第73話 盗賊たちのショータイム
▽第七十三話 盗賊たちのショータイム
あの後、私とアトリは宿を取りました。
休憩するアトリを尻目に、私は掲示板で盗賊について情報を集めております。すでに《スゴ》には第三陣がやって来ていて、主に第三フィールドを舞台に遊んでいるそうです。
一部、第一フィールド奪還に失敗し、NPCをロストさせたプレイヤーも第三フィールドにやって来ているようですけど。
ともあれ、第三フィールドにもプレイヤーはたくさんいるのです。
今までのフィールドよりも広大なため、中々、プレイヤーに遭遇することはないようですが。
「ほう。どうやら山賊側の何人かは精霊憑きのようですね」
「精霊なんて神様の前では無意味です」
「そうですね……」
私もその精霊の一人なのだ、とアトリが知ったらどうなることでしょう。現実を受け入れられないような気もいたします。
幼女の心身の健康のためにも、私の嘘が露呈しないようにせねば。
とある掲示板に掲載されていたのは、山賊たちの暴虐でした。主に女性に酷いことをしている動画や男性を拷問したり、殺したりするような動画が多いですね。
良識を持つ人々からは非難囂々。
そういうのを愛好する人たちからは喝采、そして――共闘の願いが出ております。
「これ、早めに潰さないと厄介かもしれません」
現実では犯罪活動でも、ゲームの中ではバッドマナーていどで済まされます。そういったコトをしたい人々が徒党を組めば……思った以上の集団に化けることでしょう。
もっとも厄介なのは首魁の青年です。
彼が何かをすれば、それだけで人が涙を流し、地面に這いつくばります。肉体に直接的なダメージを与えているわけではないようですね。
精神支配。
そういうタイプの攻撃でしょう。
また、動画を見る限りに於いて、その攻撃を起動する時は決まって精霊が【顕現】しているようです。プレイヤー側の固有スキルと見るべきでしょう。
この《スゴ》は、今時のMMOとしては珍しい仕様となっております。
ダーティプレイに対する、システム的な規制がまったくないのです。昨今のMMOならPK不可能のセーフエリアなり、PKプレイヤーに対するネームレッド化など、何かしらの罰則が与えられて、PKをすると不利になるように仕向けられます。
しかし、この《スゴ》にはそれらがございません。
犯罪やり放題。
それを見つかれば捕まえられたりしますけど、システム的なダメージはないのです。まるで現実のよう。
今まで《スゴ》の民度が保たれていたのは奇跡です。
ゲーマーは「禁止されていないなら仕様」と考える性質があります。一部、しっかりした人はマナーを守りますが、それはあくまでも一部だったりします。
この
私とアトリの安全で楽しいVRMMO生活のため……彼らには死んでもらいましょう。
「決めました、アトリ。これ以上、敵のレベル上げが進む前に片をつけます」
「解りました神様。ボクは着いていく……ですっ!」
「よろしい」
ちょうど《脱落会》の撮影係――水精霊のプレイヤー「アシッドメソッド」がライブ配信を始めております。彼は契約者を持たぬ無力な精霊です。
ですが、あえて契約しないことにより、《スゴ》を自由に闊歩できるようですね。
盗賊どもの暴虐を撮影し、動画投稿……そういう楽しみ方をする人のよう。
首魁に何かされた女性NPCが泣き出し、蹲る中、男たちが押し寄せていきます。中には【顕現】したプレイヤーも混ざっているようですね。
まあ、見るに堪えない動画でしょう。
私は配信を切ることなく、ずっと端に映る首魁――その契約精霊を凝視します。何かしている様子。それは首魁も同様です。
おそらく、田中さんとヒルダのような、連携スキルでしょう。
「……正直、未知数すぎますね。奴らに挑んだ人々はAランクが多い。ならば、対策だって練っているはずですが」
掲示板が騒がしい。
どうやら《脱落会》を討伐するチームを組んでいるようです。ただし、私の目には欺瞞に思えます。わざわざ掲示板で募っている……
罠の可能性が高いでしょう。
おそらく《脱落会》に所属していたり、所属希望のアウトローたちが混じっているに違いありません。このチームに入った暁には、うしろから不意打ちされること必至。
鬱陶しい敵です。
民度が終わってしまう前に、私たちが止めなくてはいけないようですね。
▽
盗賊たちの居場所はすぐに割れました。
だってライブ配信をリアルタイムで行っているのです。捕まえた女性たちを犯し、嬲り、隅々まで尊厳を破壊しているようです。
契約していたプレイヤーは悲惨な光景を目視できず、逃げてしまったようですね。
このライブ配信は大層な盛り上がりのようで。
賛同者も多数見受けられます。「次は俺も!」「今、契約してるNPCわざと殺して第三フィールド行くわ」などなど。
勧誘活動でもあるわけなのです。
私の契約NPCが男性ならば、油断させるために仲間入りするのですが……アトリは近づくだけで標的にされてしまうことでしょう。
私たちは《シャドウ・ベール》で隠れながらアジトへ近づいていきます。盗賊たちのアジトは山中の洞窟でした。課金アイテムによって整備された洞窟は、住むには十分すぎるほどに快適そうでした。
見張りは二人。
どちらも【鑑定】した結果、そこそこの実力を持っているようです。
