第47話 森林の奧へ

▽第四十七話 森林の奧へ

 張り切った我々ですが、一日だけお休みすることになりました。


 というのも、アトリの防具の耐久度が減少していたからです。それを直してもらっている間だ、冒険に出向くことが不可能となりました。

 初期装備でも行けるかもしれませんが、不要なリスクでしょう。


「嫌。嫌。嫌、です神様……ごめんなさい」

「まあまあ、アトリ。落ち着いて」

「うう……苦しい。です」


 私はログアウトしようとしていました。


 冒険に出向けない以上、私がアトリに付きっきりになる意味はございません。どころか、アトリの【孤独耐性】を発揮するためにも、私はログアウトしていたほうが良いのです。

 あのスキルがあれば素振りでも、けっこうな経験値になりますからね。

 とくにまだレベルの低いスキルは、かなり効果的でしょう。


 レベル50から上昇が渋くなってきます。

 宿の床にぺたりと座り込み、泣き出してしまうアトリ。とても申し訳ないのですけど……ログアウトしないことには食事もできませんし、眠れもしないのです。


「ほら、アトリ。連絡はなるべく小まめに返しますし、ね?」

「う、うう……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「よしよし、良い子ですね。良い子ですね、アトリ」


 どうにかアトリを宥めて(三時間も必要でした)ログアウトしました。


       ▽

 久しぶりのリアル、という気さえしてきます。

 ゲームの世界には時間加速がございますから、この感覚は決して間違っているというわけではありません。


 ベッドから立ち上がって背を伸ばします。

 注文したマットレスが届くのは、まだ数日必要のようですね。一応、アトリの分も注文していたりします。


 少し前にも話しましたが、課金すればこちらの世界のモノを持ち込めるのです。通販サイトで購入したモノが、あちらに直接的に届く、という形ですね。

 不思議な機能です。

 ハッキリ言ってぼったくり(現品が届かないわけですから)でしょう。


 マットレスなどを持ち込んだ方によれば【顕現】して座ってみたところ、寝転んだ感触がリアルとまったく同じだったという話のようです。

 ということでアトリにもプレゼントします。

 なんだかゲームキャラに貢いでいるかのようですけど、《スゴ》のクオリティに感服してのお布施みたいなモノです。


 サービス終了されては困りますしね。


 そのような出費もありつつ、じつは《スゴ》では悪くない額を稼げています。

 イベントの一千万円は例外として置くにしても、普段の冒険からして良い感じです。使わないレアドロップ品などを換金しています。


 本当に特殊な性能がある武器を売ったくらいの額が手に入る時があります。まあ、基本的には小銭ですが。遊んで得た金銭としては破格です。

 時間加速も加味すれば、かなりの時給でしょう。


「しかし、リアルでやることがあまりないのですよねー」


 読書も動画鑑賞も、課金すればあちらでも可能です。そして、最近の私はアトリに随行して暇な時、そういったモノを楽しんでいます。

 あまり相手をしないとアトリが絶望(悲しむとかではありません)するので熱中はできませんが……


 食事と入浴を手早く済ませました。

 元々、料理は嫌いではありませんが、食事自体に興味はあまりございません。入浴にしても外に出るわけでもなし、誰に会うでもなし、最低限で終わらせます。


 お隣さんが来たとしても、どうでも良いですし。


 あちらの世界で三日ほど必要とのこと。

 他の仕事がなければ当日に終わった、とのことでしたが、ドワーフさんも多忙のようです。つまり、こちらでは丸一日くらいはお休みということです。


 と。


『神様神様かみさまかみさま』

『あとどれくらいでしょうか』

『かみさまかみさまかみさまかみさまかみさま』


 アトリのメール爆撃が始まりました。もはや恒例なので最低限の返信を片手で行いながら、私は軽く運動することにしました。

 このマンションは、マンション内にジムがあります。

 そこで軽く身体を動かしましょう。ずっと寝ていては身体に悪いでしょう。運動は好きではありませんが、まあ嫌々ダンスをさせられるよりはマシです。


 ……しばらく運動に励み、私はまたシャワーを浴びます。


「うわあ、本当にやることがないですね。……何か作るにも道具を手入れしてませんし」


 結局、体力作りと明日の料理の下ごしらえに終始しました。

 思ったよりも身体が鈍っていました。一日の半分以上を寝て過ごしているわけで、これって運動しないとヤバいのでは……と思い知ったからです。


 正直、このマンションは防犯設備に投資するつもりで入居しました。

 ジムなんて興味ありませんでしたし……ですが、ここに来て急に利便性が上昇したような気がいたします。


 ただ、まあ、話し掛けられるのはウンザリです。

 住民に対しても防犯してほしいところ。ああいう輩を相手にするくらいでしたら、まだお隣さんのほうがマシでしょうね。


 そして翌朝です。まだ太陽が昇るか、昇らないかという微妙な時間帯。空の色は薄い紅。しかし、もうログインしてしまってよろしいでしょう。

 ログインしようとしたところ、チャイムが鳴り響きます。


「……面倒ですね」


 扉を開けましたところ、そこには悲しそうな顔をしたお隣さん。彼女はお腹を押さえながら呟きました。


「あの、朝ご飯……多めに作ったり、して、ませんか?」

「備蓄しておきなさい、と私は言いましたよね?」

「ず、ずっと! ずっと朝昼晩、カップラーメンなんですっ! お願いしますう! 温かい人の手のモノを食べたいんです! あとゴミが無限に増えて、もう足の踏み場が……」

「外食しては? 出前でもよろしいですし。あと虫を湧かさないでくださいね。こっちにまで来かねません」

「め、面倒ですし……最近はゲームで忙しいみゅ……し」


 はあ、と私は大きく溜息を吐きました。

 私が部屋に戻ろうとしましたら、慌ててお隣さんがドアを押さえます。私は背中越しに軽く手を振ります。


「鍋を持ってきます。家で食べてください」

「あ、ありがとう、ございます……いつもすいません」

「洗えないでしょうから、食べ終わったら鍋は玄関のまえに置いておいてください。前のように洗えないからって放置して黴び塗れにしないでくださいね」

「す、すいません……何から何まで。おか――天音さん」

「今、おかあさんって言い掛けましたか?」


 お隣さんに鍋を差し出します。

 べつに好意で渡しているわけではなく、お隣で腐乱死体を生み出さないためです。怖いですし臭うそうです。しょうがないことですが、防げるのでしたら防ぎたいのが人情です。


 前置きに「べつに」とつけるとツンデレみたいですね。今度からは「本気で」とすることにしましょう。


 ……近いうちに掃除に行かねばならないかもしれません。虫はごめんです。

 彼女の家は本格的に汚いのです。昔、書類をなくしたので探すのを手伝って欲しい、というときに痛感しました。

 ようやくゲームにログインできます。


 さあ、エルフランドの森林……その最奧へ行きますよ!

 辛い現実とはおさらばです。


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