第114話 魔血龍テスタメント

▽百十四話 魔血龍テスタメント

 戦争開始から二時間ほどが経過しました。

 両軍ともに被害は甚大の模様です。しかも、吸血鬼たちは【再生】で疲労を無視できますが、人類軍側はゆっくり疲労していきます。


 アレックスのバフがあるので、あるていどは持ちこたえるでしょうけれど。


 本当にアレックスの軍隊バフは化け物です。

 本来、圧倒的なスペック差があるはずの、この戦場が拮抗しているのは彼の力です。一応、アトリもハイ・ヒューマンではありますが、指揮系統のスキルは持っていないので比べものになりません。


「【スナイプ・ライトニング】」


 アトリがまた狙撃を命中させました。とはいえ、吸血鬼は頑丈なので狙撃が決まったていどでは死にません。

 ですが、確実に動きは止まるわけでして。

 アトリに狙撃を決められた吸血鬼が、相対していた戦士に殺されました。


 ナイスアシストですね。私はアトリを褒めるべく口を開きます。


「よくやりまし――」

「――褒めてつかわすアトリ。余は満足だ」


 私が言い終えるよりも先に、真横にいた王子――アレックスが言葉を被せてきました。私の声は彼には届かないために仕方がありませんね。

 ですが、その理論はアトリには通用しませんでした。


 露骨に殺気をまとい、アトリが大鎌を王子に向けます。

 王子も周囲の護衛たちも冷たい殺意に、その身を凍り付かせております。一国の代表者に堂々と刃を向けながら幼女が言います。


「神様が褒めてくれるところだったのに遮った。二度と神様とボクに話掛けるな」

「……余は王子なのだが……」

「ボクは話掛けるなと言った」

「……」


 こくり、と片眼鏡の王子さまが頷きました。一番の功労者な上、アトリを褒めたかっただけなのに……この王子様は不憫属性の持ち主かもしれません。

 貴族や商人なんて怖くないぜ、と言ったのが悪かったかもですね。

 いえ、私が教える前だって、私の言葉を遮れば問答無用だった気もします。


「アトリ、王子には私の声が届きません。寛大な心で許してあげましょう」

「うん……はい、です神様。ボク我慢する……ですっ!」

「やはりアトリは良い子です。良い信者が持てて神冥利につきます」

「わあ!」


 アトリは感激を全身で表現すべく、小さな身体を身震いさせました。

 傍目からすれば、一人でいきなり震えだした怖い女の子です。隣の王子もバツが悪そうにしながら、淡々と軍勢たちに指揮を飛ばしているようです。


 そのように雑談の合間に王子の護衛をやっていると、突如として空を巨体が覆い隠します。


「来たか」

 王子、アレックスが呟き、直後に吠えるような命令を発します。

「テスタメントだ。中衛魔法大隊、壁系アーツを発動せよ! 前衛を守れ」


 数十もの魔力壁が展開されます。

 空を覆い隠していた影――その正体は魔血龍テスタメント。


 野良のレイドボスをヨヨが眷属化した、敵側の切り札のひとつです。テスタメントの口内から炎の吐息が漏れ出します。

 花火のような轟音。

 ドラゴンブレスが魔力壁たちと衝突します。ガラスが砕けるような音が連続し、一部が破られてしまい、数百人規模の死者が出ました。


「ドラゴンブレスにはクールタイムがある。臆するな。やりようはある。だが……」

「来る」


 アトリが言うように魔血龍テスタメントはまっすぐに私たちのところまで飛んできています。アレックスが素早く周囲に指示を出し始めます。

 ちょうどジャックジャックたちもやって来たようですね。

 王子が呟きます。


「余らが戻るまで耐えよ」


 我らの頭上を獲ったテスタメントが……光り輝きました。


       ▽

 禍々しい城。

 その玉座の間のようでした。何もかもが血塗れとなっており、壁や天井がどす黒く濁っております。


 ドラゴンが一匹いても窮屈にならない、広大な室内。

 圧倒的な存在と相対しながら、アトリが首を傾げました。


「どこ、ここ?」

「やはり制空権を獲るよりも、余の命を狙ったかレンよ」


 アレックス王子がぼやきながら、億劫そうに周囲を見渡しました。


「徘徊型レイドボスの特質だ。奴はレイド・ボス・フィールドを自由に展開することが可能だ。脱出するためには一定時間、ここで生き残らねばならぬ。あるいは、奴を殺すか……」

