ストーカー令嬢、ずるい



「はい、これ使って」


 そう言って、小さめのじょうろを私に笑顔で差し出すモレスタ様。中はモレスタ様の魔法で水がたっぷり入っていた。


 ど、どうしてこんな事に…………でも、あんな顔されて断れる訳ないよ!




 あの後、花壇に着いて水やりを始めようとするモレスタ様の後ろでお花を眺めていると、ストレイカ嬢もやる?と言われた。


 モレスタ様の大事なお花のお世話を私なんかがと思って断ると


「1人じゃ大変だから、一緒にやってくれると嬉しいな……」


 と言ってまた子供みたいな顔をされて、思わず頷いてしまった。


 …………モレスタ様、段々私の扱い方分かってきてるよね。


 大事なお花なのにいいのかなと思いつつも、モレスタ様から言ってくれたのが嬉しくて張り切って水やりをする。


「ごめんね、手伝ってもらっちゃって」

「い、いえ!お手伝いできて嬉しいです!!」


 そんな事より、並んで水やりをしている現状に気絶しそうなんですが!!


「別に魔法でやればいいんだけどね……これだけは自分の手でやりたくて」


 そう言って大事そうにお花を見るモレスタ様。


 そうだったんだ。ずっと何でモレスタ様は魔法を使って水やりしないんだろうって不思議に思ってたけど、そう言う事だったんだ。


「……とても、大切なお花なんですね」


 そう言うと嬉しそうに、でも切なそうに笑って「そうなんだ」と呟いた。


 きっと、このお花の事で何かあるんだろう。けれど、それは多分私が踏み込んで良い事じゃないと思う。


 少ししんみりとした空気に、何かいい話題はないかなと思って、ふと今日の事を思い出した。


「そう言えば、今日は学園にいらっしゃらなかったんですね」

「ああ、ちょっと用事があってね。家に帰ってたんだ」

「お家に!ご家族にお会いになられたのですか?」


 モレスタ様のご家族がどんな方々なのか気になってつい、聞いてしまう。


「あぁ、会ってきたよ」

「それは良かったですね!きっとご家族も、モレスタ様と会えなくて寂しがられているでしょうし!」


 そう言うと、にっこりと笑って「そうだね」、と一言だけ。その顔が何だか悲しいと言うか、寂しいと言うか……胸が締め付けられるような表情をしていた。


「あの、モレスタ様……何かありましたか?」

「え?」

「その、少し元気がない様に見えたので……って、すみません、勘違いですよね!」


 途中まで言ったところで、まるでモレスタ様の事をなんでも分かっているかの様な発言をした事に気付いて焦る。


 つい最近話すようになったばかりのくせに恥ずかしい。段々顔が赤くなっていくのが、自分でも分かる。


 うぅ、恥ずかしい。壁があったら隠れたいっ……!


「……どこを見てそう思ったの?」


 と、不思議そうに聞いて来るモレスタ様。やっぱり勘違いだったんだと分かってますます顔が赤くなる。


「っいえ、その……何だか雰囲気というか、表情というか、寂しそうに見えてしまって。す、すみません、勘違いしてしまいました!」


 恥ずかしさと申し訳なさで急いで謝る。どうしてもっと考えて話さなかったのか、後悔してももう遅い。


 妄想の激しい女だって思われたらどうしよう……。


「勘違いじゃないから、顔あげて?」

「えっ、」

「凄いなぁ、殿下以外にバレた事ないのに」


 恐る恐る顔を上げると、モレスタ様が少し頬を赤くして照れて困ったように笑っていた。


 あ、この表情初めて見る────。


「ストレイカ嬢の言う通り、少し疲れていたんだ。ちょっと色々あってね」


 やっぱり、そうだったんだ。思った事が当たったことよりも、疲れていると言ったモレスタ様の事が心配になった。


「でも、ストレイカ嬢のおかげで少し元気出たよ」


 だからそんな顔しないで、と言われて思わず顔に手を当てる。私、どんな顔しているの……?


