返り血の中で

「こちらです」


 地下通路の中を、僕は先頭を歩いてカルネウス卿率いる三百の兵を先導する。

 僕の隣には、もちろんリズとマーヤがいた。


「今頃、上ではお父様が攻撃を始めているでしょうか」

「はい、間違いありません。僕達を、より安全に侵入させるために」


 ファールクランツ侯爵が正面から仕掛けることによって敵兵を引きつけ、その隙に僕達が中に侵入して一気に城門を制圧。扉を開けて、ファールクランツ軍をなだれ込ませる作戦だ。


 そうなれば、ルージア軍が到着する頃には、全て終わっているだろう。

 もちろん、僕とヴィルヘルムの戦いも。


「さあ、距離にすればもうそろそろ地上への出口……つまり、ヴァンダの内部への入口に到着しますよ……って」


 そう言った矢先に、僕達の目の前には鉄製の大きな扉があった。


 さて……この扉、どうやってこじ開けようか。

 当然のことながら、扉の向こう側から鍵をかけているために開くことができないし、かといって、扉を壊すにはかなり時間がかかってしまう。それでは、向こうに気づかれかねない。


 そう考えていると。


「ニヒ……ここは、この私に任せてくれないでしょうか」


 カルネウス卿は、自身の武器……巨大なメイスを大きく振りかぶる。


「やああああああああああああああああッッッ!」


 ――ドゴンッッッ!


 掛け声一閃。メイスがぶち当たり、激しい音とともに鉄の扉が吹き飛んでしまった。

 いや、こんなに小さな身体なのに、とんでもない膂力りょりょくなんだけど!?


「さあ! 城門へとなだれ込め!」

「「「「「おおおおおおおおおおおッッッ!」」」」」


 カルネウス卿の号令により、三百人の兵士が城門へ一気に突き進む。


「な、なんだ!?」

「コイツ等、一体どこから!?」


 突然現れた僕達に、戸惑うスヴァリエの兵士達。

 それを、カルネウス卿とファールクランツの兵が次々と斬り伏せ、叩き潰していく。


 もちろん、僕達も……なんだけど。


「……カルネウス卿。城門は、この先真っ直ぐです」

「ルドルフ殿下?」


 立ち止まった僕達を、カルネウス卿が不思議そうに見つめた。


「申し訳ありません。ここから僕達は別行動を取らせていただきます」

「っ!? な、何をおっしゃっているのですか!?」

「リズ、マーヤ、行きましょう」

「「はい!」」


 戸惑うカルネウス卿を置き去りにし、僕達はさらに中へと突き進んでいく。


「っ!? 敵襲! 敵……ガフッ!?」

「遅い!」


 僕達を見て叫ぼうとする兵士の喉を、ネイリングで突き刺した。

 これが……僕の、初めての人殺しだ。


「ルディ様……」

「すみません。急ぎましょう」


 そうだ、今はいちいち感傷にふけっている暇はない。

 あの男が……ヴィルヘルムが逃げ出してしまう前に、絶対に見つけ出さないと。


「グハッ!?」

「ギャ!?」


 次々に現れる兵士を、僕の剣が、リズの槍が、マーヤのマチェットが、全て葬っていく。

 マーヤはともかく、リズも僕と同じで人を殺すのは初めてだ。


 でも……リズは、ただ必死に槍を振るい、敵の息の根を止めていった。


「ハア……ハア……」

「リズ」

「っ!? ……あ」


 肩を叩くと、リズは身体を勢いよくヒルガエし槍を振り上げたところで、ようやく僕だと気づいた。

 それと同時に、リズが力なく槍を落とす。


「もう……ここに敵はいません」

「は、はい……」


 いくら強くても、リズは僕と同じ十五歳。

 前世では大人だった僕とは違って、リズの心が傷ついていて当然なんだ。


 だから。


「あ……」

「リズ……僕のリズ……ここから先は、この僕が全て引き受けます。だから……」


 リズを抱きしめ、そっとささやく。

 もうこれ以上、傷ついてほしくないから。


 でも。


「ん……ルディ様、大丈夫です」

「リズ、ですが……」

「私は、あなた様との未来をつかむためにここに来たのです。それが、私のこの手を汚さずに手に入れるなどと、おこがましいことを考えてなどおりません。だから」


 リズが、顔を上げると。


「私は戦う。愛するルディ様とともに」


 僕の女神は、笑顔を見せてくれた。

 つらく苦しい思いも、全て受け入れて。


「……本当に、君は強いですね」

「ルディ様こそ。私の強さは、あの日・・・あなた様からいただいたものですから」


 僕とリズは、微笑み合う。

 互いに、敵の返り血を帯びた顔で。


「さあ、行きましょう」

「はい!」

「……この私が、完全にオマケ以下ですか。これは、少し目立たねばなりませんね」


 いやマーヤ、こんな時に何を言ってるの?

 お願いだから、余計なことはしないでね。


 僕は一抹いちまつの不安を覚えつつ、リズの手を引いてヴァンダの奥へと突き進んでいく。


 そして。


「こんなところで、一人だけのんびりしているなんて余裕じゃないか」

「っ!? ……ルドルフ……ッ!」


 とうとう僕達は、ヴィルヘルムを発見した。

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