『不可能なり』

「ほう、魔血龍テスタメント。口をきける程度には知能があるか」

『貴様らをヨヨさまに合わせることはしない。ここで狩るまで』

「ほざけ」


 テスタメントが口内に火炎を貯めています。

 ドラゴンあるある……初手ドラゴンブレスのようでした。フィールド・ボス・フィールドの例に倣い、外での消費はなかったことになるのでしょう。

 クールタイムも無視してしまうようです。


 龍の破壊が解き放たれました。

 ですが、その皆殺しの息吹に対し、飛び出したのは小柄なドワーフの少女でした。


「受け止めろ【世界女神の忍耐ザ・ワールド・オブ・ペイシェンス】!」


 近未来的なデザインの装甲が光り、ドラゴンブレスを無敵化によって弾きます。メメが勢いよく盾を振れば、ブレスは跡形もなく溶けて消えてしまいました。

 テスタメントが目を見開きます。

 口内からブレスの残りが零れています。


『我がブレスを無効化した、だと……!? だが、我の力は――』

「ふぉふぉ、自分の視界を隠す馬鹿がおるとはのう」

『む!?』


 いつの間にかジャックジャックがテスタメントの背後を取っておりました。彼はドラゴンの肉体に杭を打ち込んでいきます。

 慌てたようにドラゴンが尻尾を振り回しますが、老爺は紙一重で躱します。


 と同時、アトリもまた走り出していました。


 目的地はテスタメント――その首のみです。

 テスタメントが翼を振り、空へと逃げてしまいました。後ろをジャックジャックにかき回され、アトリの一撃に脅威を感じたのでしょう。


 アトリの円を描くような斬撃は空を切ります。


 空中に踊り出したテスタメントが魔力を迸らせます。何らかの魔法攻撃を放つ予兆でしょう。ですが、それを許すわけにはいきません。

 アレックスのよく通る声が聞こえます。


「右翼を破壊せよ。――【集団詠唱】【ファイア・ボール】」

「【共鳴魔法】……【バースト・イグニス】!」

「【シャイニング・スラッシュ】」


 アレックスが大規模な破壊を、田中さんとヒルダが洗練された魔法攻撃を、アトリが鋭い斬撃魔法をまったく同時、、、、、、に龍の翼へ放ちました。

 呆気なくテスタメントは翼を両断され、その巨体を墜落させました。

 

 玉座の間に亀裂が迸ります。


『貴様らあ!』


 吠えるテスタメントにジャックジャックが無数の斬撃を放っていきます。呪い系の武器や出血武器があるのか、テスタメントは薄皮を切られているだけなのに激しく出血しています。

 尻尾を回避し、ジャックジャックが敵の後方へ飛びました。


「優勢ですね」

「はい……神様! 楽ちん、ですっ!」


 今回、テスタメントが隔離したのは二十名。

 アトリ、ジャックジャック、ヒルダ、メメの《独立同盟》の四人組。それからアレックス王子の護衛隊15に王子1の編成でやらせてもらっています。

 アトリが居てバランスが良い。

 この編成の立案者は我らが軍師老人ガノです。彼は王子への伝手があったらしく、今回のような運びとなりました。


『ガノが言うなら』と許可した王子も大したモノです。

 普通、よく解らない幼女とそのお友達に王子が命を預けません。しかし、その尋常ではない判断は、今回、彼を強く勝利に近づけています。


 テスタメントが隔離してくるのは想定内。


 それを撃破するのも……今回のお仕事のひとつです。


『脆弱な人類種の分際で!』


 すでにテスタメントの傷は回復しています。さすがは【再生】と言ったところでしょう。ですが、龍の肉体は大きすぎるため、欠損の【再生】はMP負担が大きすぎるようですね。


 アトリが簡単に【再生】を連打できる秘密のひとつに、彼女の小柄さがあります。


「じっくり攻めましょう。ヨヨ戦のことも考えれば、クールタイムの長いスキルは温存しておきたいですから」

「破壊、しない、です……!」

「ほどほどにしておきましょう」


 温存したいのは【天使の因子】系【ダーク・リージョン】【ライフストック】でしょうかね。すべて強敵には必須の使い切り系能力です。

 せっかく強い味方がいるのです。

 なるべく消耗は分配していきたいところですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る