナロク】のほうが偽物。

 ヨヨの攻撃はそういう攻撃でした。


「アトリ、翼を解放しなさい」

「! 【ティファレトの一翼】使用!」


 アトリが解放したのは【ティファレトの一翼】でした。使用状況の効果は「攻撃行動のダメージ判定を消す」ことです。

 つまり、ヨヨの大剣を一度だけ無効化できます。


 突撃するアトリ。


 紅の奔流に飲み込まれますが、今のコレはスモークに過ぎません。

 一手で詰め切り、アトリの大鎌がヨヨの腹部を浅く斬り裂きました。首を狙わなかったのは、単純に当てられるはずがないからです。


 しかし、これによってヨヨに【殺迅刃】の「敏捷低下」が入ります。


 性能差を少しでも埋めることができれば……そう思ったのですが、斬撃の直後に「カキン」という甲高いSEが発生しました。

 ヨヨが口元を残念そうに緩めております。


「余の装備である。余にステータス減少攻撃は効かぬ」

「――っ」

「違うアーツを使うのであるな」


 アトリは即座に下がろうとして、左右から壁のように迫る大剣に襲われています。即座にアトリは【テテの贄指】を発動。

 また【ティファレトの一翼】を使用して右の剣を無効化。


 左の剣は慌てて鎌を盾に防ぎます。

 が、衝撃はまったく殺すことができず、【死を満たす影】が粉々に砕け散りました。漆黒の破片がぱらぱらと舞い散り、愕然としたアトリの表情を彩ります。


「終わりであるか?」

「っ【フラッシュ】!」


 斬撃が直撃しました。


 アトリは肉体を斜めにぶった切られます。どうにか背後に飛びますが、大剣の剣圧だけで軽い肉体がうしろに吹き飛びます。

 どうにか死ななかったのは【フラッシュ】で動きを躊躇させたからです。

 あれがなければアトリは……死んでいたことでしょう。


 しかし、それでもダメージは極大。

 虫の息となったアトリですが、どうにかHP を再生させます。

 強引な回復を連発した所為で……ここで完全にMPが尽きてしまったようですね。


 もちろん、【再生】の効果でMPはグングンと戻っていきます。スキル【聖女の息吹】でMP回復速度も上昇していますが。


 ですが、それでも……回復が追いつきません。


「これは……難しい戦いですね」


 今、外ではアレックスがアトリたちの勝利に賭け、軍を使っての遅延戦闘を行っています。かなりの命が失われたことでしょう。

 それがなければ、アトリはヨヨと敵軍と戦わねばなりませんでした。

 ですが、正直なところ、現在のアトリでヨヨに勝てる未来が見えません。


 アレックスには申し訳ないですが……ここは逃走するべきでしょう。

 問題はヨヨから逃げられるか、ですね。


「アトリ」

「…………ボクは、まだ」

「もしや?」


 少しだけアトリの様子がおかしいようでした。

 じつは、この違和感は最初からありました。アトリの鎌系のスキルレベルは100を遙かに超えているのです。


 いくらステータスに莫大な差があろうとも、アトリの「技」ならばもっと抵抗できているはずなのです。

 だというのに手も足も出ない。

 世界最高峰の私ですら「美しい」と表現する鎌術が発揮できていません。


 ようやく理解しました。


 アトリは不調です。


 今までになかったことなので判明が遅れました。

 改めて観察して理解したのは、アトリが感情に振り回されているという事実でした。いくらアトリが狂信者であろうとも、まだ彼女は経験の浅い幼女でもありました。


 生まれて初めて身近な仲間を殺害され、その仇を間近に……感情が乱れています。


 アトリにあるのは怒りではありません。

 そうではなく、彼女にあるのは悲しみや寂しさ……そういう戦士が戦場に持ち込むべきではない感情でした。


 その一滴の濁りがアトリのテクニックを破壊しているようです。


「アトリ、ここは逃げましょう」

「……はい……です、神様」

「こういうのは最後に勝てばよろしいのです」


 アトリとしては戦いたいのでしょう。

 私の指示なので素直に従う意思は見せてくれています。後は逃げるだけですが……ヨヨから逃げ切れるでしょうかね。


 砕けた【死を満たす影】にHPを注ぎ、改めて握ったアトリ。

 

