不器用な君の優しさ

 次の日、僕とリズはいつものように学園で過ごす。


 午前中は真面目に授業を受け、そして昼休みは。


「はああああ……どうですクリステルさん、尊いと思いませんか?」

「は、はい!」


 おいおいシーラ、お願いだからクリステルをそちら側・・・・に引き込むのは、やめてくれないかな。

 ただでさえ彼女は少し重いところがあるから、下手をしたらリズを神格化しかねないんだけど……って。


「な、なるほど……確かにシーラ様のおっしゃるとおり、リズベット様は尊いです!」

「分かっていただけましたか! 同志!」


 ガシッと手を組む、シーラとクリステル。

 どうやら彼女はもう、手遅れみたいだ。本当に、何してくれるんだよ。


「すみません、少し話が逸れてしまいました。それで、昨夜同じクラスの令嬢の数人と話をしまして、その中で、私と同じようにヴィルヘルムから話を持ちかけられた方がおりました」

「ほう?」


 クリステルの報告に、僕は身を乗り出した。

 やっぱりアイツ、他にもだましていたか。


「はい。やはりヴィルヘルムに便宜べんぎを図る代わりに、実家が支援を受けるといったものでした」

「ふむ……」


 実は、クリステルの件もそうなんだけど、僕自身に落ちないことがある。

 そもそも、いくら後継者とはいえ、どうしてヴィルヘルムが他の貴族家を支援するなどと、軽々しく言えるんだ?


 それに、スヴェンソン家もそうだけど、なんであの男の言葉を、そんな簡単に鵜呑みにできたんだろうか……。


「ねえ、クリステル嬢。君の実家であるスヴェンソン家は、どうしてヴィルヘルムの話に乗ったんですか? もちろん、苦しい事情があることは理解していますが……」

「……それはヴィルヘルムから、紋章入りの封書で支援を約束するといった手紙を受け取ったからです。念のため確認もしましたが、まさしくスヴァリエ公爵家のものでしたので……」

「そうですか……」


 普通に考えて、今回のヴィルヘルムの件についてスヴァリエ公爵が関与しているとは、どうしても考えにくい。

 何より、学園内でのあの男の地位を上げるためなんかに、わざわざそんなものまで用意するだろうか。


「……やはりスヴァリエ家には、何かあるかもしれない」

「ルディ様……?」

「え……? あ、ああいえ、ちょっと考え事をしてしまいました」

「そ、そうですか……」


 僕が言葉を濁したことで、リズは察したみたいだ。

 つまり、今このテラス席で、しかも二人の目の前で話せる内容ではないことを。


「さあ、話はこれくらいにして、昼休みも終わってしまいますので早く食べましょう」

「はい!」


 そうして僕達は、昼休みが終わるまでの間、食事と会話を楽しんだ。


 ◇


「七二三八……七二三九……」


 その日の夜、僕は一人、訓練場で剣の素振りを繰り返す。

 回数は、既にいつもの日課である五千回を超えていた。


 本音を言えば、僕の思い過ごしであってほしいと思っている。

 でも……昨夜のマーヤのアメジストの瞳は、そうではないことをはっきりと物語っていた。


「七二四六……七二四七……」


 僕はかぶりを振り、一心不乱に剣を振り下ろす。


 すると。


「ルディ様」

「リズ……」


 現れたのは、訓練着姿のリズだった。


「昨夜の約束を、もうお忘れですか?」

「え……? あ、あははー、もちろん覚えていますよ」


 はい、嘘です。

 マーヤのことで頭が一杯で、すっかり忘れておりましたとも。


「では、約束どおり手合わせ願えますでしょうか」


 そう言うと、リズは槍を構えた。


「ど、どうでしょう……逃げるわけではないのですが、その、立ち合いは明日に延期……って、そうですよね……」


 やっぱり、リズは許してはくれないみたいだ。

 正直、今の心境では怪我をしかねないし、何より、リズに申し訳ないから遠慮したいところではあるんだけど。


「であればなおさらです。ルディ様のたるんだお気持ちに、喝を入れさせていただきます」


 あー……これ、逆にリズに火を着けちゃったよ……。

 こうなったら、手合わせするしかないよね。


「分かりました。では、お願いいたします」

「はい……行きます!」


 それから、僕とリズが手合わせを始めてから、およそ二時間。

 夜空に満月が煌々こうこうと輝く中、僕の身体はリズの槍をしこたま受けた痛みと披露で、身動き一つできない状況まで追い込まれてしまい、地面でぼろ雑巾のようになっている。


 つまり、リズのリベンジ達成だ。


 だけど。


「あ……あはは……本当に君は、どこまでも不器用・・・、ですね……」

「何のことでしょうか」

「そういうところ、ですよ……」


 疲れた様子も見せず、表情も変えず、アクアマリンの瞳でただ僕を見下ろすリズ。

 でも、彼女がどうして僕と強引に手合わせをしたのか、それは決して昨夜のリベンジのためなんかじゃない。


 マーヤのことで複雑な思いを抱えている僕を、励ますために。

 余計なこと・・・・・を考えてしまわないようにと、僕を気遣って。


「で、ですが、さすがに本気・・のリズ相手では、手も足も出ませんね……」

「何をおっしゃいますか。同年代で本気の私のお相手をしていただける御方など、ルディ様をおいて他におりません」

「あはは、ありがとう……」


 今から考えると、数か月前の僕は今よりも数段弱かったのに、よくリズに勝てたよね。

 もちろん、勝つまで何度だって戦うつもりではあったけど……って。


「リズ……」

「ルディ様……私のルディ様……どこまでも優しくて、誰よりも強い御方。あなた様は、私の全て・・です。だから……どうか、思い悩んだりしないでください」

「ありがとうございます……君は、僕の全て・・です……」


 膝枕をしてくれたリズが、僕の髪を優しく撫でる。


 いつの間にか僕は、微睡まどろみの中へといざなわれていった。

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