第10話 悠久自在のヘルムート

▽第十話 悠久自在のヘルムート

 第一フィールドボス――悠久自在のヘルムート。

 この強力無比な敵の特性は、一言で言えば「敵よりも強くなる」ことでしょう。じつに厄介な特性ですね。


 挑んだキャラの+20レベル、それがヘルムートの実力になります。

 また、挑む人数が増えれば増えるだけ、そのステータスが伸びていくようです。かといってタイマンでボスに挑むのは至難ですので、五人で挑むのがもっともバランスが良いそうです。


 ただし、顕現すればプレイヤーも頭数に入るらしく、最後の猛攻が無効化されたのは人数が倍になったからでしょう。

 火力が足りていなかったようなので、顕現するのは悪い判断ではありませんが。顕現はかなり高火力の支援ができるようですからね。また、NPCの肉壁にもなれますし、油断さえしなければ……戦いにはなったはずでしょう。


 スキル【鑑定】で見たところ、NPCの平均レベルは40くらいでした。

 ちなみに【鑑定】レベルが上がりました。

 レベル40ということは、ヘルムートのレベルは60を越えていたでしょう。


 敵もレベル10毎にスキルを取得します。そのことを考慮するのでしたらば、今のアトリは絶好だと思います。

 低レベルであり、しかもレベル19です。

 敵が20レベル上げても39です。スキル数も四つです。


「挑みましょう、アトリ。今が勝機です!」

「はい! かみさま……」


 ドームに向かっていく私たちに、慌てた調子のイケメンが寄ってくる。アトリの肩を掴んで、NPCのイケメンが忠告してくれる。


「待ちなさい、キミ。それ以上は立ち入り禁止だ。フィールドボスとの戦闘になってしまう」

「神は言っている。敵をたおせ、と」

「神? ああ、キミも契約者なんだね。そこの精霊さま。このような子どもを単独でボスに挑ませるなんて良くないです。私たちの戦いを見ていたのでしたら解るでしょう?」

「む……精霊じゃなく、神」

「?」


 首を傾げるイケメン。

 と、その横に突如として美女が出現する。それはさっき戦闘していた田中というプレイヤーでした。

 まだ【顕現】の効果時間内のようですね。声を掛けられます。


「やめておいたほうが良い。育成も不十分な子どもじゃないか。たぶん、敵の視察をするつもりで、捨てNPCなのだろうが……いくらゲームといえども子どもを捨て駒に使うのは感心しない」

「アトリ。無視していきましょう」

「はい、かみさま……」


 神? と首を傾げる田中さんを振り切り、アトリが走り出します。しかし、相手は私たちよりもレベルが上のNPCです。

 あっさり、肩を掴まれて制止されます。

 イケメンが言います。


「フィールドボス戦は誰かが死ぬまで逃走不可能なんだよ!? さっきも私は仲間を失った……組んだばかりとは言えども――」


 何やら涙混じりに語り出すイケメン。

 しかし、あまり妨害されるのも困りますね。んー、どうしましょうか。


 と、私が悩む中、先に動いたのはアトリでした。彼女も涙目を浮かべて、掴まれた腕を見つめます。


「い、いたいっ」

「あっ、すまない! つい力が入って――」

「――っ!」


 一瞬。イケメンの手が離れる。瞬間。

 アトリは躊躇することなく、ドームに突入しました。


       ▽

 巨大な威圧が立ちはだかっています。

 噴水広場という穏やかな場所を忘却させるような、ねじ伏せるような圧倒的な存在感。


 巨大鎧――悠久自在のヘルムート。

 それに立ち向かうのは小柄な幼女。手にした巨大な大鎌を低く構えて、全身からはリジェネの光を溢れ出しています。


『ほう。矮小な身で我に挑むか』

「神は言っている。おまえは死ぬ」

『面白い。我が前に一人で立った以上、貴様はここで死ぬのだ』


 会話はそれまで。

 同時!

 二人は地面を強く蹴って激突していました。


 私は即座に【鑑定】を試します。

 本来、レベル差があれば【鑑定】は効果が減少するはずですが、どうしてかすべてを閲覧できました。

 どうせ掲示板に書かれているから、ということでしょうか?


