百合展開はお断りします

「ふふ、今日は景色がいいですね」


 そう呟くのは、隣に座るリズ。

 といっても、僕達はまだ授業中なんだけどね。


 じゃあ、どうして景色がいいのかと問われれば、ヴィルヘルムが教室にいないからに決まっている。


 結局、先日の試合で僕が踏みつけた左足の甲が、骨折していることが判明した。

 なのでヴィルヘルムは療養のために、一時この帝立学園を離れ、実家のスヴァリエ公爵家に帰宅しているのだ。


 実技試験の次の日、ヴィルヘルムに懸想している令嬢達が『やり過ぎだ』と騒いだけれど、最初に足を踏んできたのはアイツだし、これは試合中の出来事。とやかく言われる筋合いはない。


「これで、あの男も身の程というものを弁えてくれるといいのですが……」

「それは無理でしょうね……そんなことができるなら、もっと早くに弁えているはずですから……」

「ですね……」


 僕とリズは、揃って肩を落とした。


「それより、今夜はシーラ嬢との夕食会です。何か食べたいものなどはありますか?」

「そうですね……せっかくですので、彼女の実家のある領地の特産品である、チョウザメの卵はいかがでしょうか」

「それはいい。シーラ嬢も喜びますよ」


 あの実技試験以降、何があったのかは知らないけど、リズとシーラが以前のようにギスギスしなくなった。

 もちろん、僕がシーラと話しているのを見ると嫉妬するところは変わらないけど、それでも、それ以外の時は二人が会話を交わしているのだ。


 ただ……シーラは最近リズを見つめては、『リズベット様、可愛い。尊い』などと呟くようになった。

 まあ、それには完全同意ではあるんだけど、ちょっとだけシーラの目が怪しいので警戒している。


「それより、シーラさんのご実家はルディ様にどのようなものを提示なさるでしょうか」

「んー……共謀してロビンを痛い目に遭わせるってことで手を握っているから、こういってはなんですが、僕的には特にこだわりもないというか……」

「そうですね。ルディ様に必要なものがあれば、ファールクランツ家で全て手配できますし」


 そう言って、リズは少し胸を張る。

 どうやら、実家が僕の役に立てていることが誇らしいみたいだ。可愛い。


「本当に……リズにも、ファールクランツ閣下にも感謝しかありません」

「まあ。でしたら、いつか恩返ししていただきませんと」

「あはは、そうですね」


 珍しく冗談を言うリズに、僕は笑った。


 ◇


「んー! これこれ! 美味しいですね!」


 夕食会の席で、シーラがチョウザメの卵をたっぷりと載せたバゲットを頬張り、目を細める。

 リズのアドバイスどおりにして正解だった。


「それで……母とも調整した結果、アリシア妃殿下とロビンとの婚約解消による補償の協議について、十日後に巨蟹きょかい宮で行うこととなりました」

「十日後、ですか……」

「はい。その際は、お約束どおりルドルフ殿下にご同席をお願いできますでしょうか」


 先程までチョウザメの卵に頬を緩めていたシーラは真剣な表情に変わり、エメラルドの瞳でジッと僕を見つめる。

 交渉の場をぶち壊すためには、どうしても僕という存在が必要なのだから、ここで僕を舞台から降ろさせまいと必死なのだろう。


「もちろんです。十日後、予定を空けておきますよ」

「ありがとうございます。母も私も、ようやく安心いたしました」


 シーラは表情を緩め、その豊満な胸を撫で下ろした。


「でしたら、これで堅苦しい話は終わりです、あとは時間の許す限り、食事を……」

「お待ちください。まだ、肝心なこと・・・・・が残っております」


 僕の言葉をさえぎり、リズが身を乗り出す。


「え、ええと……肝心なこと、とは……?」

「はい。今のお話だと、協議の場にはアンデション家側はアンデション閣下とシーラさん、それにルディ様の三人で臨まれるようですが、私も同席させていただきたいのです」

「リズが!?」

「リズベット様が!?」


 リズの突然の申し出に、僕とシーラは思わず驚きの声を上げた。


「お、お待ちください! 今回の協議の場は、いわば物別れに終わってロビンに相応の責任と汚名を負わせるためのものです! そのような場にリズがいたら、ますますロビンが暴走して……!」

「だからよいのです。ルディ様の婚約者である私への無礼の数々を、ロビンはアリシア妃殿下やアンデション閣下の面前で披露するのです。ロビンを地の底まで失墜させるには、都合がよいと思います」


 僕は必死に説得するも、リズが頑として聞かない。

 こうなると、リズは絶対に折れてくれないんだよなあ……。


 困り果てた僕は、そばに控えるマーヤに視線を送るけど……あ、思いっきりかぶりを振っている。どうやら、手に負えないみたいだ。


「ハア……仕方ありません」

「! ルディ様、では……」

「ただし! 絶対に僕の隣に離れずにいること! ロビンが身を乗り出してきたら、僕の後ろに隠れること! これだけは絶対に約束してくださいね!

「は、はい! もちろんです!」


 ああもう……僕も甘いなあ……。

 でも、リズのこんな嬉しそうな表情を……僕の役に立てると思って喜ぶ姿を見たら、何も言えなくなるどころか、僕まで思わず口元が緩んじゃうよ……。


「シーラ嬢、予定が少々変わってしまいましたが、よろしいでしょうか……って」

「はああああ……リズベット様、可愛い。尊い。バゲットおかわり」


 うっとりとした表情で、リズを見つめるシーラ。


 ……うん、放っておくことにしようか。

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