第53話 強化の方向性と必要な素材
▽第五十三話 強化の方向性と必要な素材
アトリが大鎌を風狼にぶち込みました。
さすがはレベル99の召喚獣と言うべきでしょうか。即死することはなく、身体を猛烈にぶんぶんと振り回して、アトリの華奢な肉体を吹き飛ばします。
今回、あくまでもアトリの動きが見たいらしく、私はあえてサポートをしていません。精々が【再生】スキルなどを貸しているくらいでしょうか。私の【ダーク・リージョン】があれば、もっと強気に攻められていたのですが……
あのスキル、効果が一瞬なので使い所が難しかったりします。
「……死を受け入れるべき、犬」
『あおおおおおん!』
「ごめん、狼」
アトリは空中で鎌を狙撃銃のように持ち替え、閃光魔法の【スナイプ・ライトニング】を連射しました。
この距離での狙撃は無謀です。
風狼はその巨体を正しく疾風の如く、左右に振って鮮やかに回避します。稲妻を描くような軌道の後、アトリの真横にまで跳躍し、そのかぎ爪を振るいました。
大ダメージ必至の一撃。
アトリは表情を動かすこともなく、爪を腹で受け止めながら、大鎌で狼の目を斬り裂きました。
『あお!?』
爪で裂かれた衝撃で地面を転がるアトリ。
しかし、とくに回復することもなく突撃していきます。敵はまだ目を斬られた衝撃と痛みから立ち直れていない様子。
そこに大鎌が振り下ろされました。
終結でした。
▽
アトリには【天輪】があり、実質的なHPは二倍あるということになります。普通であれば致命傷でも気にせずに動けてしまいます。
仮に致命傷だったとしても【致命回避】と【逆境強化】がありました。
そういった切り札をまったく切らずに完勝してしまいましたね。いくらボスレベルといっても、あまりにもアトリに有利な戦闘でした。
風狼が斬り合いに応じ、【殺迅刃】で足を殺されたのも痛かったでしょう。
まあ【鑑定】スキルを持っていなかった風狼が悪いです。【再生】持ちに真っ向から回復手段なしで挑むとは。
「最後の」とゴーシュが悩ましげに呟きます。
「最後の狙撃魔法? あれは何が目的で撃った? 当たるわけがないと思うが」
「あいつ、ずっと突進を狙ってた。吹き飛ばして距離を稼ぎたそうにしてた。だから直線で攻められないように邪魔した」
「……そうか。そこまで理解して戦うのか」
「?」
どういうことでしょう。
全知全能たる私(アトリ目線)が問うことはできません。
しかし、私の苦悩を余所に王女殿下は簡単に問うてくれました。首を傾げながら、
「どういうことです?」
「あいつの固有スキルだ」とゴーシュが答えます。
もう一度、彼は死亡した風狼を召喚して見せて、その固有スキルとやらを実演して見せてくれました。
風狼の固有スキル――【疾風爪】です。
風狼が猛スピードで駆け出します。おそらく【疾風魔法】で肉体に強烈な速度バフを付与しているようです。
数秒で百メートルを駆けた風狼は、速度と体重を乗せた爪で大樹を抉り取りました。凄まじい轟音とともに百メートルはありそうな樹が倒れていきます。
「走った距離、速度を爪の威力に加算する固有スキルだ。完全な形で決まることは滅多にないが、大抵の相手はアレで殺せるんだよ。アトリが持久力型だと気づいてからは、ずっとレティーはあれを狙ってた」
「あの僅かな戦闘時間でアトリさまはそれを見抜いた、と?」
「天才なんだろう、戦いってやつのな」
語り合う兄弟を放置し、アトリは私のほうに近づいてきました。とてとて、と無邪気に寄ってくる姿はまったくもって幼女です。
相手よりも血塗れになって戦う死神の姿が嘘のように消えています。
「よくやりました、アトリ。素敵でしたよ」
「! すてき……うへへ。ボクはすてき。か、神さまはもっと素敵! です!」
「ともあれゴーシュにはよく見てもらえたでしょう。これは良い武器になりそうですね」
「うん、はいですっ!」
我々がゴーシュに目を遣れば、彼も腕を組んで頷きをくれます。