「心配」

「?」

「って、顔に書いてある」


 えっ、そんな顔していたの!?思った事がそのまま顔に出ていたらしく、急に恥ずかしくなる。すると、モレスタ様がクスッと笑ったかと思うと、楽しそうに声を出して笑い出した。


「えっ!えっ!?」


 急に笑い出した事に驚きながらも、見惚れてしまう。こんな風に思い切り笑ってるのは殿下といる時くらいしか見たこと無かった。それも遠くから。


 初めて目の前で見るモレスタ様の子供の様な無邪気な笑顔に、胸がきゅっとなる。


「っ、ご、ごめんっ……ふふっ、あまりに、全部顔に出てるからついっ」

「えっ!?」


 わ、私を見て笑っていたのっ──!?そ、そんなぁ、私そんな変な顔してたの……。


「ははっ、はーっ……久しぶりにこんなに笑った」


 落ち着いたと思ったら、まだ少し笑っている。ずっと笑っているのは落ち込んでるより遥かに良いし、可愛いし、良いんだけど。


 そ、そんなに笑わなくても……。


「ふふっ、ごめん、馬鹿にしてるわけじゃないから許して?」


 また顔に出ていたのか、私が何を考えているか分かったらしく謝られた。馬鹿にされてるとは思ってないけど、普通に恥ずかしい……。


「っ、か、顔を見て心を読むのはやめて下さい!!」


 そう言って、止まっていた水やりを再開する。そもそも、モレスタ様みたいに綺麗な顔してないからあんまり見ないで欲しい。


 ……でも、良かった。さっきみたいな悲しい雰囲気じゃなくなってる。


「ありがとう」

「へ?」

「すっかり元気になったよ」


 そう言いながらモレスタ様も水やりを再開した。


「そ、そんな、私何もしていないです」


 お礼を言われても困る。だって本当に何もしてないし。強いて言うなら、顔に出やすい性格で良かったってくらい。


「そんな事ないよ。俺をこんなに笑顔にしてくれた」

「っ、そ、それは私の力ではありませんっ」


 恥ずかしくなって顔を背けると、ふふッとまた笑うモレスタ様。


「それでも、ありがとうって言わせて」


 優しい声で言われて、チラリと見たモレスタ様はさっきの暗い顔なんか無かったように笑っていて、嬉しくなる。


「……私も、ありがとうございます」

「えっ?」


 不思議そうに私を見るモレスタ様。


「元気になったモレスタ様を見て、私もとっても元気になりました」


 だから、ありがとうございますと言ってモレスタ様の目を見る。すると、片手で綺麗な顔を覆って大きく息を吐いた。


 えっ!なんで、怒ったの!?


 モレスタ様の行動の意味が分からなくて、不安になる。暫くそうしていたかと思うと、急に唸りだすモレスタ様。ほ、本当にどうしたの!?


「モ、モレスタ様……?」

「ずるいなぁ」


 心配になり声をかけた瞬間、そう言われた。えっ、狡いって何……?


「ずるいよ、ストレイカ嬢」


 そう言って覆っていた顔を上げたモレスタ様は、今まで見たことのない表情をしていた───。


「っ、」


 初めて見るその表情に胸が苦しくて、思わず下を向く。な、何、今の顔は。何で私は、こんなにどきどきしているの……っ。


「す、すみませ──」

「謝らないで」


 訳がわからなくて取り敢えず謝ろうとすると遮られた。


 もうどうしたら良いのか分からない。モレスタ様がどうしてあんな顔してるのか分からないし、私も今どんな顔してるのか分からない。ただただ、顔が熱い。


「……っごめん、水やり終わらせちゃおうか」


 そう言われて、はいと答える。


 多分、怒っている訳じゃない。でも、何なのかは分からない。


 さっきの笑い声が嘘の様に静かになった空間は妙にムズムズするというか、恥ずかしい。そのまま水やりを終えてモレスタ様と別れるまで、私はずっとソワソワしていた。


 


 








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