56:ロンドンのファンたち

 14時間のフライトを終え、ロンドンに到着した。

 ずっと座りっぱなしだったから、身体中が痛い。

 いくらダンジョンで鍛えてても、おっさんに14時間座りっぱなしのフライトは少々しんどかったな……。


 飛行機から降り、ロンドンの空港の歩く歩道に乗る。

 見える文字が全部英語なのがどこか新鮮だな。

 早速アキハが周囲をキョロキョロ見渡してはしゃいでいた。


「おおおっ! 私、海外は初めてです! なんか凄いですね!」

「私は以前、父に連れられて来たことがありますね」

「流石、リンちゃん! お金持ちの家は違うねぇ〜」


 リンの言葉に、アキハは肘でちょいちょいと脇腹を突いていた。

 それに対し、リンは困ったように眉を寄せる。

 まあでも、本当に困っていたらリンも直接言うだろうし、じゃれ合いみたいなものか。


 ユイの方を見ると、早速スマホの電源を入れタクシーの手配をしていた。

 アーシャはあれだけ寝てたのに、まだ眠たそうに船をこいでいる。

 レイジ君は落ち着かなそうに辺りを見渡しては、そわそわと身体を揺すっていた。


「とと、移動する前にちょっとお土産屋を見ていきたいです!」


 そんな中、アキハが手を上げてそう主張した。

 タクシーを手配する直前だったユイは手を止めて、アキハの方を見る。


「良いですけど、空港のお土産屋って普通は帰りじゃないんですか?」

「ちっちっちっ。行きにお土産屋でご当地のお土産を買えば、ホテルでたんまり楽しめるのですよ!」


 ユイの疑問に、アキハは人差し指を振りながら説明した。


「……なるほど。じゃあタクシー呼ぶ前にお土産屋を見ましょうか」


 こうしてみんなでゾロゾロ空港のお土産屋に向かう。

 そして真っ先にお土産を見に行ったリンとアキハとレイジ君を、俺たちは少し離れたところで待つことになった。


「アーシャさんはまあ良いとして……トオルさんは買いに行かなくていいんですか?」

「ん? ああ、俺はまあ、みんなのをちょっとずつ分けてもらえば良いかなって。逆にユイは?」

「私もトオルさんと同じ考えですね」


 というわけで、大人組で待つこと一〇分。

 なかなか戻ってこないなと思っていると、いつの間にか周囲に人だかりができていた。

 海外の人たちが俺たちを興味深そうに見てきている。

 だが一定の距離を保っていて、近づいてこようとはしてこなかった。


「……なんなんですかね?」


 小声でユイが聞いてくる。

 ちなみにアーシャは変わらずうつらうつらと船をこいでいた。

 この状況にも動じないのは、その胆力を褒めるべきかどうか。

 ともかく、俺はユイに首を横に振って言った。


「いいや、俺に聞かれても。——って、一人出てきた」


 そのたくさんの人たちの中から、一人金髪の少女が出てきた。

 なぜか日本の浴衣を身につけている。


「あ、あの! もしかして《ハードボイルド・フロンティア》の人たちですか!?」


 意を決したように、流暢な日本語でそう尋ねてくる少女。

 周囲の人たちは固唾をのんで俺の答えを待っているようだった。


「そうだよ。よく知ってるね」

「やっぱりっ! もちろん知ってますよ! 今、一番熱いクランなのですから!」

「そうなの?」

「はい! クラスメイトたちの間でもよく話題に上がるくらいですよ! トオルさんたちの動画を見るために、私は頑張って日本語を勉強したんです!」


 そうなのか。

 そういえば直接ファンに会ったのって、レイジ君くらいだから、こういう人たちがいる実感が湧いていなかった。

 でも海外で直接会って、こんなことを言われたら、実感せざるを得ない。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで思わず頬をかくと、俺はとりあえずお礼を言った。


「そうなんだ。いつも応援ありがとうね。正直、ファンに直接会ったのは初めてだったから、凄く嬉しい」

「本当ですか!? そ、それじゃあ握手だけでも!」


 そう言うと、少女は右手の手汗を浴衣で拭ってから差し出してきた。

 そこまでしなくても良いのにと思いながら、俺はその右手を握り返す。


「おおおっ……! ありがとうございます! もうこの手は一生洗いません!」

「いや、それはちゃんと洗って」

「む、むう……トオルさんに言われたら仕方がありませんね。それで、あ、あの、ユイさんも握手いいですか!?」

「ええ、もちろん大丈夫ですよ」


 そしてユイもにっこりと笑みを浮かべて握手に応じた。

 アーシャも叩き起こして、握手させると、それを見ていた群衆たちが皆一斉に寄ってきた。


「「「Me too, please!」」」


 お土産を買って帰ってきたアキハたちも結局巻き込まれ、俺たちがファンたちから解放されるのはそれから一時間半後となるのだった。

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