第46話 エルフランドのグルメ

▽第四十六話 エルフランドのグルメ

 アトリを引き連れて、私たちは飲食店に入りました。

 瞬間。

 店内がざわめきます。このざわめきはアトリの容姿によるものが八割(白髪紅目精霊憑き大鎌背負い天輪装備です。ヤバいです)、アトリの「これから」を知っている者が二割、といったところでしょうかね。


 アトリは席に着くなり、メニューに目を通します。


 字が読めないのにもかかわらず、です。その目は楽しそうにメニューの文字を追っています。彼女が確認しているのはメニューの内容ではなく、種類の数だったりします。


「遠慮なく食べなさい、アトリ」

「うん。です! 神様ありがとう! ございます……」


 店員さんが恐怖に引き攣った顔でやって来ます。エルフだけあって美人です。エプロンを押し上げる胸を見てしまうのは、もう本能のお話になってきます。

 良かった。

 精霊の視線は理解され……アトリが目をグルグルにして、自分の胸元とエルフの店員さんの胸元を見比べています。


 私はアトリの頭の上に乗り、


「さ、注文しましょう」

「はい……全部」


 アトリの言葉を覚悟していたのでしょう。

 店員さんはゆっくりと頷いてから、早足で調理場へと消えていきました。エルフのコックさんの悲鳴が聞こえてきましたね。


 ・

 ・

 ・


「美味しい」

「そ、そうですねえ……」

「神様にも食べて、ほしい、です」

「私は口がありませんからねえ、こっちの世界では」


 アトリが美味しそうに口にしているのは――大きいミミズのステーキです。黒胡椒と塩とで味付けされているようです。

 ハーブが載せられており、ミミズの臭みはまったくしません。

 むしろ、見るからにミミズの丸焼きなのに、ちゃんと肉汁が溢れて美味しそうに見えるのが厄介すぎます。


 エルフってこういうの食べてるんだ……


 味は抜群らしいです。

 もちゃもちゃと噛み締める度、旨味が口内で弾けるよう……なのだとか。弾力がほどよく噛んでいて楽しい食材らしいです。


 あっという間に平らげたアトリは、スープをスプーンで掬います。ほとんど透明のそのスープは、肉葉という食虫植物の葉から出汁を取ったようです。

 透明のスープなのに、味としては豚骨スープくらい濃厚のようです。


 口に運ぶ度、ごくりとアトリの喉が鳴ります。

 ホッと息が吐かれます。濃厚な旨味は脳を癒やします。


 スープと同時進行で片付けられていくのは、先程の肉葉のサラダでした。見た目は生肉が千切られて、雑に皿に盛り付けられているかのようです。

 が、これは肉のような植物なのです。

 白いソースがかかっています。これはマヨネーズに似た調味料らしく、肉の旨味を抑えることなく、むしろ爆発させることに特化していました。


 当然、アトリは止まりません。


 美味しそうに食べながらも、ふとパンを手にして優雅に囓ります。


「あのミミズ以外は本当に美味しそうですねえ。いえ、あのミミズも美味しそうではありましたけど……あそこはカットして動画に。あの部分だけ別に【閲覧注意】で投稿しましょうかね」


 ともかく、アトリは栄養補給しました。


 食費については安心してください。魔物の素材を売る用に回収してありますし、私の【錬金術】による錬金術によって稼いでいます。


 すべてのメニューを二往復してから、アトリはようやくお会計しました。


       ▽

 店を出ました。

 外は良い天気です。目を細めます。エルフランドは左右に広いだけでなく、上下にも並んだ国であります。


 巨大な樹木には階段がいくつも設置されています。

 数十メートルや数百メートルある樹木に、巻き付くようにして螺旋階段が設置されています。道中の枝のひとつひとつが巨大な道となっています。


 ここは現代日本でいうところのショッピングモール的な樹のようです。


 家族連れのエルフたちがよく見られます。

 女性が多いように見えますのは、ここが時空凍結される前に敗戦寸前だった、という設定が関係していそうです。


 あと女性キャラのほうが契約するのに人気、というのがあるのでしょう。


 男女ともに美少女と仲良くしたいですからね。

 イケメンも人気ですけど。やはり需要的に男性よりも女性なのでしょう。世知辛いところです。


「かみさま」


 頭上を漂う私に、アトリがキョロキョロと周囲を見回しながら、


「次は何処。です? 冒険ですか?」

「いいえ……装備を見に行きましょう。まだ防具が足りていませんからね。店売り品でも揃えておきましょう」

「はい……です」

「可愛い装備があれば良いですね。もっとアトリが可愛くなってしまいますね」

「!」


 アトリが走り出しそうになるのを制止してから、防具屋さんを見に行きます。ショッピングモール的な場所に武器屋・防具屋があるのが異世界コンセプトゲームクオリティですね。

 さて、私たちが入ったのはドワーフのお店です。


 エルフランドに於いては珍しいことです。彼らは一様に小さな体躯をしておりますが、同時に筋肉質でもありました。

 ところどころが焦げた髭を撫でながら、ドワーフが接客のために寄ってきます。


「おう、嬢ちゃん。……珍しい格好してるな。まあ良い。良い防具が揃ってるぞ」

「強いのが良い」

「予算はどれくらいある? お前さんくらいの年齢なら武器のほうを優先するもんだが、重要なのは防具さ。死ななけりゃあ、強い武器なんて後からついてくる。重要なのは靴なんだが……かなり良い品を装備してるな。じゃあ、下半身の防具だ」


