第9話 フィールド・ボス
▽第九話 フィールド・ボス
あれから一週間が経過し、私たちはようやく旅に出ることができます。
といっても、ゲーム時間は三倍で進んでおります。私がリアルで待ったのは二日と少々ですけれどもね。
レベリングは順調とは言えません。
赤ちゃんを放置するわけにはいきませんからね。食事などは村の貯蔵庫から拝借しております。もう使う人も居ないから良いでしょう。
今更、窃盗を躊躇う私たちでもありませんが。
壊滅した村を見て絶句する行商人に、赤ちゃんを託して旅に出ます。
ちなみに武器は新調しております。やはり錆びた鎌では限界がありました。今のアトリは自身の身長を超過した、巨大な大鎌を引き摺って歩いております。
底部と柄の中途に、持ち手があるタイプの鎌ですね。
アトリはガン無視の様子。そこを握って戦闘をすることはないようです。藪を行く時だけは、その持ち手を有効利用しています。
「どうです、使い勝手は?」
「悪くない。です! ちょっと攻撃力は足りない。ですっ」
「そこは農具ですからね。どこかで武器を入手できると良いのですが……」
掲示板で鎌は不人気である。
というか、まず鎌を武器として使うNPCが少ないらしい。当たり前でしょうね。だって日用品でしたら斧のほうが武器に向いていますし。
魔物がたくさんいる世界、槍や剣だって常備しておくものでしょう。
精霊と契約していないNPCのスキル習得はランダムのようですが、本人の想いや活動を参考に取得するそうです。
普段から鎌を武器、と認識していなければ武器スキルとしては取得できないのです。
少なくとも掲示板で「鎌術」を覚えたNPCは確認されていないようです。
プレイヤーが数名、覚えて使っているくらい。そのプレイヤーたちはあまりもの使い辛さに辞めたがっております。
プレイヤーが武器スキルを取る場合、【顕現】で使うことが前提のようです。精霊にはHPの概念がないために前衛をやるのは強そうですねえ。
私は【顕現】を取る予定はありませんけど。
ちなみに【顕現】を取って人の肉体を得て、美少女に触るのが流行です。嫌がられて契約を解除されるプレイヤーが多数。
その次に流行しているのは『ぽよん』とのことです。
通常の精霊はふわふわと浮かぶ、実態のない風船です。が、何かに触れることは可能なので、その状態で美少女の胸に体当たりするのです。
そうすれば全身でおっぱいを感じられるのでした。
つまり『ぽよん』です。
アトリも早く大きくなってほしいところですね。
アトリは栄養失調でガリガリですけれども、わりと発育は悪くないのかもしれません。
よもやロリ巨乳!?
さすがに犯罪はNGですかね。私は一般的な成人男性なのです。
本当です。
ゲーム内で殺人幇助しましたが……
というよりも、アトリにセクハラして契約を解除されるのは色々とキツいです。ゲーム的にも気持ち的にも立場的にも。
私は『ぽよん』縛りで《スゴ》をプレイすることにしました。
「さて」
私は上空に漂いながら、周囲を見渡します。街を目指していたのですけれども、すっかり迷ってしまったらしいです。
アトリは村から出たことがありません。
私もこの世界は初でした。
迷うことも人生の内、と楽しむ余裕はありません。
ですが、数時間も彷徨う内にようやく発見にいたります。
「……おお、人がいますね。あまり人付き合いをしたくはありませんが、背に腹は替えられません。アトリを冒険者にせねばなりませんからね」
私は上空偵察を辞め、アトリの隣に戻ります。
降りてきた私をギュッと抱き締め、アトリは熱い吐息を軽く漏らします。
「お帰りなさい、かみさま」
「はい、ただいまですよ、アトリ。どうやら向こうに人がいるようです」
石造りの道が見えてきます。
リアルのほうと比べれば技術力が乏しいですが、やはり道の存在は安心できます。そこをアトリに歩かせながら、私たちは人がいるほうに向かいます。
今まではほとんど森の中でしたが、一気に人里感。
ファンタジーの森は楽しかったですけどね。うねうね動くキノコが気持ち悪かったくらいです。気持ち悪がった私を見たアトリは、即座に踏み潰してしまいました。
そういえば【鑑定】を全然使っていません。
ああいう時にこそ使うべきでした。
人への接近に伴い聞こえてくるのは、激しい剣戟の音です。魔法が炸裂する轟音や弓が放たれる鋭い音も伴います。
戦闘音。
「アトリ」
「はい、かみさま」
アトリが走り出し、現場に急行しました。
そこで繰り広げられていたのは戦闘でした。道の先にあったのは噴水のある広場です。その長閑な様子とは打って変わり、その場は戦場と化しております。
巨大な鎧の怪物が、五人のNPCと戦闘中のようです。
NPCの一人が風の魔法を放ち、その隣で浮遊している精霊が炎を放ちます。炎が風に巻かれて威力を増幅し、破壊の奔流が鎧を襲います。
ですが。
『効かぬ!』
「田中さま、どうすれば!? ……はい、はい、解りました。承認します!」
杖を持ったイケメンが独り言を呟いた後、ふと雰囲気が一変しました。彼の周辺の空間が僅かに歪み、その中央に位置していた精霊が姿を変化させていきます。
やがて出現したのは、ドレスを身に纏った、妖艶な女性でした。
「【決戦顕現】――制限時間は三分しかない。さっさと片付けるよ、ヒルダ」
「はい、田中さまっ!」
「他の奴らも【顕現】を切ろう。ロストさせたくない」
プレイヤーの田中さんが【顕現】を行使した直後、他のNPCたちの周囲にも多種多様な影が出現します。
人型以外のアバターも選べるようで、トカゲや鳥の姿も見受けられます。
一気に十人にまで膨れ上がった集団が、鎧に向けて段幕を展開します。夥しい爆撃の嵐は砂塵を呼び、思わずアトリが腕で目を庇います。
段幕が止んだ時、砂塵の向こうで影が動き出しました。
それに気づいたのは田中さんだけのようです。
勝ちどきを上げるプレイヤーの目の前、弓を持っていたエルフが鎧の大剣で両断されていました。
「っ! 限界ね! 一人がロストしたからボス領域から出られる! 逃げるよ!」
田中さんが叫ぶのと同時、鎧が全身に闇を纏います。
ですが、すでにパーティは撤退に入っているようです。顕現したプレイヤーたちは不死なので、肉体を張ってNPCを守ります。
NPCたちが必死の形相でドームから脱出します。
途端、そのドームは漆黒に包まれて、内部構造が見えなくなりました。
「ほう。どうやらボス戦をしていたようですね」
「ぼす?」
「ええ。あれはフィールドボスでしょう。あれを倒さない限り、我々は次のフィールドに向かうことができないのですよ」
「かみさま、物知り。ですっ!」
「ありがとうございます、アトリ。ネットの集合知は偉大です」
「ねっと?」
「アトリは可愛いですねえ」
えへへ、と照れるアトリの頭に乗りながら、私は逃げてくるNPCを見やります。フィールドボスはまだ倒されていないのです。
第一フィールドのボス。
悠久自在のヘルムート――それがあの敵の正体でした。
「……むしろ、挑むのでしたら今でしょうかね」
「? かみさま?」
「掲示板によれば、ヘルムートはレベル上げでは倒せませんからね」
逃げてくるNPCを見れば躊躇はありますけれども。
私はボス戦に意欲を見せました。アトリはこてん、と首を傾げます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます