第39話 数百年の亡霊

▽第三十九話 数百年の亡霊

 蟲ゾンビが呆気なく消滅――したと同時。


 わずかに残った肉体の残骸から、またもや大量の蟲たちが湧き出します。


『ふふ……まだ、これから――』

「敵は一人ではありませんよ! ――【エンプレス・フレア】」

「――【テンペスト・ハリケーン】!」


 この勝負、アトリだけが目立っていましたが、その実際は大規模なパーティ戦となっております。

 アトリはすでにシヲの触腕によって回収済み。


 大規模な魔法がボスに叩き込まれていきます。

 アトリが単独で活躍していた、ということはエルフたちは温存できていた、ということですからね。

 全火力が集中。

 すでにアトリによって一度、滅されていた蟲ゾンビは為す術もありません。


『……ふふ。ここまでか』


 蟲ゾンビは満足そうに呟き、その肉体を今度こそ消失させました。


【ネロがレベルアップしました】

【ネロの闇魔法がレベルアップしました】

【ネロのクリエイト・ダークがレベルアップしました】

【ネロの再生がレベルアップしました】

【ネロの鑑定がレベルアップしました】

【アトリがレベルアップしました】

【アトリの鎌術がレベルアップしました】

【アトリの月光鎌術がレベルアップしました】

【アトリの造園スキルがレベルアップしました】

【アトリの光魔法がレベルアップしました】

【アトリの閃光魔法がレベルアップしました】

【アトリの神楽がレベルアップしました】

【アトリの口寄せがレベルアップしました】

【アトリの詠唱延長がレベルアップしました】

【シヲの擬態がレベルアップしました】

【シヲの奇襲がレベルアップしました】

【シヲの拘束がレベルアップしました】

【シヲの音波がレベルアップしました】

【シヲの鉄壁がレベルアップしました】

【シヲの触手強化がレベルアップしました】


 こうして突発的なボス戦は終了したのです。


       ▽

「ここにエルフ族の王の血を捧げましょう。我、女神ザ・ワールドより賜りし、七神器がひとつを終末に抗うべく、手に取る者なり」


 御座に腰掛け、己が手首を斬り裂く王女殿下。

 すると、彼女から流れ出す血液が玉座から滴り、床をみるみる紅く染めていきます。ごごご、という巨大な機械が作動する音がします。


 やがて十分ほどの時間を掛け、玉座の間に掛けられていた絵画が扉に変化しました。


「あの扉こそが我らエルフ族が神器を隠す場所。神域――カタコンベ最奥です」

「へえ」


 恭しく、歴史の語り部にでもなった様子で語る王女殿下。しかし、アトリはあくまで幼女なので歴史とか興味ないそうです。

 一応、掲示板にはゲーム内の歴史検証班とか居ましたが……ちょっと可愛そうです。


「ボクはどうする?」

「是非、同行してください。内部に危険があるとは思えませんが……勇者さまに我らエルフの秘密兵器は確認しておいていただきたいです」

「勇者じゃない。巫女」


 慎重に歩き出す王女殿下。

 アトリはそのうしろをぼうっとついていきます。アトリの性格上、真っ先に突入してもおかしくありませんが、私がダンジョン内では誰かのうしろを行くように指示しているので大人しいです。

 いつもはシヲをレディーファーストの初期的な意味で利用しています。

 ですが、今は王女殿下です。


 王女殿下に続いてアトリたちも突入しました。

 そこは巨大な空間。

 宝物殿とも呼べる場所でした。ただし、そこにあるのは財宝のみならず、巨大な樹木を象った石の墓です。


 その最奧。

 

 玉座の間でいうところの、玉座がある場所に剣の突き刺さった台座がございました。


「おお、それっぽいですね。こういうの好きですよ、RPGでしたら」

「かみさまが好きなら、ボクも好き。ですっ!」

「アトリのことも好きですよ」

「!! ……うへへ」


 アトリがだらしなく笑う中、エルフたちは一様に真剣な面持ちです。ゆっくりじっくり、王女殿下が剣に近づいた、その時でした。


『――間に合わなかった。ああ。間に合わなかった。女神よ。女神よ。どうしてお待ちくださらなかったのですか。女神よ、どうして私を生かしたのですか』

「? ……お兄様?」


 王女殿下が呟いた瞬間、ふと濃厚な死の気配が天井より――迸ります。


「シヲ!」

『――!』


 シヲが触腕を伸ばして王女殿下を捕まえます。咄嗟に引き摺って移動させた、その場所に巨大な大剣が突き立てられていました。

 ぐちゃぐちゃな肉塊。

 その肉塊には僅かにエルフの面影が残滓します。ふらふら、と巨大な剣に振り回されるように、ゾンビエルフの肉体は不安定に見えます。


『侵入者よ。許さぬ。許さぬ。ここは私が守る場所。エルフの、エルフの希望を守るのは私の使命。残された、残された私の使命。私は、私は――何故、間に合わなかった!』

「お兄様ですね……」

「どういうこと」とアトリが大鎌を構えて問います。


 エルフたちは全員が絶句して構えることさえ忘れているようです。

 唯一、王女殿下だけが覚悟を決めた目で杖を構えていました。


「……時空凍結される寸前。私たちは神器を取りに行きました。その際、向かった王族が――お兄様でした。しかし、女神は神器の到着を待つことなく、時空凍結を発動してしまいました」

「置いてかれた?」

「そう、ですね……カタコンベは時空凍結の範囲外でしたから」


 おそらく、と正気に戻ったセッバスが薙刀を震えながら構えました。切っ先は王族たる――エルフアンデッドに向けられています。

 噛み締めた歯の間だから血が垂れております。


「お労しや、お労しや、若。このカタコンベ最奧を数百年に渡り、魔王軍の手から守り抜いたのでございましょう」

「封印されてた?」

「封印を誤魔化す方法はゼロではありません。王族にドッペルゲンガーが化けたり、血を盗んできたり、末裔を拾ったり……それらすべてを若は迎撃したのでございましょうや」


 しかし、肉体を見るに何処かのタイミングで相打ちになったのでしょう。

 それでも諦めきれなかった王子は、己が肉体をアンデッドに替えてまで宝物殿を守り抜いたのです。


 数百年にも及ぶ――妄執。


 ゲームの設定、というだけのはずなのに――エルフの王子の覚悟に絶句してしまいます。見れば王子の肉体はボロボロです。

 片腕を失い、顔の半分が失われております。

 右の足を引きずっているのは、太ももが深く抉れているからでしょう。腹から臓物を垂らした姿は、いっそ憐れでもございました。


 アンデッドの造形は生前を維持しながら、腐敗を足した感じでした。

 つまり、このエルフの王子はアンデッドとなる以前から、この姿のまま、数百年を孤独に宝物庫で過ごしたのです。


 いつかエルフの仲間が神器を取りに、戻ってくる可能性に縋って――


「ここまでアンデッド化してなお、目的を見失わぬ気高さ。さすがは次期王と期待されていたお兄様です。不出来な末の妹――レメリア・シュー・エルフランドの杖にてお相手いたしますわ」

『我らエルフは負けぬのだ! 誰も、誰も喪わせはしない!』

「ええ、決して――お兄様にエルフを殺させはいたしません。エルフに敗北はなく、そしてお兄様――貴方はここで浄化させていただきますわ」


 王族同士の戦闘が開始されました。

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