名前【ヘルムート】 性別【男性】

 レベル【39】 種族【ドッペル・ジェネラル】

 魔法【闇魔法】

 生産【鍛冶】

 スキル【防御上昇39】【鉄壁39】【MP代替】【鎌術39】

 ステータス 攻撃【390】 魔法攻撃【78】

       耐久【500】 敏捷【78】

       幸運【78】

 固有スキル【悠久自在】

 称号【魔王軍四天王】


 相手も鎌を使うようです。

 凄まじい斬撃の応酬。使いづらい鎌ですが、アトリは身体を回転させて斬撃を放ちます。対するヘルムートは持ち手を握り、質実剛健に振り回します。


「む」


 アトリの攻撃は幾度も命中しますが、鎧には傷ひとつ付きません。


「アトリ」

「はい! です! かみさま!」


 ヘルムートは防御力に特化している様子。

 もはやアトリの攻撃を恐れる必要なし、と判断したようで、防御を捨てて攻撃に特化した動きをしています。

 放たれようとするのは、大振りの一撃です。


 ですが、アトリは攻撃を避ける素振りを見せず、ジャンプをしました。

 大鎌がアトリの胸を両断する軌道を取ります。しかし、その鎌に対して【クリエイト・ダーク】シールドモードを使い、威力と速度を減少させました。


 アトリは私の妨害を信じてくれています。

 一直線に狙うのは――ヘルムートの首です。


 鎌術アーツ――【首狩り】!


 鎧の首に大鎌が炸裂し、爆音を掻き鳴らします。

 巨体の鎧が吹き飛びました。地面を転がる鎧は、半透明のドームにぶち当たって止まります。


『ぐ、ぬう!』

「フラッシュ!」

『――っ!』


 目を眩ませて走り出すアトリ。

 アトリの鎌は正確に倒れているヘルムートの首を狩りに行きます。ぶちぶち、と首の筋肉を半ばまで断ちましたが、慌てたようにヘムルートが鎌を振り回しました。


 鎌の柄がアトリの腹を打ち、今度はアトリが飛ばされる番でした。

 骨が砕ける嫌な音が戦場に響きます。


「……っ、でも、回復は、間に合う」

「焦らなくて良いですよ、アトリ。こちらには【MP自動回復】もあります。リジェネの掛け直しもしておきましょう」

「はい、かみさま。【リジェネ】」


 HPに補正を掛けておいて良かったです。下手なキャラではロストしている一撃だったでしょうからね。

 口の血を袖で拭い、アトリが鎌を構え直します。


 鎌術の【首狩り】は防御力を無視し、なおかつ五倍の威力のダメージを叩き出します。まるでヘルムート特攻の武器アーツですね。

 首に当てねばなりませんが、アトリならば十分に可能なはずですよ。

 さすがのヘルムートも傲慢を顰め、油断なく、アトリと対峙します。


『貴様の鎌術はどうなっている。そのレベルで鎌術が不自然なまでに高レベルに感じられる』

「死ね、と神は言っている」

『会話もできぬか』


 敵のほうが理性的ですね!?

 といっても、こちらの手の内を明かそうとする問いかけでした。無視が最適解です。


 どうやらヘルムートの鎌術を越えているようです。

 アトリの【鎌術】のスキルレベルは19しかありません。ですが、同時に【農業】スキルは24もあります。


 スキルレベルは合計43、とヘルムートの39を僅かに上回ります。

 やはりスキルは合算されるようですね。検証の手間が省けました。感謝しますよ、ヘルムートさん。


「アトリ、油断なく削りきりましょう」

「はい、神様」


 頷くアトリに、ヘルムートがヘルム越しの顔を緩めた。


『貴様を敵としてみなす。この我を前に物怖じせぬ姿勢。幼き魂に秘められた、強者の素養……ここで潰さねば魔王様の障害になり得る存在だ』

「死ね」

『少しは会話してほしいのだが』


 アトリとヘルムートの大鎌が煌めいた。


「『【奪命刃】』」


 重なる声。

 重なる同種のアーツ。真っ向からの潰し合いが開幕しようとしていました。

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