58:偶然の鉢合わせ

 格式高そうなレストランでコース料理を食した後、再び部屋に戻ってきた。


「意外とコース料理って多いですね……」


 アキハが膨れた腹をさすりながらポツリと呟く。

 確かにメインが来た頃には、前菜やらなんやらでかなりお腹がいっぱいだった。

 一番若いはずのレイジ君でも少しキツそうにしている。


 コース料理と聞いて最初はテンション上がったのにな。

 徐々に食べ進めていくうちに、もう食べられない……ってなっていった。

 明日、胃もたれしないと良いけど。

 いくらダンジョンで身体が鍛えられていても、加齢による内臓の劣化は抑えられないのだ。


「とまあ、そんなことより! 早速シャワー浴びてボードゲームしますよ!」

「そうね! 誰が向こうの部屋で寝るか、決めなければならないからね!」


 拳を握り気合いを入れるアキハと、腕を組み仁王立ちしてそう言うアーシャ。

 やる気を出す二人に対して、リンとユイは冷めているように見えたが……。


「これは意地でも負けられませんね」

「ふふふっ、ここは私の年の功を見せてあげましょう」


 二人ともやる気十分らしかった。

 どうしてそこまでやる気なんだ……。


 そして色気を感じる間もなくみんなシャワーを浴び終わり、ボードゲームが始まった。

 どうやらすごろく系の長めのゲームみたいだ。

 彼女たちの片手には下の売店で買ったお酒の缶が握られている。


 ……これは長引きそうだし、かなり荒れそうだな。

 そう判断した俺は、レイジ君に声をかけて、夜のロンドンに繰り出すのだった。



   ***



「あの……どこに向かってるんですか?」


 ホテルを出て、街をブラブラしようと歩き出してすぐにレイジ君が尋ねてきた。


「う〜ん、特に目的地とかはないよ。ちょっと異国情緒を感じようかなって」

「確かにヨーロッパなんてなかなか来られませんもんね」

「そうだね〜。俺も来たのは初めてだよ。お金もかかるし用事もなかったからね」


 そんな他愛もない会話をしながらそぞろ歩く。

 街ゆく人たちの雰囲気もやはり日本とは違う。

 海外の人だから当然だけど、なんかちょっと見た目だけじゃない違いを感じるんだよな。

 なにがと聞かれても、うまく答えられないけど。


「トオルさん」

「ん? どうかした?」


 急にレイジ君が立ち止まって、そう声をかけてきた。

 なにやら意を決したような視線を向けてくる。

 俺が首を傾げると、彼はゆっくりと深呼吸してから答えた。


「僕、今回の迷宮祭、絶対に勝ちます。もう父や友人たちに振り回される人生は終わらせます」


 決意表明だった。

 その瞳は揺るぎなかった。


 出会った頃のすぐに折れてしまいそうな感じはもうなかった。

 短い間だったけど、一緒にいて彼の成長を促せたなら、俺はとても誇らしい。


「ああ、絶対に勝とうな」


 俺は頷き、レイジ君にそう言った。

 しかし——。


「……久しぶりですね、トオルさん。一体、誰に勝つというのですか?」


 声がして後ろを振り向くと、レイがいた。

 ただでさえ細い目を、さらに細めて睨みつけてくる。


 確かに迷宮祭前々日のロンドンだ。

 街中でばったり出会うこともあり得なくはなかった。

 現にこうして出会ってしまったわけだし。


「レイ。アンタは……」


 レイジ君に頑なに触れようとしない彼に、俺は思わず言及しそうになる。

 しかし俺の言葉を遮るように、レイジ君が前に出てきた。


「父さん……」

「……ん? なんだ、レイジ、いたのか。お前は弱いんだから、こんなところにいては危ないだろう?」


 レイはさも今気がつきましたと言った感じで言う。

 緩徐の籠もっていない冷たい声音だ。

 間違っても家族に向ける声ではなかった。


 そのレイの様子にレイジ君は怯み、一歩後退りそうになった。

 しかし彼の右足は、後ろではなく、前に向かって運ばれた。


「父さん。僕は父さんに勝つ。そして勝利には才能だけでは足りないってことを証明する」

「なに馬鹿なことを言ってるんだ? この世はすべて才能だよ。無能は才能に搾取されるんだよ。それが自然の摂理ってやつだ。何度も教えただろう?」


 レイは苛立ちを隠すようにつま先で地面を叩きながら言った。

 さらに追い打ちをかけるように、畳みかけるように、言葉を紡いでいく。


「そもそも才能以外になにがあるっていうんだ。努力もコネもすべて才能の前では等しく無意味だ」


 吐き捨てるような言葉だった。

 だがそれはレイの行動のすべての根本なのだろう。


「……やっぱり、僕は父さんの言いたいことがよく分からないや」


 レイジ君のその言葉に、レイは鼻を鳴らす。

 言葉はない。

 だが明らかにレイはレイジ君のことを見下し、理解できるわけがないと決めつけていた。


 その父の様子を見たレイジ君は、悲しそうに視線をそらす。

 レイはそんな息子を見て、踵を返した。

 俺はなにも言えなかった。

 レイジ君は背中を見せて去っていく父を見つめながら、もう一度こう言う。


「トオルさん。やっぱり僕は今回の迷宮祭、絶対に勝たなければなりません」


 その宣言は、父と息子が完全に対立してしまったことを意味しているように感じるのだった。



   ***



 ちなみにホテルの部屋に帰るとボードゲームの途中でみんな酔っ払い、眠ってしまったみたいだった。

 机の上は進みかけの駒などが散らばっている。

 俺は寝室の一つのベッドを無理やり合体させると、そこに四人を並べて眠らせた。


 そしてレイジ君と片付けをし、明日に備えて眠りにつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る