第62話 神々の観察会2
▽第六十二話 神々の観察会2
皺ひとつないシーツの海に、二人の女神が寄り添っている。眠るわけでもなく、睦み言を交わすわけでもなく、肉を交えることもない。
悠久の年月を過ごす女神たちは、ただ肩と肩とを触れ合わせるだけでも構わないのだ。
ゆったりとした時の中、全生物の中でもっとも美しい女神――ザ・ワールドが目を見開く。
「あ、ゲヘナくんが負けたね……またアトリちゃんだ! すごいよお」
「ま、たしかにアトリは異常ね。ネロが【天使の因子】スキル取らせたときは終わったと思ったけど」
「あのスキル、人類種が使うスキルじゃないもんね。魂痛に人類種で耐え続けてスキルレベルを20以上にするなんて……すごおい!」
「今回の功績で適合させたし、魂へのダメージはなくなったけど。本当に大丈夫かしら?」
「なにがー?」
きょとん、とした顔を浮かべるザ・ワールドに、同じく女神のザ・フールは一瞬だけ頬を緩めそうになる。
ベッドの上では誰よりも上手なのに、平時では誰よりものほほんとしている。
他の女神もだが、ザ・ワールドのこういったギャップにやられた輩は多い。
女神は全員、ザ・ワールドには深い恩がある。
色恋の気持ちはあるものの、それ以上に心配の色が濃い。
「天使の因子ってセフィロトでしょ? 知恵と生命が合わさったら何かあるんじゃないの?」
「何かあるの?」
「神に近い力を手に入れたりとか? 人類種がよく言ってるじゃない」
「うーん、それはないんじゃないかなあ。魔王ちゃんだけが魔法を使えるの、ズルいから用意したお助けシステムだもん、スキルって。そもそも神力って才能とかで手に入れるモノじゃないし」
ある時、女神たちは唐突に存在していた。
自分たち以外には何もなかった。天も地もなく、あるのは自分たちだけ。ただ飢えだけがあった。それを凌ぐ手段もなく、女神たちは何もない空間で数億年の時を過ごさせられた。
唯一、食事としてあったのが……
その時のことから女神たちは立候補してくれたザ・ワールドには頭が上がらないのだ。彼女はいつでも犠牲を払うことを躊躇わない。
神の力は……存在の時間によって入手するものなのだ。
寿命がある生物では辿り着けない領域にある。時間があれば誰でも神のような力を使えるが、その時間を過ごせる生物は存在しない。
ザ・フールは溜息を吐く。
「人類種ってか世界って理不尽よね。あたしたちの力を勝手に奪って、勝手に成長していく寄生概念の癖にあたしたちに救いを求めてくるし。何かあったら全部あたしたちの所為。消してもキリがないから見て楽しむ娯楽にしてるけど」
「私は気に入ってるんだけどなあ」
「魔王バグをそのままにしてるあんたが異常なの。早く消せばいいものを。人類種だってゲームがバグって壊れたら初期化するし、病気になったらその箇所は切除する知能があるわよ」
世界という概念は、言ってしまえば寄生虫だ。その寄生虫が病気を撒き散らすようになった状況こそが魔王バグである。
その病気は女神にとって、害悪以外の何者でもない。
「ムカつくのよね、人類種って。勝手に頼りにしてきて、しかも断れば怒り狂ってさ」
「教えてないんだから仕方ないよ。教えられる代償を人類が払えないんだもん」
「そんなの人類の都合でしょ、知らないわよ」
「怒った顔も可愛いなあ、ザ・フールちゃんは」
「なっ! もう! てか、あんたが悪口を言われている側なのよ!」
ベッドの上で立ち上がったザ・フールはモニタを生み出して、その文字列たちを睨み付けた。そこには「クソ運営」だの「ゲームバランス最悪」だの「運営氏ね」だのと書かれていた。
昏い顔でザ・フールが呟く。
「本気で死んでやろうかしら? あたしたちが居なくなったら、飢魂になって苦しむだけなのに。こいつらも魂の飢えに苦しめば良いのに!」
「まあまあ。ネットなんてこんなものだよ、ね」
「なんでザ・ワールドのほうがネット文化に馴染んでいるのよ」
「……ふふ」
ザ・ワールドは目を閉じる。
「第一フィールドが取られちゃったね。このままだと人類種はじり貧で負けちゃうかも。ネロくんには頑張ってもらわなくちゃね。ネロくんには負担をかけちゃうけど」
「どうせあと百年もしたら魔王が現れて滅ぶ世界よ。気にすることないわ」
「さて、ネロくんは【神威顕現】を使ってくれるかなあ。不安だよお。仮にも天使と契約するのに、ただの闇精霊だと無理があったからね。スキルくらい神っぽくしてあげなくちゃ」
「あれって本当に神の力があるの?」
「ないけど。でも、私がお墨付きした、っていう力があるよね。神器みたいな」
ザ・フールが露骨に機嫌を損ねた。
クールな顔立ちながらに、やや頬を膨らませている。
あまりにもザ・ワールドがネロやアトリ、世界のことを贔屓にしているからだろう。その様子を見て、ザ・ワールドは愛らしいな、と破顔した。
ベッドにごろんと転がる。その白い腕を伸ばし、もう片方の手でぽんぽんと腕を叩いた。
「おいで。ここで寝ても良いよ、ザ・フールちゃん」
「え、あ、うん……だ、抱きついて寝ても良い?」
「良いけど……お洋服は脱ぎ脱ぎしようか。邪魔だからね」
途端にザ・フールが整った美貌を真っ赤に染め、コクリコクリと頷きだした。そそくさとボタンを外していく。
ふとザ・ワールドが横目で世界を確認した。
「ごめんね?」
だれに向けて呟いたのかは、だれも知らない。
意識はすぐに恥ずかしげに裸体を晒す少女に向けられていた。
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