 ヨヨと再び対峙します。


「最後の観察にしたいのであるな」


 ヨヨが目にもとまらぬ速度で動きます。

 アトリが右を向けば左から、左を向けばうしろから、次々に大剣がアトリの肉体を削っていきます。


 弾けていく、血と肉。


「ぐ、うう!」

「ふむふむ、首や心臓は守っているのであるな? なるほどなるほど」


 私が【ダーク・オーラ】を発動しました。

 近づけばダメージと【毒】、その他「MP吸収」が付与されます。ヨヨは微かなダメージを警戒して、後ろに飛んでアトリを観察してきます。


 敵が居ない時に【ダーク・オーラ】は維持できません。

 一応【聖女の息吹】の回復量増加でMP再生も増加しています。それでも【ダーク・オーラ】は解除せねばなりません。


 とりあえず【ダーク・オーラ】は解除しました。 


       ▽

 さて、矛盾したお話をしましょう。


 ヨヨから逃走するためには、ヨヨを倒さなくてはなりません。

 理由は明快です。

 アトリは逃走した経験があまりにも乏しいのです。彼女の役割は「行って殺す」ことです。それしかできません。


 つまり、真っ向から逃げてヨヨから逃げられないのです。


 ゆえに、アトリが行うべきことは戦闘でした。これによってヨヨの隙を創り出し、どうにか逃げてしまおう……そういう作戦でした。

 私は有無を言わさぬ声音で命じます。


「アトリ……本気でヨヨを殺しに掛かってください。私の指示以外、何も気にしてはいけませんよ」

「うん……はい、ですっ!」

「行きなさい」


 私の指示によってアトリは少しだけ――いつもよりは落ちますが――調子を取り戻しました。鋭い斬撃の痕を残しながら、回るように大鎌を振り乱します。

 弧を描く斬撃。

 ヨヨの大剣が鋭く打ち合わされます。


「ほう。少し取り戻したようであるな? であるが……」


 高速の戦闘です。

 両者が激しくぶつかり合い、広い室内を縦横無尽に駆け回ります。武器がぶつかる度、重い衝撃が音となって響き渡ります。


 天井や壁が戦場に耐えきれずに割れていきます。


 数秒の戦闘の後、両者が同時にバックステップを踏みました。

 ヨヨはまったくの無傷。対するアトリはまたもや何発もダメージを喰らってしまったようですね。


 自分の血液で衣服が真っ赤に染まっております。

 穂先を喪った【死を満たす影】を再生します。

 この戦闘はあまりにも激しく、私の動体視力では介入する余地がありません。精々、敵に【毒】を付与するくらいでしょう。


 試したところ【麻痺】は対策されているようです。


 まだヨヨは吸血鬼としての性能を見せていません。単純な殴り合いで完敗している状況でした。

 いえ、相手は【ライフストック】を削ってはいるでしょう。

 ただし、あとどれだけ【ライフストック】があるのかは未知数でした。


「限度は知れたのである。そろそろ貴殿を殺してしまおう。吸血鬼でない貴殿であれば、さすがに首を切り落とせば死ぬであろう」

「――」


 アトリはアーツで首を落とされても動けます。

 トカゲではありませんが、首で尻尾切りするのは良いでしょう。あのゲヘナさえも初見では対応できない動きのはずです。


 アトリも理解したのでしょう。

 やや緊張の面持ちで【ケセドの一翼】を解放しようとしたところ――、


「――ふむ。あるのであるか、首を落とされても死なぬ手段が。ならば肉体を跡形もなく消そう。吸血鬼でもそうすれば死ぬのである」

「っ!?」


 ヨヨは何でもないことのように口にしました。

 おそらく、アトリの雰囲気から「アトリの手札」を看破したのでしょう。もはや戦士としてのスペックが違いすぎて何も言えませんね。


 ヨヨが何かをする気配を見せました。

 その時でした。突如、屋敷が大きく揺れます。立っていられないような振動が起こり、次の瞬間には破壊音が連続しました。


 ヨヨとアトリの立ち位置の狭間。


 その床からテーマパークにある地球儀サイズの、巨大なエルフ少女の頭部が生えてきました。よく見知ったジト目です。

 アトリが呼んだのはシヲでした。


 シヲの新しい【擬態】形態のひとつ――モード・巨人ヨトゥンです。


 すでにセックと三騎士の戦闘は落ち着いています。ゆえに、シヲには本来の役割であるアトリの護衛に戻ってもらいました。

 出現したシヲが触手を伸ばします。

 ヨヨは目を丸くしながら、シヲに爆撃を放っていきます。その隙にアトリは壁を何枚も破り、違う部屋へと逃げ出したのです。


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