55:ロンドンへのフライト

「レイジ君! こっちこっち!」


 飛行機が離陸する五分前。

 空港の手荷物検査場で俺たちは慌てていた。


 レイジ君が緊張で深夜まで眠れなかったらしく、寝坊してしまったのだ。

 みんなの手荷物検査が終わると、急いでロビーに向かう。


「六番ロビーは……こっちですね! かなり遠いです!」


 案内板を見ながらユイが指さした。

 ガラガラとキャリーケースを引いて走る。


 そして離陸するギリギリ一分前。


「はあ……はあ……なんとか間に合いました」


 まだ搭乗可能なのを見て、荒い息を吐きながらリンが言った。

 無事ゲートを通り、息を整えて飛行機に乗り込む。

 3人ずつで前後のシートを取ったので、前列にユイ、リン、アキハ。

 後列にレイジ君、俺、アーシャといった感じで座る。


 座って一息つくと同時に、離陸の案内が始まった。


 一通りの案内を終えると、早速飛行機が動き出し、滑走路に移動し始める。


「……なんだかドキドキします」

「レイジ君は飛行機乗るの、初めて?」

「はい。少し緊張しますね」


 そうは言いつつも、レイジ君の視線は窓の外に釘付けだった。

 すると反対側の隣から、チョンチョンと突かれた。


「私は何度も乗ったことあるわよ! これでも七つのダンジョンを全部行ったこともあるからね!」


 アーシャがドヤ顔で言う。


「……なにを張り合ってるんだ。相手は普通の高校生だぞ」

「むう……少しくらい褒めてくれてもいいじゃない」


 俺があきれたように言うと、アーシャは頬を膨らませて拗ね始めた。

 はあ……仕方がないか。


「確かに、探索者として全世界を飛び回る人なんて、なかなかいないと思うし、凄いとけどな」

「むふふ、そうでしょう? その点は、私がトオルに勝っているところね」


 嬉しそうに頬を緩め、鼻の穴を膨らませ、腕を組み、うんうんと頷き始める。

 調子のいいやつだ。


 しかしアーシャはどうしても俺に勝ちたいらしいな。

 負けん気が強いというか。

 まあ普通はこれくらい負けん気が強くないとランカーになんてならないか。

 俺の場合も結局、最強のアカネという虚像と押し相撲していたわけだし。


「おおっ、飛びました、飛びましたよトオルさん!」


 ふわりと重力に逆らう感覚を覚えた直後、隣のレイジ君が嬉しそうにはしゃぐ。

 この純粋な少年感がたまに羨ましくなるんだよな。

 おっさんの俺では、もうこの純粋そうな感じは出せない。


 離陸して、機体が安定して、しばらく経った。

 レイジ君は最初は窓から景色を興味津々に眺めていたのに、昨夜の寝不足からかいつの間にか眠っていた。

 隣のアーシャも昨夜……というか昨日の昼から惰眠をむさぼっていたはずなのに、眠ってしまっていた。


 二人して俺の肩に頭を乗せ、気持ちよさそうに眠っている。

 ……これだったらシート倒せば良かったのに。

 身動きができなくて、しばらくトイレにも行けず、俺はそんな愚痴っぽいことを心の中で思うのだった。

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