オマエ達じゃ、相手にならないよ

「ルドルフ殿下、私達とも手合わせ願えますか?」


 現れたのは、教室で絡んできたエルダー子息とロニー子息だった。

 しかも、わざわざ訓練着に着替え、その手に木剣を携えて。


「……今はリズと一緒に訓練中なんだ。悪いけど、別の機会にしてくれないか?」

「逃げるんですか?」


 ロニーが、これ見よがしな表情であおってくる。

 それがあまりにもお約束過ぎて、僕は思わず笑い転げそうになった。


「ルディ様がわざわざお相手する必要はありません。この私が、露払いいたします」

「「っ!?」」


 リズが殺気のこもったアクアマリンの瞳で見据みすえると、気迫に圧された二人は息を呑む。

 たったこれだけのやり取りで、リズと二人の格付けが済んでしまったよ。


「よ、よもや婚約者に守られるなど、ルドルフ殿下は恥ずかしくないのですか!」

「そ、そうだ! それがこの帝国の皇子が見せる姿なのか!」


 ええー……リズが怖いからって、僕に責任転嫁するのはやめてくれないかな。

 というか、僕からすればオマエ達のほうが恥ずかしいと思うんだけど。


 まあ、でも。


「ハア……いいよ、やろうか」

「っ! ルディ様、このような者達の相手をする必要などありません!」


 僕が溜息を吐いてそう返事すると、リズが詰め寄ってきた。


「君の言うとおりだと思います。ですが、僕だってここまで言われては、黙っていることなどできませんよ。それに」

「それに……?」

「僕だって、リズの前で格好つけたいじゃないですか」

「あう……も、もう……」


 リズは、僕の言葉を聞いて頬を赤らめる。

 だけど、その表情を見る限りまんざらでもないようなので、何よりだ。


「フフ……リズベット嬢の前だからと、張り切るのも今のうちですが……よろしいのですね?」

「いや、僕と戦いたいのか戦いたくないのか、どっちなの?」


 エルダーの含みのある言い方に、僕は思わず物申してしまった。

 自分達から立ち合いを申し込んでおいて、その言い草はないよね。


「……まあいいや。それで、最初に立ち合うのはどっちかな?」

「この俺だ!」


 ロニー子息が、無駄に胸を張りながら一歩前に出た。

 体格はエルダーより一回り……つまり、一六四センチの僕よりも二回りも大きいことになる。


 そんなロニーの身体に合わせたかのように、使用する木剣も両手用のツヴァイハンダーだ。


「じゃあ、始めよう。リズ、立ち合いの審判をお願いしてもいいですか?」

「はい。お任せください」


 胸に手を当て、リズは恭しく一礼した。可愛い。


「では……はじめ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 リズの開始の合図と同時に、ロニーは木剣を肩に担ぎ、雄叫びを上げて突撃してきた。

 声の迫力と勢いがすごい。


 といっても。


「がっ!?」


 僕はロニーの突進をかわし、そのまま大きな背中を叩き伏せる。


 まあ、所詮はそれだけで隙だらけだし、これじゃ倒してくださいって言っているようなものだよ。

 とてもじゃないけど、ファールクランツ侯爵やリズの足元……いや、足の爪の先にも及ばない。


「ク、クソ……ッ!?」

「まだやる気? だったら僕も容赦しないけど」


 起き上がろうとしたロニーの首筋に、剣の切っ先を押し当てた。

 少しでも動いたら、そのまま手加減なしに突くつもりで。


 いくら木剣とはいえ、そうなれば大怪我を負うのは間違いない。


「ルディ様、それまでです」


 リズの一言で、僕は木剣を引いた。


「次は、エドガー子息か」

「う……」


 僕に睨まれ、エドガーが声を漏らして後退ずさる。

 そこまで剣術に力を入れる必要のないロニーはともかく、騎士団長の息子であるエドガーがそれじゃ駄目だろ。


 皇帝の身に危機が訪れた時、真っ先に身体を張るのが騎士団長の役目なのだから。

 これじゃ、僕なら怖くて身を預けられないよ。


「別に、僕としてはこれで終わり……というか、君とは引き分けどころか、僕の負けということでも構わないよ」

「ルディ様!?」

「っ!? ほ、本当ですか……?」


 僕の突然の提案にリズが声を上げ、エドガーは身を乗り出した。


「もちろん、無条件というわけにはいかない。どうして僕と立ち合いをしようと考えたのか、その動機について教えてくれないかな」

「あ……う……」


 エドガーが、声を詰まらせる。

 第四皇子の僕とリズの訓練の最中にいきなり立ち合えだなんて、貴族子息なら、普通はそんな失礼なことを言うはずがない。


 となると、僕と立ち合いをしたい理由があったってことだ。

 考えられるのは、僕を打ち負かして醜聞を広めたい、といったところだろうとは思う。


 それも、誰かの差し金によって。


「さあ、このままジッとしていたら、僕のリズが風邪を引いてしまう。早く答えてよ」

「そ、その……ルドルフ殿下が訓練場でリズベット嬢と訓練しているので、騎士団長の息子としての腕前を買って、打ち負かしてほしいと……」

「へえ……それ、誰に頼まれたの?」

「う……」


 エドガーは顔を逸らし、口ごもった。

 その態度から、エドガー達に指示をした者が身分の高い者……つまり、皇族クラスだということになる。


 しかも、この学園にいる誰か・・だ。


「言いづらいみたいだから、僕が当ててやろうか?」

「…………………………」

「スヴァリエ公爵家の子息、ヴィルヘルムだろう?」

「「っ!?」」


 僕の答えに、エドガーだけでなくロニーも息を呑んだ。

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