母親のほうも、一筋縄ではいかなそう

「リズ、昨夜はよく眠れましたか?」


 シーラとの夕食会から、十日後の朝。

 昨夜、久しぶりに天蝎てんかつ宮に帰ってきた僕とリズは、一緒に朝食をっていた。


「はい、おかげさまでぐっすりと」

「それはよかった。ベッドが変わると、寝苦しくなったりしますからね」


 僕は器用にニンジンを避けつつ、サラダを口に含む。うん、美味い……って!?


「はぐ!?」

「ルディ様、好き嫌いは駄目ですよ?」


 リズに無理やりニンジンを口にねじ込まれ、僕は逃げ場を失う。

 うう……口の中に、ニンジンの味が広がってくるう……っ。


「それにしても……ルディ様はニンジンの何が駄目なのでしょうか。こんなに美味しいですのに」


 そう言うと、リズはニンジンを可愛らしい桜色の口でかじった。


「全部ですね、全部。色も、形も、香りも、味も、その存在全てが許せません」

「ハア……結婚してからも好き嫌いをなされては、子供に示しがつきませんよ?」

「んぐっ!?」


 リズの思わぬ爆弾発言に、僕は喉を詰まらせてしまった。

 い、いや、僕とリズは婚約をしているわけだから、結婚するのも当然ではあるけれど、そ、その……いくら僕達がもう十五歳で成人を迎えているからって……。


「? ルディ様、どうかなさいましたか?」

「リズベット様。ご自身の発言に、気づいておられないのですね」


 マーヤが、リズにそっと耳打ちをすると。


「あうあうあうあうあうあうあうあうあう!?」


 ようやく自分の放った言葉の意味を悟ったリズは、顔をイチゴのように真っ赤にし、混乱して手をぱたぱたとさせる。何これ、すごく可愛いんだけど。


「ちち、違……わなくはないですが、私が言いたいのは、そういう意味ではなくて!」

「違うんですか? 僕は、そのつもりでしたが……」

「全くです。これでは、さすがにルドルフ殿下が不憫というものです」

「違うのです! わわ、私ももちろんルディ様と同じ気持ちですが、その! あうあうあうあうあう……っ」


 僕とマーヤは、ここぞとばかりに結託し、リズを揶揄からかった。

 いやあ、僕の婚約者の可愛さは、世界征服できるレベルだよね。マーヤもそう思うだろ?


 するとマーヤは僕の視線の意味を理解したらしく、サムズアップしながら頷いた。さすがは僕の専属侍女だ。


「リズベット様、恥ずかしがってばかりもいられません。本日はアンデション閣下がお見えになられるのですから」

「あうあう……そ、そうでしたね……」


 マーヤにたしなめられ、リズはようやく持ち直した。

 というか、自分がリズをこんな目に遭わせたというのに、さすがに理不尽じゃないかと思う。僕も共犯だけど。


「さあ、早く朝食を済ませてしまいましょう。この後、リズも素敵なドレスに着替えていただかないといけませんので」

「は、はい」


 ということで、僕とリズは気を取り直し、食事を楽しんだ。


 ◇


「本日は、遠路はるばるようこそお越しくださいました」


 天蝎てんかつ宮の玄関で、僕とリズはシーラの母、“パウラ=アンデション”を出迎えた。


「あらあらまあまあ、まさかルドルフ殿下自らお迎えいただけるなんて、光栄の至りですわ」


 扇で口元を隠し、おっとりとした口調でにこやかに話すアンデション辺境伯。

 エメラルドの瞳に年齢よりも幼く見える優しげな表情、まさに娘のシーラにそっくりだ。いや、この場合はシーラが辺境伯にそっくりなのか。


 つまり、腹の内は権謀術数を秘めたしたたかな女性だということだ。

 そうじゃなければ、隣国のノルディア王国と渡り合うなんてこと、できないよね。


「それでは、ご案内します」

「ええ、お願いしますわね」


 アンデション辺境伯とシーラを連れ、アリシア皇妃とロビンの待つ巨蟹きょかい宮へと向かう、その前に。


「まずは、今日の段取りについて整理しておきましょうか」

「ウフフ、そうですわね」


 ということで、応接室で僕とリズ、アンデション辺境伯、それにシーラは打ち合わせをする。

 もちろん、ロビンに絶望を味わわせてやるために。


「その上で、これは僕の勝手なお願いなのですが……」

「あらあら、何でしょうか?」

「……今回の件は、あくまでもロビンの奴が独断でしでかしたこと。アリシア妃殿下はむしろ被害者であることを、どうかご承知おきいただきたいのです」


 これは、別に僕がアリシア皇妃と手を結んでいるから、というだけじゃない。

 ただ……僕は、あの女性ひとが報われてほしいと、そう思ったから。


 僕はベアトリスから、母親としての愛情なんて受けたことはなかった。

 でもアリシア皇妃は、ベアトリスの息子で目障りでしかない僕にも、まるで本当の母親のような、優しい瞳を向けてくれたから……。


「ふう……本来であれば、ロビン殿下の母親であるアリシア妃殿下にも、相応に報いを受けていただきたいと思っていたのですが……」

「どうか、お願いします。このことを受け入れてくださるのであれば、僕のほうから今回の件に対する見返りを、求めたりいたしませんので」


 ちょっと卑怯な気がするけど、僕はここでカードを切らせてもらう。

 持っていても仕方のないカードでもあるし、アンデション辺境伯だって、これならほとんど損をしないわけだから、受け入れやすいと思うし。


「仕方、ありませんね」

「っ! では……!」

「ええ、今回はロビン殿下が苦しむだけで、溜飲を下げることにしますわ」


 そう言うと、アンデション辺境伯は苦笑した。

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