アトリの「全部」は叶えられないにせよ、今よりも弱体化することはないでしょう。それだけは安心感があります。
ツルツルになった顎を撫でながら、ゴーシュさんが手を伸ばしてきます。
「その大鎌【死を満たす影】……まず手始めに攻撃力上昇ではなく、魔法攻撃力上昇に変化させようと思う。アトリのメイン攻撃は魔法と武器術の統合進化スキルだろ? しかも魔法攻撃力でダメージが出るタイプだ」
「そう」
「特殊スキルについては期待するな。補正タイプを変えることは難しい」
地面に丁重に安置された【死を満たす影】に器具を触れさせていくゴーシュ。彼は数分もそうしていましたが、やがて我々を見上げます。
「あるだけの素材を見せてみろ」
私は【アイテムボックス】からイベントレイドボスの報酬素材を取り出していきます。ポーションにならなかったモノ、売ったらもったいなさそうなモノが中心でした。
やがてゴーシュはその中から、邪世界樹の素材を手に取りました。
「これは良いな! 呪い武器みたいになりそうだが、アトリ自身が強い光属性だから相殺できるだろ。強化してくるぜ……」
そう言って我々を取り残し、エルフの魔鍛冶師は仕事場へ消えていきました。
我々はエルフランドの大森林……その最奧に取り残されます。アトリはメインたる大鎌を没収されてしまいました。
気づけば、先程の戦闘の音を聞きつけた魔物が寄ってきます。
王女殿下とシシリーが武器を構えます。
アトリは困ったように左右を見渡した後、おずおずと拳を握りました。
「いやいやいや!」
私は【アイテムボックス】から【万物、厭忌の朽枝】を渡します。私の支援を受け取ったアトリは嬉しそうに「にへら」と微笑みます。
先程の戦闘で私の支援がなかったことが寂しかったようです。
よろしい。
この戦いは手厚くサポートすることとしましょう。
エルフの鍛冶師を待つための戦闘が始まりました。
▽
あれからすでに三時間が経過しております。
魔物の大群は引っ切りなしに出現しました。倒せば倒すほどに血の匂いが、獣の断末魔が、肉の匂いが、ありとあらゆる要素が魔物たちを呼び込みます。
「え、MPが……底をつきました! もうポーションもありません!」
「はあはあ……こっちも本気で限界かも、しれません」
「下がってて」
私は王女殿下に【アイテムボックス】から取り出したMPポーション(少ししか回復しません。自衛用のMPくらいにはなるでしょう)を投げ渡し、駆け出すアトリに追従します。
アトリはメインウェポンを失ったからといって、止まるような幼女ではありません。
アーツ【瞬駆の舞】を使って距離を詰めます。
大杖を敵の顔面に叩き込みながら【スナイプ・ライトニング】を起動します。強制的なヘッドショットによって魔物の顔に穴が空きます。
魔法アーツの隙を【停克の舞】で掻き消しました。
全方位から飛び掛かってきた魔物に【ライトニング・バースト】を叩き込んで牽制。
離れた敵に出の早い【ハウンド・ライトニング】を撃ち込んでいきます。それに加えて、私が【プレゼント・ポイズン】で毒にしていました。
そのダメージで敵が倒れます。
「毒は意外と使うのですけど……あまり《スゴ》では使い所が少ないですね」
雑魚に状態異常を与える意味は少なく、強敵には耐性があることが多いです。使い所が少ないです。
まあヘルムートに効果的だったのでお釣りは来ますかね。
「さてアトリ。油断せずに戦いを続けましょう」
「神様! はいです……」
「嬉しそうですね、アトリ」
「神様と戦えるの、楽しい。ですっ」
「それは重畳」
王女殿下たちの護衛はシヲが務めてくれています。私たちはずっと暴れるだけで良いのが素晴らしい。
MMOでレベル上げのために数時間、戦い続けるのなんて当然でしょう?
私たちは次の戦闘に以降しました。
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