第13章 ヨヨ討滅戦
第113話 ユグドラ包囲戦、開始
▽第百十三話 ユグドラ包囲戦、開始
巨大な洋館。
それが《黎明都市ユグドラ》の正体でした。異世界だからこそ許される建築でしょう。魔法がなければ不可能な構造です。
禍々しくも妖艶な、如何にも吸血鬼が住んでいそうな館でした。
が、中々によろしい外観です。
設計者は相当にセンスがよろしい。私があとちょっと手を加えれば、そんじょそこらの芸術に負けないクオリティに至ることでしょう。
敵の拠点を前に集ったのは、一万に近い軍勢でした。
一万人といえば少ないように感じられることでしょう。武道館に収容できる人数が一万人くらいです。
たったそれくらいの人数ながら――全員が武装していることにより大迫力です。
前方で待機するのは、吸血鬼の部隊――およそ二万。
時刻は夕暮れ。
血色に染まる太陽を背景に、我らが軍団長――アレックス・ルル・エデンが語ります。
「これより開戦する。我ら人類種……その誇りを守るための戦だ。真祖吸血鬼ヨヨ・ロー・ユグドラは民たちの正義を踏みにじり、存在を踏みにじり、願いを踏みにじった。もうこれ以上、奴に何も踏みにじらせてはいけない」
アレックスは片眼鏡をはめ直し、呟きました。
「ヨヨを討つ」
凄まじい迫力と威圧。
おそらくは何らかのスキルを習得しているのでしょう。その言葉は呟きだというのに、一万名全員の耳朶と心とを強く打ったのです。
誰もがアレックスの言葉に魅了されました。
そういうスキルを使ったことも加味しても異常です。
何も難しい表現を使わず、ただ言葉と存在の圧力によって力を魅せる……これが本当の王族の声。この混沌都市国家メテオアースを束ねる、三国王の直系の一画。
凄まじいクオリティです。
私は現実に王族と会話したことがありますが、ここまでの力なんて感じませんでしたからね。
私がちょっと感動していますと、ようやく軍勢たちが咆吼をあげました。
「うおおおおおおお! 正義は我らにあり! アレックス王子に勝利を! 我ら人類種に勝利を! 裏切り者に鉄槌を!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
凄まじい喝采を浴びながら、アレックスは当然のように頷きました。
戦争が始まるのです。
▽
夜の到来と同時、戦争が開始されるようでした。
あの《黎明都市ユグドラ》は特殊な魔道具によって、太陽が出ている時は無敵のようです。かなりの魔力を消費するため、内部では専門の吸血鬼がたくさん存在しているようですね。
本来は昼に攻める予定が、敵の増加によって作戦が通らなかったようです。
三万人を吸血鬼化した。
それによって隠していた魔道具が実用化できるようになった、という仕組みのようです。ゆえに不利な夜の戦闘となりました。
しかしながら、不安はありません。
何故ならば、
「固有スキル発動――【軍勢詠唱】」
王子アレックスの呟きが鼓膜を揺らします。彼が呟いた途端、全軍人からMPが一割ほど徴収されました。
王子の手には小さな火炎球。
それをアレックスが放り投げました。
「左翼を潰す――【ファイアー・ボール】」
小さな火炎球が敵陣にて爆発しました。
アトリが立っていられないほどの衝撃。空気が爆ぜます。
それだけで数千居たであろう左翼の吸血鬼たちが壊滅。チリ一つ許されずに消滅してしまいました。
ぽかんと開いた空間を睨んだアレックスが命じます。
「左翼担当前進。壁を破壊する姿勢だけ見せよ。動きを見せるだけで良い。あくまでも中央の支援を優先すること。擬似的な挟撃で弱らせるのだ。引き続き中央・右翼担当は戦線維持に勤めよ。維持すれば綻ぶ。敵は強力なだけの元市民。先に心が屈す。【持続の陣】」
唖然として動けなかったはずの軍勢が、アレックスの声に無意識下に従ってしまいます。これこそがハイ・ヒューマンの持つ限定スキルのひとつ【絶対指揮】でしょう。
吸血鬼の群れに数多の戦士が雪崩れ込んでいきます。
その光景を中衛より眺めている私は呟きました。
「これ、余裕じゃないですか……?」
「すべて神様の作戦通りです……!」
「今回は違うと思いますよ、さすがに」
「?」
アトリにはよく解らなかったようですね。
▽
そろそろ私たちもお仕事をする時がやって来ました。
現在、吸血鬼と人類種との全面戦争が繰り広げられています。現在、戦況は五分五分と言ったところでしょう。
初撃で獲った有利も、吸血鬼の圧倒的な再生能力で五分に持って行かれています。