何よりもスキル構成が整いすぎているので、精霊憑きであると認識させてもらいます。おそらく、精霊は近くで待機しているか、リアルタイムで配信に登場していることでしょう。
嬲ることに夢中で無防備。
攻めるならば今が好機でしょう。時間帯は真昼。夜に襲撃しないのは、アトリの【天使の因子】スキルが夜に目立つからでした。
森の中、音もなくアトリが駆け抜けていきます。
やがて所定位置に辿り着いたアトリは、無言で【スナイプ・ライトニング】を準備します。同時、私もNPCの一人に隠れて寄ります。
魔女から購入した、合図を送るウィッチクラフトが振動します。
音もなくアトリの狙撃が、見張りの男の頭部を吹き飛ばしました。
もう一人が悲鳴を上げそうになるところへ、私の【プレゼント・サイレント】が炸裂しました。男は大口だけ開け、音にならぬ悲鳴をあげます。
そこに狙撃がやって来ました。
▽
無事に洞窟内に侵入します。
この洞窟は【土魔法】や【工作】スキルによって整備されているようです。ちょっとした迷路のような構造をしていますね。
鍵の掛かった扉もございます。
ですが、そのような仕掛けは【クリエイト・ダーク】の前では無力です。闇を鍵穴に差し込んで、操り、動かすだけで解錠が可能ですよ。
まだ掲示板では「使用難易度が酷くて使えない」扱いを受けている【クリエイト・ダーク】です。私がもっと普及してあげねば。アトリの大鎌だって有用性は認められつつも、こんな難しい武器を一から覚える奴いねえ……と不人気だったりします。
道中、見張りの雑魚を数体、始末しました。
私の【プレゼント・サイレント】やシヲの奇襲による拘束が有効です。我々は【シャドウ・ベール】が剥がれないような速度で洞窟を進んでいきました。
スニークミッションは不得手です。
やがて洞窟内に部屋が散見されるようになりました。やはりファンタジーの力は壮絶らしく、ただの洞窟が今や趣のある宿泊施設となっております。シヲが【音波】スキルで索敵していきます。
やはり、お楽しみ中なので待機組は少ないらしいです。
部屋にいる人間を見つけても、私たちは淡々と始末していきました。
さて、順調な洞窟探検でしたが、それにも限界というモノがございます。敵にも索敵を得意とする人間は当然のようにいたわけです。
何かを察知した男が、背後に五人の部下を引き連れてやって来ました。
「うーん、音がするなあ」
「マジっすか、ビークさん」
「ああ。俺の【音楽】スキルが言ってる。この洞窟内に悲鳴と悲嘆、悦楽と愉悦以外の音楽が鳴り響いているようだな」
「あー、早く戻りてえっすよ。俺、まだ二人としかしてないんすよ。しかも一回なんて尻! 最悪! いや、良かったすけど……早く戻らねえとゲスどもの体液でぐちゃぐちゃっすよ」
「それを言ったら、俺は一人ともしていない」
「それはやっている最中、楽器を弾いてるあんたが悪いでしょ」
「興奮を音楽に変えていただけだ」
「やばあ」
そういう気楽な会話が聞こえてきますね。
シヲの【音波】スキルに頼るまでもございません。殺しても問題ないタイプの人種なので、私たちも遠慮なく飛び込んでいけます。
「アトリ、行きなさい。【プレゼント・サイレント】【プレゼント・パラライズ】」
「っ!」
私がリーダーの口を押さえ、その側近を麻痺させました。
飛び出したアトリは、その二人を素通りして配下たちを殺戮します。大鎌による雑な一閃によって、奴らの首は胴体とおさらばです。
何人か抵抗しますが、アトリを殺すことはできず。
即座に【奪命刃】で回復資源にされるのみでした。奇襲というのもありますけど、格下にアトリは滅法強いようですね。
さて、何かを叫ぼうとしている、自称音楽家。
地面を這う痺れた側近。
シヲが両者を硬く拘束してしまいます。アトリは大鎌を首に添えながら、その愛らしい顔をこてんと傾げます。
「何人いる。人質の数」
「……だ、誰だ。てめえみてえな幼女が、何を」
沈黙から脱した音楽家が喋り出します。
しかし、音楽家は何も話す気がないようで、アトリに唾を吐きかけようとします。が、それよりも早く、アトリの大鎌が音楽家の首を切り落としていました。
血の噴水。
シヲがゴミでも捨てるように、触手を使って壁に死体をぶつけます。生き残った側近は、その顔面を青白くして首を左右に振ります。
「な、なんでもはなしゅ……」
「当たり前。何人いる。人質の数。場所。お前たちのリーダーの能力」
「え、えっと」
「遅い」
アトリがアーツを使った蹴りで、側近の肩を砕きました。悲鳴は【プレゼント・サイレント】で止めておきました。
耐性のない相手にはチート級の強さを誇りますね。
「三十五人! 今日、メインで楽しんでるのは十九人っ。他は警備してる! 女は牢屋には五人居て、メインの会場では十人! リーダーの能力は解んねえ! たの――」
「――今までの人たちと同じ。もう良い」
側近の首を切り落とします。
天輪を浮かべながらも、大鎌を携える幼女が……昏く微笑みます。有象無象の悪意など、真なる狂気を孕んだ幼女の前ではくだらない。
返り血ひとつ着かぬマントを翻し、アトリが欲望の坩堝を進みます。
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