ストーカー令嬢、王子に会う



 な、なんで殿下がこんな所にいるの!?というか私も何で直ぐに気づかないの!!


 焦りながらも、急いで頭を下げる。気付くのが遅かったせいで失礼は無かったか不安になる。そしてそのまま顔を上げると…………殿下がこちらを見たまま立ち止まっていた。


「っ!!?」


 あまりの驚きに変な声が出た。


 な、なに、何で黙ってこっちを見ているの!?もしかして何か失礼な事しちゃったとか!?


 私が1人パニックになっている間も殿下はぴくりとも動かずにこちらを見ていた。


「……」

「……」


 中庭で男女が黙って見つめ合うという、一見するとロマンチックな状況が起きていた。


 こ、この状況は一体何なの……?


 何か言った方が良いのかも知れないけれど、「王子が真顔でひたすらに自分を見ている」という状況に、何を言えば良いのかわからずに口をぱくぱくとさせる事しか私には出来なかった。


「っ、あ、あの……」

「アーネシー・ストレイカ」


 謎の時間に耐えきれず勇気を振り絞って声を掛けようとした瞬間、唐突に名前を呼ばれた。


「は、はい!!」


 殿下の放つ王族特有の圧に思わず姿勢を正して返事をすると、何故か殿下は満足そうに頷いた。


 本当に一体何なの……というか何で私の名前知ってるの。殿下と会話は疎か、会ったことすらないのに。


「やはり君が、ストレイカ嬢か」

「やはり……?」


 やはりって何、どういう事?殿下は私の事を知っているの?


「あ、あの、失礼ながら殿下は私の事をご存知なのでしょうか……?」


 なんか最近こういう場面多くない?実は私って有名だったりするのかな、なんて。


「…………学園の生徒の名前は、全員覚えている」

「全員!!?」


 ちょっ、ちょっと待ってついて行けない。モレスタ様の学年全員でも凄いのに、学園全員ってどういう事!?本当に同じ人間なの!?


 これでも一国の王子だからな、と淡々と言う殿下を信じられないものを見る目で見てしまう。


「それでも流石に顔までは覚えきれていなくてな、間違っていなくて良かった」


 なるほど、だから私が返事をした時満足そうに頷いていたのか。あれは合っていた!って喜んでいたんだと思うと、少し殿下が可愛らしく見える。


「ところで、ストレイカ嬢はこんな所で何をしているんだ」

「え!!」


 急に聞かれて焦る。な、何て答えよう、こんな人気のない中庭の奥に用がある人なんていないだろうし。正直に言う訳にもいかない。えっと、えっと……


「お、お散歩に…………」

「……散歩?」


 純粋に不思議そうな顔で見て来る殿下の目を見れない。で、でも、間違ってはいないよね。中庭を歩いて、お花を見て、また帰るために歩いてる……これってお散歩でしょ!?


「こんな時間にか?」


 うっ!た、確かにもう空は真っ赤に染まって皆寮に戻っている時間。とても散歩するような雰囲気じゃない……。


「な、何となく、自然の中を歩きたくなって……」


 苦しい、苦し過ぎる!中庭を自然の中って無理があるよ!何となくこんな夕暮れに1人で散歩する令嬢がどこにいるの!


 あまりの苦しさにどんどん顔が下がっていく。


「……そうか。しかし、夕暮れに女性が1人で出歩くのは危ないからやめた方が良い」

「っは、はい、以後気を付けます……」


 や、優しい……。こんな挙動不審な私を心配してくれるなんて。そんな人を、なんとか誤魔化そうとしている事に罪悪感が湧いて来る。


 う、嘘ではないけど!正直に話している訳でもないし…………あれ、というか殿下は何でこんな所にいるんだろう?


「あの、殿下はどうしてこのような所に……?」

「ああ、この先の花壇に用事があってな」


 えっ、それってモレスタ様の?


 急に出てきたモレスタ様関連の単語に思わず勢いよく顔を上げる。


「?ストレイカ嬢も花壇を見てきた帰りなのだろう?」

「っあ、い、いえ!その、はい……申し訳ありません」


 咄嗟に違うと言いそうになったけれど、この先は花壇のある所で行き止まりになっている。花壇までの道は一本道になっているから、嘘をついても直ぐにバレるだけだと正直に謝った。


「どうして謝るんだ?別に何も悪くないだろう」


 心底不思議だと言う顔で見られて、ますます申し訳ない気持ちになる。


 モレスタ様の大事なお花を、関係ない人間が居ない時に勝手に見てるなんて……しかも、この場所を知ったのもストーカーしたおかげ。


 そんな事は全く知らない殿下に見られると、ますます自分が最低な人間に感じる。


「そ、そう言えば殿下はどうしてここへ?」


 耐えられなくなり、不自然に話題を逸らす。今のは流石に失礼過ぎたかな……と少し不安になった。


「ああそうだった、アシュレイに頼まれたんだった」

「え、も、モレスタ様ですか!?」


 忘れていた、と言う殿下に思わず反応してしまう。


「中庭の花壇に水やりをしてくれって言われてな。あいつは今日は学園にいないから、代わりに頼まれたんだ」


 えっモレスタ様、今日は学園にいないの!?どうりで一回も見ない訳だ。隣のクラスなのに、合わないどころか見かける事もないのは流石におかしいとは思っていたけど……。


 避けられてる訳じゃ無かったんだ……。


 思わぬ所で知った事実にほっとする。……いや、何を喜んでるの。モレスタ様とは会っちゃダメなんだから、寧ろ避けられてる方が良いでしょ。


 それにしても、いくら仲が良いとはいえ殿下に花の水やりを頼むなんて、モレスタ様って肝が据わってるんだな……。


「どうかしたか?」

「あっ、い、いえ、頑張って下さい!」


 花の水やりの何を頑張ると言うのか。咄嗟に意味の分からない応援をしたのにも関わらず、殿下は笑顔でありがとうと言ってくれた。


 殿下の事はよく知らなかったけど、こんな優しい方が将来王になるのならこの国は安心だな、とふと思った。


 殿下も用事があるみたいだし、そろそろ失礼しようかなと思った時


「殿下」


 と、夕暮れで染まった中庭に声が響いた。


 殿下と共に声のした方を見ると、少し早歩きでこちらに向かって来るモレスタ様がいた。


 今日は学園にいないんじゃなかったの!?


 驚く私とは対照的に、前にいる殿下はモレスタ様に向かって手を振っていた。

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