跡を継ぐ者

「ファールクランツ閣下……どうか僕も、スヴァリエ領に一緒に連れて行ってはいただけないでしょうか」


 帰りの馬車の中、僕はファールクランツ侯爵に懇願した。

 おそらく、このスヴァリエ領への遠征によって、ヴィルヘルムは奈落の底に叩き落されることになるだろう。


 なら、あの男に……『ヴィルヘルム戦記』の英雄、ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエに引導を渡し、最低最悪の叙事詩に終止符を打つのは、この僕、暴君ルドルフ=フェルスト=バルディックしかいない。


「お願いします! どうか……っ!」

「……頭をお上げくだされ、ルドルフ殿下」


 深々と頭を下げる僕を、ファールクランツ侯爵が両手で抱き起こした。


「元より、殿下をお連れするつもりでおりました。殿下は、このドグラス=ファールクランツの跡を継ぐ者・・・・・なのですから」

「あ……」


 ファールクランル侯爵が、不器用に微笑む。


 嬉しかった。心が震えた。

 だって……僕の憧れの人が、目標だった人が、この僕を後継者と認めてくれたのだから。


「は、はい! 僕は絶対に、この遠征で活躍してみせます! 閣下の、跡を継ぐ者・・・・・として!」

「クク……期待しておりますぞ」


 あはは……この戦いが、ヴィルヘルムと決着をつけるだけでなく、僕の……いや、次の・・ファールクランツ侯爵となる僕とリズの未来を決める大切なものになったよ。


 僕は喜びと興奮で、両の拳を強く握りしめる。


 そして、僕達はファールクランツ邸に帰ってくると。


「ええ!?」


 玄関に、甲冑を身にまとったリズが、マーヤを従えて待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、ルディ様」

「い、いや、その恰好はどうされたのですか!?」

「もちろん、これから始まる戦いに備えてです」


 リズは、グイ、と胸を張る。

 とりあえず、僕はマーヤを見やると……どうして強く頷いているんだ? 意味が分からないよ。


「お館様、実はマーヤと共に学園寮に向かいましたが、ヴィルヘルム=フォン=スヴァエリエの姿がありませんでした。おそらく、こちらの動きを察知して、既に帝都から脱出を図ったようです」

「そうか。予想どおりだな」


 なるほど、ようやく理解してきたぞ。

 つまりリズは、スヴァリエ領に逃げ帰ったヴィルヘルムを僕が追うだろうと、遠征に同行するつもりでいるんだな。


 そういうことなら。


「申し訳ありませんが、リズを連れていくことはできません」

「っ!? 何故ですか!」

「決まっています。僕が、君を危険な目に遭わせたくないからです」


 詰め寄るリズに、僕ははっきりと告げる。

 この遠征は、追い込まれたスヴァリエ家とバルディック帝国……いや、ファールクランツ家との全面戦争だ。

 当然、殺し合いが繰り広げられることになる。


 そんな人の命が軽くなる戦場に行けば、いくらリズが強くても、多勢に無勢で襲われれば、どうにもならなくなってしまうことだってあるんだ。

 それを、僕一人で守り切れる自信はない。


 何より、リズに人殺しなんてさせたくない。

 彼女の細くて美しいその手を、血で汚してほしくないから。


「だからどうか、聞き入れてくれないでしょうか……僕は、君だけは絶対に失いたくないですし、傷ついてほしくないんです」

「……嫌です。たとえルディ様のお願いでも、これだけは引き下がれません」


 頑固なのは重々承知しているけど、アクアマリンの瞳は絶対に折れないと雄弁に語っている。

 いつもならここで僕が引き下がるけど、さすがに今回だけは絶対に譲れない。


 すると。


「ルディ様は……」

「リズ……?」

「ルディ様は、私の想い・・を……覚悟・・を、受け入れてはくださらないのですか!」

「っ!?」


 涙をこぼし、張り裂けそうなほどの声で訴えるリズ。

“氷の令嬢”の二つ名からは程遠い、激情を見せて。


「私は! あの日・・・誓ったのです! 大きな男達から殴られ、蹴られ、苦しみながらも、隠れ震える私のために微笑んでくださった、あなた様を今度は私がこの身に・・・・代えて・・・守るのだとッッッ!」

「リズ……」

「そのために……そのためだけに、私は強くなったのです! 強さを目指したのです! だから、どうかこの私の想いを、受け入れてくださいませ……っ」


 僕にしがみつき、胸に額を押しつけるリズ。

 でも、僕は……。


「ルドルフ殿下……おそばで仕えておりました私が、リズベット様の姿を一番知っております。その想いも、その覚悟も」

「マーヤ……」

「このマーヤ=ブラント、命に・・代えましても・・・・・・、必ずリズベット様をお守りいたします。ですから……どうかリズベット様の願い、お聞き届けくださいませ……!」


 ひざまずき、マーヤは必死に訴える。

 だけど……僕は、二人の言葉に苛立ちを覚えてしまった。


「……リズ。君は、僕が敵に囲まれて絶体絶命の時、どうなさるつもりですか?」

「っ! も、もちろん、先程申し上げましたとおり、この身に代えましてもルディ様をお守りいたします!」

「マーヤは?」

「同じく、この命に代えてもお二人をお守りいたします」


 やっぱりだよ。

 リズもマーヤも、全然分かっていない。


「そんな身勝手な想いに、僕は付き合えません。君は、君を失った時の僕の気持ちを、置き去りにするんですか? マーヤも、そんなことをして僕が喜ぶとでも思ってるの?」

「「っ!?」」


 そうだよ。どうして自分を犠牲にする前提で、僕を守るなんて勝手なことを言うんだ。

 僕の未来は、リズやマーヤ、ファールクランツ侯爵、テレサ夫人、アリシア皇妃にフレドリク、シーラ達がいて初めて成り立つんだ。


 どれか一つでも、僕は失いたくないんだ。


「そんな自分を犠牲にしなければならない想いなど、僕はお断りです。二人とも、もう一度よく考えてください」

「ルドルフ殿下、遠征に向けた軍議をいたします。どうぞ中へ」

「はい」


 タイミングよく、ファールクランツ侯爵が声をかけてくれたので、僕はそれに乗っかり、リズとマーヤの横をすり抜けて彼と共に屋敷の中へ入ると。


「……なかなか手厳しいですな。ですが、ルドルフ殿下が正しい」


 ファールクランツ侯爵は、どこか満足した様子で頷いた。

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