 お金、と言ってアトリが所持金のすべてを差し出します。

 店員ドワーフは目を見開きましたが、ニヤリと笑いました。嫌な笑みではなく、嬉しそうな笑み、ということです。


「俺様の店にこんな稼げる強者が来るとはな! 普通は職人街に行くもんさ。こんな何でも揃う、みたいな場所ではなくてな」

「ここは駄目?」

「駄目じゃねえさ。こういうところに来る冒険者は初心者だったり、稼ぎが悪かったり、弱かったり、そういう冒険者だ。そういう冒険者を生きて返すことが俺様の趣味。だが、お前さんみたいな奴向けの防具を作ることが――本職だ」


 どしどし、と雄々しい足音とともに、ドワーフの防具職人さんが店裏に消えます。ですが、しばらくして帰ってきた時、彼の手には可愛らしい洋服が握られていました。

 ちょっと想定と違ったので驚きました。

 無骨な革鎧、とかが来るのかとばかり……


 嬉しそうにドワーフの職人さんが差し出してきます。


「お嬢ちゃん、鑑定はできるかい? 精霊持ちは高確率でできるって聞いたが……」

「神にできないことはない」

「?」


 アトリの信頼には申し訳ございませんが、たくさんございます。

 真実を白状する、とかですね。


 私は可愛らしい服を【鑑定】させてもらいます。


 ドレス【大森林の風服】 レア度【クリエイト・エピック】

 レベル【38】 

 敏捷【30】 防御【20】 耐久【1000】

 スキル【外見維持】【環境ダメージ無効】【防御強化2%】【炎耐性・微】


 ほう!

 色々な要素があって悪くない防具のように見えます。

 下半身用の装備ということでしたが、防具屋さんがもっとも良いと思ったのはワンピースドレスだったようです。


 ルックスはカーキの軍服ワンピース、という感じでしょうか?


「この【環境ダメージ無効】というのは?」

「神が訊いている。【環境ダメージ無効】とは?」

「ちゃんと鑑定できたようだな」


 ドワーフの防具屋さんが説明してくれます。


「下半身の防具に重要なのは、余計なダメージや妨害を受けないことだ。たとえば藪の中を行く時に虫が入ってきたり、草で足を切ったり、だな。高レベルになっても草のレベルによってはやられる。毒があったら最悪だ」


 それ以外にもダンジョン踏破の時も、足を潰してくるトラップは多いようです。酸の水溜まりや毒沼、といったものですね。

 そういったダメージを無効化してくださるようです。


「つよい」

「ああ、でもそういう使い方をすれば耐久度が急速に落ち込む。なるべくは回避してもらいてえところだがな。保険には最適だ。……あと女には【外見維持】は良いだろ」


 この【外見維持】は破壊されても、破れるようなダメージを負っても、見た目だけは維持されるスキルとのことです。

 防御力や他のスキルは機能しなくなるそうですけど。


 再生スキルの防具よりも良いですね。


「で買うかね?」

「買う」

「だが……すまないな。張り切った所為でこの金だけじゃあ足りねえ」

「それ全財産。ないなら諦める」

「おっと待ちな! あんたの大鎌は【ユニーク】だろ? 悪いが【鑑定】させてもらった」


 アトリが頷きます。

 まあ【鑑定】については諦めています。私たちへの直接的な鑑定は、私の称号によって防がれるようですが、防具などについては対象外のようです。

 ドワーフが髭を撫でながら言います。


「俺さまからの個人的な依頼を受けてほしい。それはあんたにとってもメリットになる」

「なにする?」

「俺さまの師匠が大森林の奥地にいる。時空凍結される前の話だ。多分、あの人はハイ・エルフだったから生きてるだろ。少し挨拶をしたくてな。だが、昔とは違って……森の中の魔物の脅威はかつての比じゃねえ。俺様は戦うドワーフではない」

「解った。連れてくる」

「いやいや、連れてくる必要はねえさ。邪魔はしたくねえ。手紙を渡してほしい」


 こくり、とアトリは頷きました。

 あの防具は可愛いですから、私に褒められると思って是非とも手に入れたい様子です。私もクエストを受けることには同意しているので頷いておきました。

 それよりも私たちのメリットとは?


「そうだ、言い忘れてたぜ。あんたらのメリットだが……その大鎌は成長武器と見た。だが、成長が頭打ちになってるんだろ? 師匠であれば上限を突破させることが可能だ」

「もっとつよい?」

「もっともっと強い、だ。ただし、そのレベルのユニーク成長武器なら、10レベル毎にレイドレベルのボス素材が必要だ。しかもレアドロップクラス。あるか?」

「ある」

「さすがだ! 師匠も昔のままなら楽しんで仕事をしてくれるだろう……ああ、ただし師匠は無料で仕事は受けん。もっと金を稼ぐか、凄まじい素材を渡すかだ」


 今回、この防具を購入することによって素寒貧です。

 おそらく、師匠さんとやらはもっと金銭が必要でしょう。となれば、もはや地道に稼いでも意味がないかもしれませんね。


 素材を渡す方向で検討しましょう。

 幸いレイドボスの素材は【アイテムボックス】に眠っております。これ、絶対にレアそうですけど、使い道がなくて邪魔だったのです。


 もちろん、一部の素材は【錬金術】に使いましたが……凍結ポーションと切れ味上昇ポーション、低級動物支配ポーション、魅了抵抗ポーションに化けましたよ。

 あとのは……お悔やみ申し上げます。


 さ、悲しいことは忘れて――クエストを楽しみましょう!


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