第98話 魔王軍会議

▽第九十五話 魔王軍会議

 最終到達地点魔王城。


 草木も死に絶える、悪夢の巣窟。

 ボロボロに崩壊している廃城。その玉座の間にて……魔王グーギャスディスメドターヴァは暇と空腹とを持て余しているようだった。


 腹がぐうぐう鳴っている。


 敷かれたばかりのふかふか絨毯に寝そべり、駄々っ子のように暴れ回っていた。


「ゲヘナよ! ただちにご飯を持て! 此方は空腹じゃ! 嫌じゃ嫌じゃ、お外いきたいお外いきたーい!」

「女児っすか!? うるせえっすよ!」

「うるさいうるさーい、此方はぴちぴちの百二十三歳じゃ! 女子に年齢を言うでない。だから、其方は振られるのじゃ! やーいやーい、メンタル雑魚ざーこ。四天王最弱!」

「うっせえー! この上司、マジで最悪っすわ! あんたぶち殺して世界救ってやりましょうか!?」


 魔王は長い間、自主的に封印されていた。

 理由は単純だ。

 女神ザ・ワールドが提案してきた「666年、魔王が生存する」戦争……じつは魔王の敗北は始まる前から決まっていたのだ。


 魔王の寿命は……二百歳もない。


 それを対策するために《神薬劇毒のピティ》が薬を使い、魔王を弱らせた上で封印していたのだ。ゆえに、最近まで王は時を止められて眠っていたのだ。

 玉座の間にて四天王が勢揃いしていた。


 ゲヘナは形だけ傅き、ヘルムートは心の底から跪いている。アリスディーネは立ったままに寝ており、ピティは馬鹿みたいに厚着をして玉座に座っている。

 ピティが震えながら呟く。


「うるせえなあ。おらは仕事してるってんだろ。死ね。呼び出しておいて雑談か? ふざけてんじゃねえぞ、死ね」

「なんじゃ、ご機嫌ななめか? せっかく可愛いのに損じゃぞ」

「死ねクソ魔王」

「反抗期じゃな!?」


 ヘルムートが跪いたまま、厳かな声を漏らす。


「第三フィールドにて戦争の気配がございます、魔王様。ヨヨ・ロー・ユグドラの吸血兵の規模次第では、我々の敗北も考えられるかと」


 魔王が言う。

 けれど、


「謝れ謝れ謝れ謝れ! 此方は偉い魔王様だぞっ! そもそも此方が処女なのはモテないからではなく、種族が! 種族が根本的に違うからじゃろうが! 此方、人類種なんてみんな餌にしか思えんもん! 訂正して詫びよ、ピティ!」

「モテねえ言い訳お疲れ様だな、魔王。死ね。強く死ね。処女、新品、600歳越えのクソババア」

「黙れ黙れ黙れ黙れ」

「……ゲヘナ、どうにかしてくれ」ヘルムートが悲しそうに言う。


 ゲヘナがだるそうに跪くのを辞め、その場にて胡座をかく。イベントの時に気に入ってから、ずっと被っている学帽のツバを後ろに回す。

 美貌のエルフの顔に浮かぶのは、かすかな憂いだ。


「で、ヨヨの処遇についてどうするっすか? 一応、魔王様の敗因に繋がるかもっすけど。正直、人類種が魔王様に勝つ最善手ってヨヨの支配を受け入れることっすからね。ま、効率的ではあっても、感情の面から人類は嫌がるでしょうけど」

「ゲヘナよ、其方行きたいのじゃな?」

「……そうっすね。お嬢さんが捕まったのは、俺っちがいなくなったからっすもん。でも、俺っちの所属は魔王軍っすからね。私情では動けないっすわ」

「エルフや人類国家とは違うぞ? 此方の軍は自由じゃ。其方がヨヨを敵に回したとて構わぬ。結局、すべては此方が殺すのじゃからな」

「……」


 魔王は自信家だ。

 否、本来ならば魔王は一方的に人類種を滅ぼせるはずだった。ザ・ワールドがスキルなんてズルを人類種たちに与えた所為で闘いになってしまっただけだ。


 スキルが生まれる前の人類は脆弱だった。


 精々、吸血鬼や魔女の一族くらいしか魔王に対抗できなかったのだ。圧倒的な強さを持っている前提の種族。

 生物の、世界の天敵。


 それが魔王。


 悍ましいほどの威圧感を放つ人物ではあるが……ピティに馬乗りになり、何度もビンタをしながら喋られても威厳は感じられない。


 血塗れのピティが白目を剥いて気絶する。


「何も言い返せぬな、ピティよ。はい、論破じゃ」


 ピティから退去した魔王は、手に付着した血液を美味しそうに舐める。その姿は真祖吸血鬼のヨヨが可愛く思えるほどに怪物じみている。

 見目は美麗な幼女なれども。

 その心根、生態は何処までも人類とは歩み寄れない、隔絶の種族。


 魔王が妖艶な流し目を寄越す。


「好きにせよ、ゲヘナ。間違えようとも、どうなろうとも此方に敗北はない。楽しめ、滅びが訪れるその時までの。あらゆるが此方の人生を彩る賑わいじゃ」

「かしこまりました、魔王陛下。俺っちではなく、ピティを動かしても?」


 こくり、と魔王が首肯する。

 唯一、魔王四天王の中で身バレしていないのがピティである。あの少女は性格こそ破綻してしまっているが、その能力だけならば四天王に相応しい実力がある。


 能力も裏で暗躍するには打って付けだ。


 かくして第三勢力ヨヨ・ロー・ユグドラの排除が魔王軍の正式決定となったのだった。暗躍するのは《神薬劇毒のピティ》……魔王軍が有する、生粋の魔女。

 神さえも恐れさせた、毒使い。

 人類のためにもっとも戦い、一度の失敗ですべてを否定された、憐れな少女。


 ゲヘナは思う。

 人類種はいつも間違いばかりだ。

 しかし、それはしょうがない話である。誰もが人類のことなんて考えていない。当たり前だ。人類のために死ねる人間なんて、本当に一握りなのだから。


 誰もが自分のために、自分のためだけに動く。


 それを否定する人類種は、よほどの愚者か我が儘か世間知らずか。全員が理想の最善手を指すなんて考えるのは、思考停止だ。

 世界は間違いに満ちている。

 かつてのゲヘナは間違えた。仲間だと勘違いした相手に、最善を求め、裏切られ……今や人類の敵の側近だ。

 ゆえに、願わくば。


「魔王様の好敵手が間違いませんように」


 そうゲヘナは呟いた。


       ▽

 目を見開いたアリスディーネが真剣な眼差しを浮かべた。


「はっ、会議が始まる……!」

「もう終わったぞ」

「? つまり、二度寝できる?」

「そうじゃの。アリスディーネよ、此方に腕枕することを許す」

「許されてしまった」


 こんな奴らが人類を滅ぼすのは、ちょっとやめてほしいなあ、とゲヘナは思うのだった。肩を竦める苦労人を余所に、アリスディーネが眠たげに瞼を擦った。


「あ、そうだグー様。ご飯はどうする? たくさん新鮮な人類種を攫ってきたんだよ? 柔らかいお子様がたくさん……」

「食べるー!」

「うん、じゃあ料理するね……美味しくしてあげる」


 その日はご馳走だったらしいが、ゲヘナは食べなかった。

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