やがて夜が深まれば、視界の問題で更に不利を強いられることでしょう。まあ、まだ人類種側には作戦があるようなので負けることはないでしょう。
さて、本題である私たちのお仕事ですが……大きく分けて三つあります。
ひとつは、敵の部隊長の殺害です。
二つ目は、現れるであろう三騎士のお相手。
そして、最後に託されたのが強襲部隊を率いての――ヨヨ暗殺です。
アレックスが言うには失敗しても逃げれば良いようです。あくまでも「強襲される危険性」を知らしめ、動きを鈍らせ、そこを軍力でねじ伏せることが狙いのようですからね。
結局、小細工よりも圧倒的な力こそが戦争の王道なのです。
数多の剣戟が行われる戦場。
そのど真ん中に似つかわしくない、幼女の姿がございます。その幼女は大鎌を背に負い、あえて参戦することなく、大人たちの背に隠れています。
それは恐怖による逃走ではもちろんありません。
「見つけた」
アトリが呟いた瞬間、乱戦の間隙をスルスルと抜けて幼女が疾駆します。突如として出現した乱入者に、誰もが反応することもできませんでした。
意識の間隙を縫う歩法。
誰にもぶつかることなく、アトリは十数名の吸血鬼たちの横を風のように抜けます。そして、
「引くな! 我らにはヨヨさまの加護がある! 再生する! 人類種如きに――」
「ひとつ」
「――っ!?」
部隊長だったらしい、大声の吸血鬼の首が戦場を転がりました。
アトリはすかさず【ボム・ライトニング】で頭部を爆破。さらには敵陣の奥深くでロゥロを展開することにより、敵の意識を完全に外してしまいます。
「【シャイニング・バースト】」
最後に吸血鬼の集団に大ダメージを与えてから、彼女はシヲを囮にあっという間に離脱してしまいました。
敵味方問わず。
あり得ないような現象に動きが停止していました。戦場の只中で大鎌による暗殺が、真正面から行われたのです。
常人ならばフリーズするのも仕方がありません。
「アトリ、指示を」
「はい神様! 神は言っている……戦え、と」
アトリが宣言すると同時、人類種側が喝采を挙げました。幼女がもたらす一方的な死は、味方を大いに盛り上げ、そして敵には深い絶望を授けたようですね。
「次、行きましょう」
こくり、とアトリは血塗れになりながらも頷きました。
その後、アトリは三体ほど部隊長レベルの吸血鬼を殺害してしまいました。激しい戦場で身体の小さなアトリは見つけ辛いようです。
ましてや死闘の最中ですからね。みんな自分のことで必死です。
ジャックジャックより学んだ暗殺術は、ずいぶんと役に立っているようです。
離脱したアトリに【シャドウ・ベール】を付与します。
これで数分待機していれば、また敵がアトリを見失うことでしょう。仮に見失わなかったとすれば、この大乱戦の中で集中を欠くも同然。
アトリが戦うまでもなく、そういう輩は兵士に殺されております。
私は敵陣に【クリエイト・ダーク】で作った煙幕をぶち込んできます。吸血鬼たちは「闇で見えない」ことに不意を突かれ、煙幕だけでかなりスペックを落としてくれるようです。
吸血鬼たちが口々に叫びます。
「みえ、見えないぞ! 吸血鬼は夜目が利くはずなのに!?」
「俺を守れ! あの幼女が! あの幼女が来る! 守れえええ!」
「あいつどこ行きやが――まっ」
「幼女に気を取られるな! 兵士が目の前にいるんだぞ!」
混乱する吸血鬼。対する人類軍側は、
「殺せ殺せえ! 敵は混乱してるぞ!」
「攻めろ!」
「こっちには幼女がついてんだぞ! 俺なんか見てて良いのか!? 首、狩られんぞ!」
どうやら、かなりの大盛り上がりのご様子でした。
まあ、勝ち戦って楽しいですものね。ただ、単純にスペック差があるため、果敢に攻めた人類が返り討ちにあって徐々に冷静になっていきます。
いくらアレックスのバフが強かろうとも、結局、吸血鬼だって化け物ですからね。
「一旦、陣形を整えろ!」と吸血鬼の一人が咆吼します。
やがて吸血鬼たちが「部隊長クラスを守る」動きを徹底させ始めました。今まで統率が取れておらず、個人の力量で戦闘していた吸血鬼が団結を習得しました。
死神幼女という脅威を前にして、です。
あそこまで防御を固められては、手を出すことは難しいですね。
被弾しながら殺しにはいけますが……リスクです。
今【ケセドの一翼】を使うのはもったいないでしょう。あとは軍にお任せしましょう。敵は及び腰になっています。
せっかくの【再生】も攻めなければ活かせません。
我々は三騎士を狙う方向にシフトしました。
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