新たな宝物

 ――ヒュッ。


 体勢の崩れた僕の眉間を目掛けて、ヴィルヘルムの木剣が襲いかかった。


「っ!」


 間一髪、僕はヴィルヘルムの上段斬りを受け止めた。


「……へえ、何でもあり・・・・・、ってことでいいのかな?」

「…………………………」


 ヴィルヘルムは、攻撃を防がれた今もなお、僕の足を踏みつけている。

 はは、たかが帝立学園の実技試験で、ここまでしてくるとはね。明らかに騎士道精神に反しているような気がするけど。


 とはいえ。


「そうこないとね」

「っ!?」


 僕が口の端を持ち上げた瞬間、ヴィルヘルムは慌てて飛び退いた。

 正解だよ、ヴィルヘルム。そのままだったら、僕は貴様の喉笛に全力の突きを繰り出していたと思うから。


 もちろん僕は、ヴィルヘルムがしたことを反則だの卑怯だの、言うつもりはないよ。

 実際に戦場に出ることがあった場合……いや、命のやり取りをするような場合では、ヴィルヘルムがやったことこそが正義だ。


 僕はファールクランツ侯爵から、そう教わってきたんだ。


 だから。


「グウッ!?」

「貴様が先にやったんだ。悪く思うなよ」


 僕はヴィルヘルムの左足の甲を、思いきり踏みつけてやった。

 それこそ、骨ごと完全に潰すつもりで。


 ヴィルヘルムは、たまらず地面に倒れる。

 そこへ、僕はとどめとなる一撃を加えるため、木剣を振り下ろそうとして。


「そ、それまで! 殿下、おやめください!」


 残念。イクセル先生に止められてしまった。


 まあ、でも。


「グ……ググ……ッ」


 ヴィルヘルムの左足を潰してやったし、しばらくは大人しくしているだろう。

 その間、リズにまとわりつかれなくて済むから、僕達としては上出来だ。


 倒れるヴィルヘルムを尻目に、僕はイクセル先生にお辞儀をして舞台から降り、元いた位置に戻った。


「「「「「…………………………」」」」」


 子息達やヴィルヘルムを応援していた令嬢達は、僕のことをまるで恐ろしいものでも見るように、顔を強張こわばらせている。

 まあ、少しくらい僕に怯えてくれたほうが、僕としても今後やりやすくなって助かるよ。


「い、以上で実技試験を終了する! 各自、解散!」


 ようやく実技試験が終了し、子息達は我先にと訓練場を後にした。

 まるで、僕の前から一目散に逃げ出すかのように。


 ヴィルヘルムといえば、イクセル先生に担がれて医務室へと向かう。

 そんなヴィルヘルムを、心配そうに見つめる令嬢達……の中で、一人だけ熱を帯びた視線で見つめる女性ひとがいた。


 もちろん、僕のリズだ。


「ルディ様。お見事でした」

「ありがとうございます、リズ」


 駆け寄った僕に、リズは笑顔を見せてくれた。

 なお、周囲にいた令嬢達は、僕が来ると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。残されたのは、リズを除けばシーラだけという、何とも悲しい話だ。


「それにしても……自分から仕掛けておいて、ルディ様に意趣返しをされて自らの足で舞台を降りることができないなんて、無様ですね」


 ヴィルヘルムが去った先を見やり、リズが辛辣しんらつな言葉を投げかける。

 帝国が誇る武門、ファールクランツ家である彼女だからこそ、戦いに関しては非常に厳しい。


 もちろん、僕だって同じように情けない姿を見せたら、おそらくリズは容赦なく指摘すると思う……ごめん、ちょっと自信ないです。


「そうだ、リズの実技試験はどうでしたか? いつも完璧な君のことだから、素晴らしいものに仕上がったのではないですか?」


 そう尋ねた瞬間、リズは勢いよく顔を逸らした。

 あ、ひょっとして……。


「ル、ルドルフ殿下! リズベット様は、それはもう一生懸命に縫っておられましたよ!」


 シーラのわざとらしいフォローが、ますますリズの心をえぐったようで、彼女は耳まで真っ赤にしながら肩を震わせている。


「そ、その……あまり上手にできませんでした……」


 そう言って、リズは顔を伏せたまま、おずおずと一枚のハンカチを僕に見せてくれた。

 でも……これって……っ。


「リズ……このハンカチ、僕にくださるのですか……?」

「ル、ルディ様がお受け取りいただけるのであれば、ですが……」


 僕は嬉しさのあまり、リズからハンカチを受け取ってジッと見つめる。

 リズが縫ってくれた、この刺繍ししゅうを。


「僕の大切な宝物が、また一つ増えました……っ」


 こんなの、嬉しいに決まっている。


 世界で一番大切なのはもちろんリズだけど、君がくれた金貨も、金貨の意匠を刺繍ししゅうしたこのハンカチも、最高の宝物だよ……っ!


「あ、あのー……こんなことを聞いて申し訳ないんですが、ルドルフ殿下はリズベット様が何を刺繍ししゅうしたのか、お分かりなのですか……?」

「えへへ! もちろんだよ! ほら!」


 僕は大切に持っている金貨を、シーラに自慢げに見せた。

 確かに金貨の意匠とは似ていないけど、僕にははっきりと分かるんだ。


 リズの、僕のために一生懸命に縫ってくれた、その想いとともに。

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