オスカルの思惑、相容れない二人

「失礼します」

「っ!?」


 ノックとともに、左足を引きずりながら入ってきた一人の男。


 それは……あのヴィルヘルムだった。


「オスカル兄上!」

「何を驚いている。知ってのとおり、ヴィルヘルムもスヴァリエ公爵家の子息で、僕達と同じ皇族だ。なら、同様に生徒会に入るのは当然だろう」


 皇族が生徒会を務めなければならないのであれば、オスカルの言うことはもっともだ。

 だけど、僕がアリシア皇妃やフレドリクと手を結んだことなども知っていたオスカルなら、僕とヴィルヘルムの不仲くらいは承知しているはず。


 なのに、それでも僕とヴィルヘルムを同じ生徒会という船に乗せようとしているのは、どういう意図があってのことだ……?


「ルドルフ、難しく考えすぎだ。僕はただ、二人に皇族の責務を果たしてほしいだけだよ。そして、この僕を・・・・支えて・・・ほしい・・・


 ……そうか、ようやく理解した。

 オスカルは僕だけでなくヴィルヘルム……つまり、スヴァリエ公爵家も自分の陣営に引き込みたいという腹積もりなんだな。


「オスカル兄上、申し訳ありませんが、僕は生徒会に入ることを辞退します」

「そう言うな。ヴィルヘルムに対して思うところがあることも分かるが、お前もいずれ、帝国のいしずえとなるのだ。なら、そのような小さなこと・・・・・は飲み込むんだ」

「お断りです」


 はは……オスカルが本当の意味でどこまで知っているのかは分からないが、ヴィルヘルムの所業を小さなこと・・・・・って言うんだな。

 この男のせいで僕とリズは結ばれず、あの『ヴィルヘルム戦記』と同じ結末を迎える未来が待っていたというのに。


 そして、ヴィルヘルムが怪我をおして学園に来た理由も分かった。

 オスカルに勧誘され、僕と……いや、リズとこの生徒会で一緒になれるとでも考えたんだろう。


 だって、もし僕が生徒会に入れば、リズも一緒に入るだろうから。

 そうなれば、ヴィルヘルムは色々な手を使ってリズに言い寄ってくるはず。


 僕から、リズを奪うために。

 それこそ、手段をえらばずに。


「……つまり、ルドルフはどうしても僕につきたくない。そういう答えでいいんだね」


 いつも温厚な素振りを見せていたオスカルが、鬼の形相を見せ、恐ろしく低い声で問いただしてきた。


「オスカル兄上がヴィルヘルムを抱えている限り、つくつもりは永遠にありません」

「…………………………」

「失礼します」


 睨みつけるオスカル兄上とヴィルヘルム、それに生徒会の他の子息令嬢達の視線を全て無視し、僕はサロンを後にした。


 ◇


「そのようなことが……」


 僕はリズ、シーラと合流し、サロンでの出来事を説明した。

 それを聞いたリズは、少し視線を落とす。


「はい。本当に、君をあのような場に連れて行かなくて正解でした。もし君がいたら、オスカル兄上とヴィルヘルムは、また別の手段・・・・に出ていた可能性もありましたので」

「その……別の手段・・・・、とは……?」

「最悪、君を人質にするようなことをしてきたかもしれません」


 もちろん、あの面子を見た限り、リズが後れを取ることはないだろうし、僕だっている。

 でも、あの狭い部屋で多勢に無勢ということもあるだろうし、それこそ卑劣な真似をすることだって考えられるから。


「そ、その、部外者の私がこんなことをお尋ねするのもあれなのですが……オスカル殿下が、そこまでのことをされるのでしょうか……?」


 シーラが会話に割って入り、おずおずと尋ねる。


「それは分かりません。ですが、それくらい警戒しておくに越したことはないということですよ」


 この答えは嘘だ。

 オスカルは、いざとなればどこまでも狡猾になれると、僕は考えている。


 入学式の日、オスカルが見せた深い闇をたたえた瞳。

 そこに、皇族に……いや、琥珀こはく色の瞳に対する憎しみを秘めていたことは確かだから。


 ただ。


「……どうしてオスカルは、ヴィルヘルムを……いや、スヴァリエ公爵家を選んだんだろう」


 僕は、ポツリ、と呟いた。

 皇族の血を引くヴィルヘルムも、その象徴である琥珀こはく色の瞳を持っている。

 だから、普通に考えればヴィルヘルムを引き入れるなんてことは考えられない。


 それに、ヴィルヘルムの実家であるスヴァリエ公爵家も、帝国貴族最大規模の領地と最も高い爵位を持っているとはいえ、帝国一の軍事力を誇るファールクランツ家には及ばない。


 なら、打算的に考えれば、優先順位はヴィルヘルムよりも僕のはずだ。


 もちろん、オスカルには僕とヴィルヘルムの両方を抱き込む自信があったのかもしれない。

 だけど、こうして物別れに終わったのであれば、早々にヴィルヘルムに見切りをつけ、僕になびいてもおかしくないのに、オスカルはあえてそうしなかった。逆に、僕と敵対することを選んだほどだ。


「オスカル殿下とあの男との……いえ、スヴァリエ公爵家との関係を、洗ってみる必要がありそうですね」

「ええ……」


 リズの言葉に、僕は深く頷いた。

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