この世界に、二人もいらない① ※ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ視点

■ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ視点


「おおおおお……“パトリック”……ッ」


 今朝、ベッドの上に横たわる三つ年上の俺の兄、パトリックが死んだ。

 その兄の亡骸を抱きしめながら、俺の父である公爵のヨーラン=フォン=スヴァリエが嘆き悲しんでいる。


 俺? 俺はその様子を、離れた場所で眺めているさ。

 パトリックが死んでも思うところもないし、父だってどうでもいい。


 そもそも、俺はこの二人を家族だと思ったことは、一度もないのだから。


 ◇


 父のヨーランという男は、身の丈に合わない野心を持った、矮小わいしょうな男だ。


 普段から、『自分こそがバルディック帝国の正統な血筋であり、この世界で最も皇帝に相応しい男なのだ』と、所構わず喧伝しては、皇族や多くの貴族達から失笑を買っている。


 ヨーランの父……つまり俺の祖父は前皇帝の兄に当たり、本来であれば年功序列で祖父が皇帝の座に就くものと思われていた。

 だが……祖父は皇太子の座を弟に譲ってしまい、公爵の地位と東の土地を与えられて引きこもってしまったのだ。


 そのことが、余計にヨーランのくだらない自尊心を掻き立てたのだろう。

 自分の父が素直に皇帝になってさえすれば、公爵の地位などに甘んじる必要はなかったのに、と。


 そんなことを言っても、祖父が皇帝の道を弟に譲って公爵になってしまったものを、今さらどうすることもできないのだから、嘆くだけ無駄なのに。


 間抜けで勘違いをしたヨーランに対し、俺はそう思っていた。

 いつも兄のパトリックと比較してはなじり、時には暴力を振るい、どこまでも俺という存在に対して恨みをぶつける、このヨーランを見ながら。


 ◇


 あれは、今から十年前だったか。

 俺はパトリックとともに、ヨーランに連れられて初めて皇宮を訪れた時のことだ。


 普段、皇帝の悪口ばかりを言っているヨーランは、いざその皇帝を目の前にすると、卑屈と思えるほど平身低頭に振る舞い、媚びへつらっていた。

 二枚舌を披露するくだらない男のそばにいても気分が悪いので、俺は適当に理由をつけてその場から離れた。


 スヴァリエ家の屋敷も相当広いが、皇宮内はそれを遥かに超えるほど広く、まるで迷路のようで、迷わないように目印となるものを一つ一つチェックしておく。


 その時だ。


 俺は、従者を引き連れて偉そうにしている俺と同い年くらいの子供と、ソイツから逃げている黒髪の小さな女の子を見かけた。

 どうやら、あの偉そうな子供が難癖をつけたようだが……まあ、皇宮内でそんな不遜ふそんな態度を取るような子供なんて、皇子以外にはあり得ないだろう。


 そう考えた俺は、巻き込まれても面倒なので無視することにした……のだが。


「しーっ。君、追いかけられてるんだよね?」


 通路の陰から現れて女の子の手を引く、白銀の髪が特徴的な一人の子供。

 見たところ、女の子を逃がそうとしているようだ。


「フン……」


 特にすることなく彷徨さまよっていただけだったということもあり、この時の俺は何故か二人の後を追った。


 向かった先は皇宮の庭園で、一面に白い花が咲いていた。

 その庭園の中で、女の子は男の子におずおずと尋ねる仕草を見せたかと思うと、満面の笑みを浮かべて白い花を一輪もいだ。


 これ以上は見ていてもつまらなさそうだったので、俺はその場を離れたが、どうにもあの二人が気になってしまい、結局戻ってきてしまう。


 すると。


「あぐっ!?」


 さっき見た偉そうな皇子の従者が、男の子を殴る蹴るの暴行を加えていた。

 まるで、ヨーランが俺にする時のように。


 女の子はどこに行ったのかと思い、壁に隠れながら周囲を見回すと……草むらの中で、震えて泣きそうになりながら様子を見ていた。

 まあ、あの男の子が女の子をかばい、今に至っているんだろう。


 そして、皇子と従者達は庭園から去り、女の子が慌てて駆け寄ると、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


 ……俺には、あんなふうに泣いてくれる人はいるんだろうか。


 あの男の子が羨ましくなった俺は、同時に嫉妬のようなものが芽生えた。

 俺にはそんな人がいないのに、アイツには女の子が心配してもらえるのだから。


「これ、あなたにあげる!」


 女の子が、男の子に何かを差し出した。

 残念ながら、俺の位置からではそれが何なんかは見えなかった。


 だが、男の子の嬉しそうに、無邪気にはしゃぐ姿が、どうしようもなく俺を苛立たせる。


「ああ……アイツを滅茶苦茶にしてやりたい」


 俺はそう呟きながら、今度こそ庭園を後にした。

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